第8話 王国の企み

村の酒場に入った瞬間、彼らを包んだのは、重く沈んだ空気だった。


中には数人の村人と、無言で酒を飲む一人の旅人がいるだけだった。




「……この村、あまりにも貧しいな。俺たちの王国に、まだこんなギリギリで生きている村があるなんて……」


カインが低く呟く。




「……何かがおかしい。まるで誰かに見られているような……」


リナが眉をひそめた。




「おい、小僧ども。ここに何の用だ?」




無精ひげの中年男が、隅の席から声をかけてきた。




「ギルドから派遣されました。この村で“黒い魔物”が目撃されたと聞いて――」


トゥロが冷静に答えた。




男は杯を置き、ゆっくりと立ち上がると、酒場の奥を指さした。




「あそこにいる少女に話を聞いてみな。村長の孫娘だ。あの村長は薬草を採りに森へ行ったまま、戻ってこなかった」




◆◇◆




その頃、学院の塔――




学院長と数人の教師たちは、魔導結晶を通してその様子を見守っていた。




「……どうやら、彼らの部隊は無事に村へ到着したようだな」




「だが、この報告内容は……不穏だな」


老教師が唸る。




「“黒い皮膚、物理攻撃無効”…我々の隣国に潜入しているスパイからの報告に酷似している。あの王国は魔獣の収集と実験を行っているという情報がある。もしかすると、今回の魔物はその実験の結果……」




「人工的に魔獣を進化させ、究極の兵器を造り出そうとしているというのか」


学院長の顔が険しくなる。




「もしそれが事実なら……あの子たちだけでは到底太刀打ちできまい」




そのとき、魔導結晶がノイズを発し、映像が揺らいだ。




「……魔力量が高すぎて、遠隔視認が不安定になっているようだ」




◆◇◆




酒場の裏手――


部隊はリゼという少女と話していた。彼女は両手でカップを握りしめ、震えていた。




「夜になると……森の方から、変な音が聞こえるの。鉄を引きずるような……」




「それは、いつから続いている?」


トゥロが穏やかに尋ねる。




「……三日前から。最初にいなくなったのは、おじいちゃん。森に行って、それっきり……」




リナがそっと近づき、優しく聞いた。




「……リゼ、案内してくれる? 怖がらなくていいよ」




リゼは小さく頷いた。唇は震えていた。




「もう大丈夫。私たちは見た目じゃ分からないかもしれないけど、全員銀等級の冒険者よ。しかも、8位の人もいるの。だから安心して、あとは任せて」


メイラが微笑んだ。




◆◇◆




一行はリゼが見たという場所――森の奥へと進んだ。


月明かりの中、六人は緊張した面持ちで歩を進める。




「なあ、何かおかしくないか……?」


ノランが耳をすませる。




「静かすぎる……」


メイラが低くささやいた。




そのとき――トゥロの背後、木々が揺れ、黒い影が現れた。




ギィィ……ギィ……ガリ……ガリ……




それは、まるで金属で作られたような怪物だった。四本の腕、目の代わりに赤く光る石。




姿は巨大な毒蜥蜴にも似ており、人の二倍はある。




「来たか……」


カインが剣を抜いた。




リナはリゼの前に立ち、守る姿勢をとった。




「防御体勢! こいつ、魔力の気配が尋常じゃない!」


トゥロが叫ぶ。




「《清嵐の影せいらんのかげ》!」




リナが放った風の魔法は、強烈な気流を生み、敵の動きを封じる。しかし――




「……反射された!?」


魔物が魔力を解き放ち、風の拘束を打ち砕いた。




「まさか……」


メイラが目を見開く。




「こいつ、複数の魔力の性質を持ってる……他の魔獣を喰らって進化した!? こんな存在……ありえるの?」




「ただの魔物じゃない……!」




その瞬間、魔物は吠えた。




グォォォォォォォォォォォォォ!!!




