第19話 深まる絆、揺れる心

justiceによる直接的な攻撃が鳴りを潜めたことで、cloverのギルド活動は、表面上は以前のような落ち着きを取り戻したかのように見えた。

メンバーたちは、狩場での脅威が減ったことに安堵し、再びレベル上げやクエスト攻略、そして生産活動に励むことができるようになっていた。

ギルドハウスには、以前のような笑い声や活気が少しずつ戻り始めていた。


「やったー! やっと新しいスキル覚えたよ!」

「おめでとう、紗奈ちゃん! すごいじゃない!」

「レベッカさん、その新しい盾、すごく似合ってますよ!」

「えへへ、でしょー? これでみんなをもっと守れるかな!」


初心者メンバーたちの成長も目覚ましく、ギルド全体の戦力も着実に向上していた。

イズルやナギサといったベテラン勢も、後進の指導に熱心に取り組んでおり、ギルドとしてのまとまりは強固なものになりつつあった。


しかし、その平穏は、あくまで表面的なものに過ぎなかった。

颯太の周囲には、依然としてアンジェロが放ったであろう、粘着質な監視の目が光り続けている。

彼らは巧妙に姿を隠し、決定的な証拠は残さないものの、常に颯太の行動を窺っている気配があった。

颯太は、それを常に意識しながら、仲間たちに悟られないよう平静を装い、細心の注意を払って行動していた。彼の神経は、常に張り詰められていた。

そんな颯太の微かな変化を、cloverの仲間たちは敏感に感じ取っていた。

以前にも増して口数が減り、時折、遠くを見るような、思い詰めた表情を見せるようになったリーダーの姿を、彼らは心配そうに見守っていた。


「ルーカスさん、最近なんだか元気ないですね…顔色もあまり良くないみたいですし…」


ある日の夕食後、ギルドハウスの談話スペースで一人考え事をしていた颯太に、紗奈が心配そうに声をかけた。

彼女は、淹れたてのハーブティーをそっと差し出す。


「少し考え事をしていただけだから。心配ないよ。ありがとう、紗奈さん」


颯太は、努めて穏やかな笑顔を作ってハーブティーを受け取る。

しかし、その笑顔には隠しきれない疲労の色と、心の奥底に抱えた重圧が滲み出ていた。


「無理しないでくださいね。私たちは仲間なんですから。私たちにできることがあれば、何でも言ってください。力になります」


隣に座っていたナギサが、静かな、しかし強い意志のこもった声で言う。

彼女のクールな表情の下にも、リーダーを気遣う温かい心が感じられた。


「そうだぜ、盟主! 一人で抱え込むなよ! 俺たち、ただ守られてるだけじゃなくて、あんたの力になりてぇんだ!」


ソファにどっかりと腰を下ろしていたイズルも、力強く拳を握って励ます。

彼の言葉には、不器用ながらも真っ直ぐな信頼と仲間意識が溢れていた。


「レベッカもいるわよ! ルーカスさんの悩み、このナイスバディで吹き飛ばしてあげる!」


レベッカも、いつもの調子で明るく言い放つ。その場を和ませようとする彼女なりの優しさだった。


「みんな…ありがとう」


仲間たちの温かい言葉と、真っ直ぐな眼差しに、颯太の心にじわりと温かいものが広がっていく。

正体を隠していることへの罪悪感、デバッガーとしての重責、そして常に付きまとう孤独感。

それらが完全に消えることはない。

しかし、この仲間たちとの絆は、確かに彼の心を支え、前へ進む力を与えてくれていた。

特に、三人のヒロインたちとの関係は、この過酷なデスゲームの中で、より深く、そして複雑な色合いを帯び始めていた。

紗奈は、颯太への憧れを純粋な力に変え、ヒーラーとして目覚ましい成長を遂げていた。

「ルーカスさんを守れるくらい強くなりたい」という一心で、ひたむきに努力を続けるその健気な姿は、颯太にとっても眩しく、そして心を和ませる存在だった。

彼女の真っ直ぐな好意は、颯太の心を少しずつ溶かしていた。


レベッカは、相変わらず積極的なお色気アピールで颯太をからかいながらも、タンカーとしての実力を着実につけていた。

仲間を守る盾となることに誇りを持ち、戦闘では勇猛果敢に敵に立ち向かう。

