第五章08 聖女ロズアトリスと聖女シャルルリエル(一筋縄ではいかない)
ルドルダ大聖堂の後陣には、再び昨日の役者たちが集められていた。
大聖女座に大聖女エラヴァンシー。その隣に聖配アドリアン。向かいに聖女シャルルリエル。そして聖女ロズアトリス。
「ロズアトリスさん。心なしか、顔色が悪いように見えますよ? もしかして、あれだけ彼を助けると豪語したのに、何も策を用意できなかったのかしら?」
シャルルリエルは自信に満ちた表情でくすくす笑った。
ロズアトリスは彼女を一瞥するだけに留め、大聖女エラヴァンシーに向き直った。
(ここで話すことはすべて大聖女エラヴァンシー様が見ていらっしゃる。主張は大聖女様にするべきだ)
煽りに乗ってこないロズアトリスの横顔を、シャルルリエルは顎を上げて睨む。
「――では、改めてロズアトリスの宣言を聞こう」
大聖女エラヴァンシーが貫禄のある声で言うと、空気が引き締まった。
ロズアトリスは胸の奥の奥まで冷えた空気を吸った。
「わたくしは、『事件の収束』をもって宝石ドロボウ事件の解決を宣言します」
「ただの事件の収束? それくらいの宣言なら、昨日のうちにできたでしょうに。悪あがきもできず、結局、そのまま収まったということ? ロズアトリスさんって、おっしゃるだけで何もできないんですね」
憐れむような目を向けながら、口元では可笑しそうに笑うシャルルリエル。
一方ロズアトリスは冷静な態度を崩すことなく、大聖女エラヴァンシーに向けて続けた。
「『事件の収束』とは、宝石ドロボウが二度と同じことを繰り返さないということです。そして、事件にかかわった者は事件をこれ以上詮索しないこと。事件に関する他の者の罪も問わないということです。わたくしは、聖女シャルルリエルが告解室での告白を晒したという罪をも、赦すべきだと考えます」
ロズアトリスがヴェールの下で目を動かしても、他人には分からない。シャルルリエルはロズアトリスに見られていることを知りもせず、まるで仇のように睨んでいる。
「宝石ドロボウの方をどうにもできないからって、わたくしへの当てつけですか? ひどいです……でも、残念でした」
にたり、とシャルルリエルは目を細めた。
「今、マクシムが皇帝陛下に『告解室での自白をもとに裁判を開くための法案』を出しに行ってくれています。ちょうど明日――今日かしら――に廷臣を交えた会議があるのですって。きっとこの法案はすぐに認められるでしょう。そうなれば、わたくしに落ち度はありません」
(やはり、一筋縄ではいかないな。大聖女エラヴァンシー様に次期大聖女候補に選ばれるだけある)
ロズアトリスは素直に心の中でシャルルリエルのことを賞賛した。シャルルリエルはかわいい見た目の裏にこうした賢い部分を隠し、人々の好感を集めて自分の理想を実現するのだ。嫌われても良い、自分の考えが正しいなら自ずと皆がついてくると考えているロズアトリスとは真逆だ。
とはいえ、聖教会の一員としてシャルルリエルの『告解室での自白をもとに裁判を開くための法案』なんてものを許可するわけにはいかない。
「その件は大聖女様の許可を得たものなのですか?」
シャルルリエルはきっぱりと「いいえ」と言った。
「どうして大聖女様の許可が必要なんです? 何もかも大聖女様の許可を得なければいけないのなら、大聖女様の意向にないことは絶対に実現しないことになりますよ? 事あるごとに平等を押し出しているくせに、それでは不平等ではありませんか?」
よくも大聖女エラヴァンシーの前で言えたものだなとロズアトリスは呆れた。ただ必ずしもすべてが間違った主張でないことが、余計にややこしい。
(平等と同じくらい秩序が大事なことを、シャルルリエルは分かっていない)
ここで自分が秩序のことを説いても仕方がないと思ったロズアトリスは、一旦呑み込んだふりをすることにした。大聖女エラヴァンシーが黙って見守っているのなら、それに従うまでだ。
「貴方の主張は分かりました。その件については、わたくしではなく大聖女様や枢機卿の方々の判断にお任せいたします。今は、第一の試練です。大聖女様。わたくしとシャルルリエルの宣言がそろいました。この後はどうなるのです?」