◆◇◆




学院。緊急会議室。




「……やはり、報告通りの存在か」




「今のうちに止めなければ……彼ら全員が……!」




学院長は拳を握りしめ、立ち上がった。




「銀等級第一位の者を派遣しろ」




「第一位を……!?」




「本来なら六位や七位で十分だったが、今は誰も空いていない。加えて、第一位なら周囲の魔物も調査し、“それ”を生け捕りにして持ち帰ることができる」




◆◇◆




その頃――


第一位の冒険者は別の酒場で、クマ肉のステーキを食べていた。




だが次の瞬間、頭に直接命令が響いた。




(――緊急任務。至急、学院へ帰還せよ)




彼は静かに皿を置き、瞬時に消えた。




そして、学院長の前に現れ、片膝をついて命令を受ける。




「……了解しました」




彼は一言だけ残し、再び姿を消した。




0.015秒後――


彼は音速どころか、雷光のごとき速さで1500km先の村へ到達した。




その頃、トゥロたちは既に追い詰められ、黒い魔物にとどめを刺されそうになっていた。




だが、突如として空から一つの影が舞い降りた。




銀等級第一位の冒険者だった。




「ここから先は、私が引き受ける。君たちの任務は、ここで終了だ」




彼が放った魔力は空間を歪ませ、魔物の四肢を空中で拘束する。




瞬時に周囲を探索し、他の魔物の痕跡がないことを確認すると、光と共に空へと消えた。




何が起きたのか、隊員たちは理解できなかった。


だが、一つだけ確かなことがあった――




“終わった”ということ。




◆◇◆




その帰り道。


トゥロの内なる存在が、冷たく言い放つ。




「……恥を知れ、トゥロ。お前は自分だけでなく、我を、そして我らが“一族”をも辱めた」




「……一族?」




トゥロは、その言葉の意味が理解できなかった。




◆◇◆




村に戻った彼らは、酒場で報告を終えた。




村人たちは大喜びで祝ったが、リゼだけは笑っていなかった。




祖父はいまだ戻らず、彼女は一人きり。貧しさの中で必死に生きてきた少女は、今も寂しげな表情を浮かべていた。




「……リゼ、俺がこれから面倒を見るよ。時々、街から食べ物や道具を持ってくる。冒険者だから……少しだけど、君を助けられる」




トゥロの言葉に、リゼの目から涙があふれた。




「……ありがとう。パパとママが生きていたころみたい……」




彼女はトゥロに飛びつき、強く抱きしめた。




その姿に、酒場にいた誰もが心を打たれた。




そして、隊は学院へと帰還の途についた。


任務を終えた後、一行は王都へと戻ってきた。


まずはギルドに立ち寄り、慣れた喧騒の中、受付係の軽い会釈を受ける。


報告は五分もかからず、彼らは無言のまま学院へと足を向けた。




その日は、空一面に鈍い灰色の雲が広がり、不穏な気配が漂っていた。








学院の地下深く、厳重に封鎖された階層に、研究用の施設があった。




そこには、古代のルーンで刻まれた鎖に縛られた怪物が横たわっていた。


すでに身動きはしないが、異様な魔力がまだ僅かに脈動していた。




学院長は背中で手を組み、並ぶ魔導器を無言で見つめていた。




「――さて、アルデン教授。何かわかったか?」




学園屈指の頭脳を持つ男が眼鏡を押し上げ、静かに答えた。




「この怪物……自然発生したものではありません。


組織的かつ意図的に造られた存在です。組成を調べた結果、組み込まれた魔力の構造からも確信を得ました。」




「造られた……? 一体どうやってだ。」学院長の眉が深く寄る。




「強制的な融合です。餌として他の魔物を次々と食わせ、魂と力を無理やり吸収させた。


これは進化……ですが、歪められた進化です。高度な魔術師、あるいは組織が背後にいると見て間違いないでしょう。」




静寂が研究室に落ちた。




「やはり……我々の疑念は正しかったか。」学院長は指先を固く握りしめる。


