第8話 頼れる背中
ギルド「clover」の運営は、イズルとナギサという二人の副盟主の存在によって、大きな安定を得ていた。
颯太が時折、デバッグ作業のために単独行動を取らざるを得ない時も、彼らがしっかりとギルドをまとめてくれている。
「おーし、お前ら! 休憩終わりだ! 次は防御スタンスの練習いくぞー!」
イズルは、その大きな体と声で、初心者たちを引っ張っていく。
豪快で竹を割ったような性格だが、戦闘における判断は的確で、特にタンクとしての経験は豊富だ。
初心者たちのレベルに合わせた丁寧な指導は、意外なほど好評だった。
「ルーカス盟主は若いのに大変だな。俺たちみたいなおっさんが、少しでも支えてやらねぇとな」
休憩中、イズルは隣に座ったナギサにそんなことを呟いた。
彼の目には、年下(に見える)颯太が、慣れないリーダー業とこの異常事態の中で、一人で多くのものを背負い込んでいるように映っていた。
「…そうですね。彼は時に危うなっかしい。私たちがしっかりしないと」
ナギサも静かに同意する。彼女はイズルとは対照的に、常に冷静沈着。
口数は少ないが、その観察眼は鋭く、ギルド内の細かな問題点やメンバーのメンタルの変化にもよく気づいていた。
戦闘では、メインタンクのイズルをサポートしつつ、サブのウォーリアとして高い攻撃力も発揮する頼れる存在だ。
彼ら二人は、颯太が時折見せる「普通ではない」部分――異常なまでのゲーム知識、バグへの異様な勘の良さ――に薄々気づいてはいた。
「ま、誰にだって秘密の一つや二つあるだろ。あの若さでカンストしてる時点で、普通じゃねぇんだ。俺たちは、あいつがやりやすいように、どっしり構えて支えてやるだけさ」
イズルはカラカラと笑う。
彼は元々、数人だけの「まったりギルド」の盟主だった経験がある。
そのギルドは、メンバーが次々と休止・引退し、最終的には彼一人になってしまったという過去を持つが、その経験から、人をまとめることの難しさ、そして楽しさも知っていた。
「…同感です。詮索は不要。私たちは、cloverの副盟主としての役割を果たすだけです」
ナギサも頷く。
彼女は現実世界では美容師をしており、客とのコミュニケーションや細やかな気配りには慣れている。それが、ギルド運営にも活かされていた。
颯太は、そんな二人の存在を心強く感じていた。
彼らがいてくれるからこそ、自分はデバッグという裏の仕事にも集中できる。
その日、颯太はフィールド探索中に、奇妙な地形を発見した。
一見、普通の草原に見える場所の一部が、踏み込むとキャラクターが地面に沈み込み、身動きが取れなくなる、いわゆる「ハマりポイント」と呼ばれるバグ地形だ。
(これは危険だな…気づかずに踏み込んだら、モンスターに一方的に攻撃される可能性がある)
特に、デスペナルティがあるこの状況では致命的になりかねない。
颯太はすぐにその座標とバグの詳細を記録し、夜に永礼へと報告した。
『永礼、座標XXX-YYYにハマり地形バグを発見。修正を頼む』
『また地形バグか…キリがねぇな。OK、すぐ対応する。それにしても颯太、お前、バグ見つけるの早すぎだろ。デバッガーの鑑だな!』
『…仕事だからな』
軽口を叩く永礼に、颯太は短く答える。
自分がバグを見つけ、永礼が修正する。
その繰り返しが、この世界を少しずつでも安全な場所へと変えていくのだ。
イズルとナギサは、そんな颯太の「仕事ぶり」を、詮索することなく、ただ頼もしく見守っていた。
彼らの存在は、颯太にとって、そしてギルドcloverにとって、何物にも代えがたい大きな支えとなっていた。
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