ロズアトリスが促すと、大聖女様エラヴァンシーはようやく口を開いた。
「試練には、初めと終わりはあれど、それまでだ。わたくしの提起を以てして開始し、二人の宣言を以てして終了する。次期大聖女が決定するのは三年と約半年後だ」
つまりはこれで終わりということだ。
ふぅ、とロズアトリスが人知れず息を吐いた、そのとき。
「シャーリー! 宝石ドロボウが!!」
大声でシャルルリエルの愛称を叫びながら、マクシムが後陣まで駆けこんで来た。
全員がマクシムに注目する。額に汗を浮かべ、荒い息をするマクシムの様子はいかにも緊急事態発生の象徴だった。
「どうしたのマクシム!? こうして駆け込んでくるなんて!」
シャルルリエルが問い質すように言うと、マクシムは息も切れ切れに答えた。
「そ、それが! さぞかし、恐怖に震えているだろうと、宝石ドロボウの様子を見に行ったら、姿がなく! 牢番に、聞いたら、釈放されたと言われたんだ!」
「何ですって!?」
思ってもみないことだったのだろう。シャルルリエルは信じられないという顔をして、「本当に? 間違いないの?」ともう一度確認した。しかしマクシムが「間違いない」と言い切るので、ぱっと表情を変え、指を唇に持ってくると歯を立てた。彼女の視線は定まらなくなっている。けれどしばらくするとその視線はロズアトリスに注がれた。
「まさか、貴方が!」
「――正確には、私が、です」
「!」
シャルルリエルの問いに答えたのは、男性の声だった。
今度は皆の視線が後陣に響いた声の主に集まる。
プラチナブロンドの長髪を首の後ろで結い、サファイアブルーの礼服に身を包んだ麗人。ティモシーが、白いばかりの大神殿に鮮やかな色を灯していた。
ティモシーは優雅でありつつ颯爽とした足取りでロズアトリスの隣まで来ると、まずは大聖女エラヴァンシーに頭を下げた。
「今宵はご機嫌麗しゅう、大聖女エラヴァンシー様。……私はロズアトリス様との婚約を解消していますが、此度の会合に同席する許可をいただけませんか?」
「殿下とは婚約を解消しましたが、最も信頼のおける協力者であることは変わりありません。どうか、お許しくださいませ」
すかさずロズアトリスがフォローすると、ティモシーはロズアトリスにはちみつがとろけたような笑みを向けた。
(な、なんだ!? この笑顔はどういう意味なんだ!?)
ティモシーの笑顔にロズアトリスが動揺している間に、エラヴァンシーはティモシーの同席を許可した。
正式にこの場に留まる権利を得たと同時に、発言の許可も得たティモシーは、改めてかねてよりの質問に答える。
「さて、聖女シャルルリエル殿。貴方のご質問にお答えいたしましょう。皇宮に投獄されていた宝石ドロボウとされる少年ですが、彼を釈放したのは私です。もちろん、ロズアトリス様の指示でね」
「釈放なんてあり得ませんわ! だって、あの少年は貴族たちの宝石を奪った罪人! そう告白したんですから!」
シャルルリエルは激しく反発した。
しかし、ティモシーはさらりと言う。
「そちらの件ですが。どうやら誤認だったようですよ」
「誤認!?」
ぽかんと口を開けて目を瞬かせるシャルルリエル。ロズアトリスは成り行きをティモシーに任せ、ひとまず見守ることにした。
「誤認って、そんな。どういうことです? 彼の告白が無効になるくらいの何かがあったということ?」
「えぇ、その通り。真犯人が被害者の貴族たちに名乗り出たのですよ。このようなカードを送りつけてね」
ティモシーの懐からトランプくらいの大きさのカードが出てくる。ティモシーがシャルルリエルにカードを差し出すと、シャルルリエルはそれをひったくるように奪い、マクシムと頭を突き合わせて覗き込んだ。
「『ごきげんよう 紳士淑女の皆々さま 先日は貴重な物をお貸しいただき まことに感謝申し上げます 月の光が溶け込むこの夜に 貴方の輝きをお返しに参上します 宝石ドロボウ もとい 闇の代表取締役ノア』!? 何、これ!? ノアという人物が真犯人!? まさか、ロズアトリスさんはこのことを知っていて!?」
(いや、知らん! 何それ!)
ロズアトリスは心の中で狼狽えていた。
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