「王国は本気で怪物を育てている……我々にぶつけるためにな。」




「戦争の準備、ということでしょうか……?」後ろに控えていたリアンナが声を潜める。




「戦火はもう扉の向こうにある。」学院長の声は冷たかった。


「待つ必要はない。こちらから先に動く。これ以上、このような怪物を生ませるわけにはいかん。」




彼は鋭く振り返った。




「評議会を招集しろ。エルフ王国、そしてドラコニートに使者を送る。


同盟が必要だ。」








文明圏の遥か外側――地図にすら記されない中立地帯に、恐怖と迷信に包まれた場所があった。




『死の森』。


誰一人、足を踏み入れる者はいない。




古の時代から、そこには悪魔たちが住み着き、以来、人間はその領域を越えることを避けてきた。


悪魔たちは外に出ることもなく、交渉も交易もせず、ただそこに存在し続けた。


あまりにも長い孤立のせいで、人間は悪魔の存在を忘れかけていたが、恐怖の記憶だけは消えていなかった。




悪魔たちが森から出ないのは、ただ一つの命令があったからだ。


――魔王の命令だ。


絶対的な支配者。




今、その魔王は深い眠りについている。


漆黒の玉座にその体を封じ、意識はこの世界を超えた次元を漂っていた。


高次の存在へと昇り、軍勢に沈黙を命じたまま……だが、近い未来、彼は必ず戻る。








森の最深部、何重にも重ねられた幻影と結界を越えた先に、悪魔の要塞都市が聳えていた。




その黒曜石の塔のバルコニーに立っていたのは、十人の魔王直属の隊長の一人――シャエル。




漆黒の髪が闇の風に舞い、蒼白な肌に血のように赤い瞳が怪しく輝く。


しなやかで女性的な体つき――豊かな胸、引き締まった腰、曲線美を描く腰回り。


だが、その一挙手一投足からは、猛獣のような圧倒的な力が滲み出ていた。




身に纏うのは肩を露出させた深紫の装甲。武器など不要だった。


彼女自身が一振りの死神の刃のような存在だからだ。




「……また動き出したか、人間ども。」


シャエルは、森の奥で揺らめく異様な気配を見据え、低く呟いた。


「まあいい。私たちは待つのみ。あの御方が目覚める時まで。」




そこへ、赤い角を持つ部下の一人が現れ、跪いた。




「隊長シャエル。報告です。人間たちが同盟を結ぼうと動き始めています。


彼ら、どうやら戦を仕掛けるつもりかと。」




「好きにさせておけ。」シャエルは血のように赤い唇を歪めた。


「それは私たちには関係のないことだ。」








一方その頃、学院の訓練場ではトゥロが銀等級七段の魔術師と模擬戦を行っていた。




「手加減するな、トゥロ!」


相手は足元に魔法陣を展開しながら叫ぶ。


「さもなくば、叩き潰すぞ!」




「やってみろよ。」トゥロは薄く笑い、体に魔力を巡らせると、一気に踏み込んだ。




強敵とぶつかるたび、内なる力が呼応する。


この日も、戦いの最中に、彼は初めて――夢ではなく、現実の意識の中で声を聞いた。




『動きは悪くない。だが、まだ“殺し”を知らぬ。』




トゥロの背筋に寒気が走る。


冷たいのに、なぜか懐かしい声だった。




「……お前、起きたのか?」


トゥロは心の中で問いかけながら攻撃を避けた。




『私は常にいる。お前が気づかなかっただけだ。


夢の中だけで囁くつもりはない――今は、お前を鍛える時だ。』




その声が響いた瞬間、トゥロの動きが変わった。


魔力の流れは滑らかに、拳は鋭く、障壁は重厚さを増す。




彼はまだ、この力の正体を知らない。


だが――これが始まりに過ぎないことだけは、直感で理解していた。


アカデミーの中庭には朝靄が立ち込め、静かな緊張感が辺りを包んでいた。




今日は特別な日。




十の小隊が選抜され、それぞれの教授と冒険者を伴い、三つの王国に重要な任務を果たすため派遣される――エルフ族の王国「エルフォフ」、ドワーフの国「ドルグヘルム」、そしてドラコニットたちが治める山岳国家「ヴァルドラク」。




