第2話 気まぐれが誘う出逢い
「おはよう」
「おはよ、
ここは、わたし―
「もう、
「あと五分……」
やがて先生が来て、史学概論の講義が始まった。
❀❀❀
「最終学年になるのに、単位落としちゃうよ?」
「言わないで心護ー! わかってはいるから!」
四限目の講義がなかったわたしたちは、大学のカフェテラスで一休み。カフェラテを飲みながら苦言を呈すると、蓮ちゃんは耳を塞いでテーブルに突っ伏した。それを見て、わたしは大仰にため息をつく。
「全く……。もう十二月なんだよ?」
「……最高気温、十八度ですけどね」
薄い長袖にカーディガン姿の蓮ちゃんが、たははと笑う。
そう、現在十二月半ば。冬があった頃ならば、一桁台やマイナスの気温であってしかるべき頃。けれど今、日本では氷点下なんて気温はない。東北や北海道でさえ、十度くらいの最低気温なのだ。年間を通して。
「気温がどうあれ、日々が過ぎることに変わりはないよ。これから卒論も就活も……ってなるんだからさ」
「ど、努力はしますぅ……」
「一緒に頑張ろ」
そんなこんなで、日々は過ぎていく。冬が失われようと、自分が死んだり地球がなくなったりしない限り、大きくは変わらない明日が来る、そう信じていた。
❀❀❀
「ただいま……っと」
一人暮らしの家に帰り、ほっと息をつく。大学に入り、実家を出た。
「……ん?」
机の上のスマホが光っている。誰かから、メッセージかメールが入ったのだろうか。
「お母さん?」
スマホのアプリを開き、内容を確認する。メールの中身は、冬休みは実家に帰るのかという問いだった。そして、大事な話もあるから帰ってきて欲しいというもの。
「……何だろ?」
大事な話というのは、桜守についてのことか、はたまた学業のことか。わからないけれど、数年前に聞いた話以上に重要なことなんてあるのかな、とも思う。
なにせ、五年前に実家で見付けた古い文書に書かれていたのだ。書庫を漁っていた時、偶然見付けた。
――千年前に結ばれた桜塚家と桜の神の契約。それが再び果たされれば、冬はもう一度訪れ、春に花を咲かせるだろう。
その契約とやらの中身は、まだ知らない。当主である父親に問い合わせたが、まだ話す時ではないからと教えてもらえなかった。
「……あ、牛乳ないや」
冷蔵庫を見ると、牛乳パックがない。そういえば、今朝飲み終わって買わなければと思っていたのに。卵もない。
「仕方ない、買いに行くかぁ」
近くのスーパーまで、歩いて十分くらい。日は落ちてきたけれど、大丈夫だろう。わたしはそう思い、家を出た。
❀❀❀
――ピロンピロン。
スーパーの出入り口で鳴る音を背に、わたしは道を行く。マイバッグの中には牛乳と卵、ゴミ袋が入っていた。
(……そうだ。久し振りに挨拶して行こうかな)
それは、ほんの気まぐれ。一人暮らしの家の近くに、スーパーとの間に、桜守が建てた神社がある。そこの神主はわたしの親戚で、何かお願い事があるとよくそこにお参りに行く。時間的にもう神主は居ないだろうが、挨拶だけしに行こう。
真っすぐ行けば、家に着く。その手前で右に曲がり、わたしは石造りの鳥居をくぐった。鳥居のすぐ傍に、神社の名前である『桜守神社』の名が刻まれた石碑がある。
「……やっぱり、空気が違う」
鳥居をくぐった途端、凛と澄んだ空気が満ちる。わたしは一つ深呼吸して、参道を行き拝殿へと至った。
暗闇に浮かぶ拝殿、さらにその奥の本殿がぼんやりとした街灯と灯篭の光で浮かび上がる。木造のそれは、瓦の屋根を支える太い柱で出来ていた。
「……」
お賽銭を入れ、手を合わせる。何か願い事をするのではなくて、久し振りに挨拶に来ましたとだけ。きっと色んな人の願い事を聞いているだろうから、夜くらい聞き流してくれても良いと思う。
「よし、帰ろう」
これ以上外にいるのは、あまり宜しくない。わたしは踵を返し、神社の敷地内を出ようとした。
「――待て」
「えっ?」
こんな時間に、誰かが神社から呼び止めることなど滅多にないだろう。わたしは反射的に振り返り、目を疑った。
(誰? あんな綺麗な人、見たことがない……)
参道の真ん中に立つ、一人の青年。年の頃はわたしより少し上に見え、現代日本では教科書や資料館でしか見ない狩衣を身につけている。周囲は暗いはずなのに、彼の周りだけ明るく光っているみたい。切れ長の目、整った容姿でモデルのよう。更に真っ黒な髪は長く、腰位までありそうだけれど、後ろで縛っているのか滑らかな髪が夜風に揺れていた。
この神社には幼い頃何度も来たことがあるけれど、こんな人は知らない。こんなに美形だったら、幼い頃もさぞ美少年だっただろうが、記憶にない。
わたしが怪しんでいるのを知ってか知らずか、その男の人はずんずんと進んでわたしの目の前に立つ。そして、じっと顔を見つめて来た。
「あの……?」
「お前、桜守の末裔、桜塚心護か?」
「何で、名前を知って……」
「そうか。……美しくなったな」
「は?」
青年の長くて細い指が、わたしの頬に触れる。初めて会った男に触れられるなんて犯罪レベルで嫌なはずなのに、嫌だと感じない。それはきっと、彼の視線が柔らかくて優しくて、何故か懐かしさすら感じるからなんだろうか。
(……いや、普通にセクハラでは?)
手を払いのけてやれば良いのに、それが出来ない。怖いのではないと思う。ただ、してはいけないと本能が制している感覚。わたしは意味も分からないまま青年の指に身をゆだねていたけれど、このままではダメだと目に力を入れた。渾身の力で睨み付ける。
「――っ。一体、誰なんですか、あなたは!? 許可なく初対面の人に触るなんて、性別関係なくセクハラです!」
「俺の名は、
「……へ?」
今、この人は何と言った?
わたしは数秒思考が停止し、まじまじと青と名乗る青年を見つめることしか出来なかった。
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