そのギャップと、根は真面目で面倒見の良い性格に、颯太も人間的な魅力を感じ、信頼を寄せていた。

彼女の明るさは、ギルド全体のムードメーカーとしても欠かせないものとなっていた。


そして、リィラ。

彼女は、颯太(ルーカス)への疑念を心の奥底に抱えたまま、それでも彼を支えようと努めていた。

その態度は、どこか危うげで、見ていて痛々しいほどだった。

真実を知りたいという気持ちと、今の仲間としての関係を壊したくないという気持ち。

そして、彼に対して日に日に強くなっていく、自分自身の特別な感情。

その間で、彼女の心は常に揺れ動いていた。


颯太もまた、彼女のその複雑な心境に気づかないわけではなかった。

彼女の存在は、颯太にとって安らぎであると同時に、自らの秘密を突きつけられる鏡のようでもあった。


ある夜、颯太が日課となっているシステムログのチェックのため、一人でギルドハウスの屋上に出て星空を眺めていると、静かな足音と共にリィラが隣にやってきた。

月明かりに照らされた彼女の横顔は、どこか儚げで美しかった。


「…綺麗な星ですね。現実の世界でも、こんなに星が見えたらいいのに」

「ああ…そうだな」


しばしの沈黙が流れる。心地よい夜風が、二人の間を吹き抜けていく。

先に口を開いたのは、やはりリィラだった。

彼女の声は、夜の静寂の中で、ひときわクリアに響いた。


「ルーカスさん…あなたは、一体、誰なんですか?」


それは、以前にも問われた、核心を突く質問。

しかし、その声色には、以前のような探るような響きではなく、どこか切実な、答えを求める響きがあった。

颯太は息を呑み、言葉を探した。


「…どういう意味かな?」


とぼけてみせるが、リィラの真剣な青い瞳は、そんな誤魔化しを許さないように、まっすぐに颯太を見つめている。


「あなたは、ただのプレイヤーじゃない。私たちには想像もつかないような、何か大きな秘密を、たった一人で抱えている…そんな気がするんです。だって、あなたはいつも、どこか遠くを見ているから…私たちとは違う何かと戦っているように見えるから…」


リィラの言葉は、正確に颯太の核心を突いていた。

彼は、言葉に詰まった。ここでまた嘘をつくこともできる。

しかし、彼女のこの真摯な、心を裸にするような問いかけに、もはや嘘で応えることはできなかった。

それは、彼女の信頼を裏切る行為に他ならないと感じたからだ。


「…今は、話せない。本当に悪いと思っている。でも、信じてほしい。俺がやっていることは、必ず、みんなを…ここから救うためのことなんだ。だから、いつか…この戦いが終わったら、必ず全てを話す。だからそれまで…」


それが、今の颯太に言える精一杯の誠意だった。

彼の声には、苦悩と、そして固い決意が滲んでいた。

リィラは、颯太の言葉をじっと聞いていた。

そして、何かを諦めたように、あるいは受け入れたように、小さく、深くため息をついた。


「…わかりました。待ちます。いつまででも。でも、約束してください。絶対に、一人で全部背負い込もうとしないでくださいね。辛い時は、頼ってください。私たち、仲間なんですから」


そう言って、リィラは精一杯の笑顔を作って見せた。

しかし、その笑顔は、月明かりの下で、どこか泣き出しそうに寂しげに見えた。

颯太は、彼女の優しさと、その言葉に込められた揺るぎない信頼に、胸が強く締め付けられるような思いだった。

いつか、全てを話せる日が来るのだろうか。

そして、その時、彼女は、仲間たちは、本当の自分を知っても、今と同じように隣にいてくれるのだろうか。


揺れる心と、それでも深まっていく仲間との絆。デスゲームという過酷な非日常の中で、彼らの関係は、より複雑に、そしてかけがえのないものへと、静かに、しかし確実に変化していった。

そしてその裏では、アンジェロの悪意が、静かに、しかし着実に、彼らに忍び寄っていた。

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