第4話 烏城崎京助の密室推理
「では、皆さん、生徒会室へ戻りましょう。そこでこの事件の全てをお話しします」
そう言って烏城崎京助は静かに踵を返し、廊下を歩き出した。
私は、緊張しながらも彼の後に続く。
生徒会室へ戻ると、そこにはもう血痕も死体もなかったが、あの冷たい空気だけは、まだ残っている気がした。
烏城崎は中央の机の前に立ち、全員の顔を順に見渡す。
「まず最初に断言しておきます。この事件にーー密室なんて存在してません」
「なっ……⁉︎」
「でも、ドアは鍵がかかっていたはずだ! しかも鍵穴は塞がれていたんだぞ⁉︎」
猫又警部や外森先生、田村先生、生徒会メンバーが一斉に声を上げる。
「確かに、ドアは施錠され、鍵穴にはボンドが詰まっていた。だがそれは“密室”ではない。“密室に見えただけ”だ」
「ある人物ーーつまり、犯人よってそう思わされていたんです。」
「ねぇ? 姫川香恋先輩。」
ーー教室が静まり返った。
彼はポケットから一枚の紙を取り出す。
それは職員室で見つけた、鍵の管理表だった。
「皆さんは一つ、ある“前提”を信じ込んでいた。それは、“昨日、姫川先輩が返した鍵が生徒会室の鍵だった”ということだ」
私はハッとした。……あの時。彼女が職員室に鍵を返しに行った時、誰もその鍵が本当に生徒会室の鍵だったかなんて確認していなかった。
「違う。あれは、生徒会室の鍵じゃなかった。彼女が返したのは、“紛失したと思われていた3年2組の鍵”だったんだ」
一瞬、空気が凍った。
「そう。この事件のトリックは、単なる“鍵のすり替え”だったんだ。密室なんかではない。」
彼はさらに続ける。
「この学校の鍵はすべて同じ形。そして、鍵の見分けはタグによってしかできない。実際は鍵番号を見れば違いが分かるが、そこまでする人はいないだろう。」
「そして彼女は数週間前、自分のクラスである“3年2組”の鍵のタグを盗み、紛失したと思わせた。」
「つまり彼女は昨日、あらかじめ3年2組の鍵を隠し持っていたんだ。そして、生徒会活動終了後に3年2組の鍵を生徒会室の鍵とすり替え、“生徒会室の鍵”だと偽って返却した。こうすることで、“18時に鍵を返却済み”というアリバイが完成する」
「しかし実際には、生徒会室の本当の鍵はまだ彼女が持ったまま。」
「生徒会活動後、人が少なくなる18時半。彼女は再び生徒会室へ戻り、朝倉和也を呼び出して、殺害したーー凶器は備品であるペインティングナイフ。そしてドアを施錠した。鍵穴にボンドを詰めたのは、仮にドアを開ける際に鍵を使われたら、このトリックがバレてしまうから。」
「じゃあ……密室じゃなかったんだ……」
沙耶が呟いた。
「そう。密室なんかじゃない。みんなが勝手に“密室だ”と思い込まされただけの話だ」
烏城崎は静かに言った。
「……ふふ」
突然、誰かが笑った。
姫川香恋だった。
「……すごいわ、烏城崎くん。まさかそこまでたどり着くなんて」
猫又警部が警戒して声を上げた。
「姫川香恋さん。あなたが……犯人なのか?」
彼女はすっと立ち上がり、机の上に視線を落とした。
「……そうよ。私がやったの」
生徒会メンバーが息を呑む。誰も声を出せなかった。
「和也(かずや)と私は、同じ大学の推薦枠を争っていた。だけど、彼の方が内申が良くて。だから推薦枠は彼に決まった」
「私は“正しい”努力をしてきた。生徒会会長として、ずっと模範的にふるまって、先生にも評価されるようにしてきた」
「でも彼は……推薦が決まった途端、生徒会を休み始めた。私の“正しさ”は、何だったの?」
声に怒りが混じる。彼女の瞳には、冷たい光が宿っていた。
「私の“努力”が、報われなかったのが悔しかった…」
「香恋……先輩……」
自然に声が漏れた。
姫川は肩を落とし、ぽつりと呟いた。
「……こんな終わり方、望んでなかったのに」
エピローグ
事件の後、姫川香恋は逮捕され、騒ぎはしばらく尾を引いた。
朝倉先輩の死を悼みつつも、学校は動き続けた。
生徒会は3年生を欠いた新体制に移行した。
「新生徒会長、古狼透花。副会長は立花沙耶です」
「よろしくお願いします!」
なんと私は ーー古狼透花は、生徒会長になった。
それに生徒会室も事件以来、部室とは使われなくなった。
ーーでも、
「この部屋、貰ったぞ」
勝手に新しい探偵部の部室として、烏城崎くんが使い始めた。
「お前もちゃんと来いよ。助手なんだからな」
「……誰が助手よ!」
でも──まぁ。まんざらでもないかも。
“烏”と“狼”、最強の名探偵コンビって噂、広まっちゃうかもね
こうして、『烏城崎京助の密室推理』は幕を閉じた。
──いや、正確には。『烏城崎京助の“密室じゃなかった推理”』の幕は閉じた。
烏城崎京助の密室推理 @h-ar-u
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