「13小隊、点呼を始めるわよー!」




軽やかな声が響き渡る。声の主は、我らが13小隊の担当教授、リアナだ。




「ノラン!」




「ここに!」




「カイン!」




「準備万端!」




「リナ!」




「……いるわよ、うるさいな」




「メイラ!」




「はーいっ♪ あれ? フロフロどこー?」




「……そして、トゥロ!」




「は、はいっ!」




「ふふ、全員元気そうで何よりね」




リアナは微笑み、腰に手を当てる。白と金を基調とした戦闘用ローブは、彼女のスタイルを際立たせ、生徒たちの視線を自然と集めていた。特に男子陣は、何かと目のやり場に困っていたようだ。




「よそ見はダメよ? ほら、トゥロ、顔赤くなってる。可愛い♪」




「なっ……ち、違います! これは気温のせいでっ……!」




「ふふふ」




魔法陣が展開されると、深紅の甲冑を纏った六本足の魔導騎獣グリム・ドリフターが現れた。グォンという低音とともに、魔力で作動するエンジンのような音が鳴り響く。




「こ、これが……」




「そうよ。魔力式自走獣。魔導炉で動く移動手段の一つよ。エルフォフまでは約三日の行程。途中、数か所の補給地を通るわ」




車体には防御魔法が刻まれ、側面には積載用の収納魔方具が設置されている。前脚の膝部分からは発光する爪が伸び、夜道でも障害物を感知できる。




「この子はね、匂いにも敏感なの。敵意を持った魔獣が近づくと唸るのよ。まぁ、可愛いお利口さんなの」




「名前……あるんですか?」




トゥロの素朴な質問に、リアナは笑顔で答える。




「グラヴィナっていうの。前線でよく私の相棒を務めてくれたわ。大事にしてあげてね」




メイラは既に背中に乗り、耳の長い小動物フロフロを抱いていた。リナは周囲の森に気を配りながら、弓の手入れをしている。ノランとカインはお互いの武器を見せ合い、どちらが派手かで言い争っていた。




車内は意外にも快適だった。布張りの座席、魔力制御による温度調整、さらには自動で淹れられるハーブティーまで。




「これ……ほんとに訓練の一環か? 完全に貴族の旅じゃねえか……」




「……戦場では、快適さなんて一瞬で消える。今くらい、安心しておきなさい」




リアナの言葉は重く、過去の戦火を感じさせた。




車窓の外には、大地を駆ける魔獣の群れや、空を泳ぐ魚のような飛行生物が見えた。青と緑の世界に、見たことのない生命が息づいている。




「……なあ、トゥロ」




ノランが隣で小声で囁く。




「エルフォフに行ったら、何を見ると思う?」




「うーん……綺麗な森とか……」




「ちっちっち、それだけじゃねぇ。エルフの姫だ。噂によると、めっちゃ美人らしいぞ」




「……え、そ、それは別にどうでもいいじゃん!」




「そうか? お前、案外そういうの苦手そうだもんな。リアナ先生にすらドキドキしてるし」




「なっ、なにそれっ……!」




(やれやれ……)




そんなやりとりにリナがため息をつき、メイラはくすくすと笑っていた。




しかし、心のどこかでトゥロは感じていた。




――この旅が、ただの任務では終わらないということを。




荒れ果てたアルガンタの闇。かつて英雄たちが守った世界を、再び燃え上がらせようとする者たちの存在。




(俺は……止めなきゃいけないんだ)




知らぬ間に、彼の中で何かが静かに目覚め始めていた。




「……トゥロ」




リアナがふいに隣に座り、囁く。




「あなたの中にある力は、まだほんの一部。でも、感じたわよ。あの試験のとき……ほんの一瞬だけ、私の魔眼でも測れなかった“光”があった」




「……!」




「恐れないで。君には、それを使いこなす資質がある。だから私も、この任務を一緒に行くことにしたのよ」




彼女の瞳は、どこまでも真剣だった。




外では、森が揺れ、遠くにエルフォフの大樹が見え始めていた。




「――皆、あと一時間で第一補給地よ。休めるうちに休みなさい。……戦いは、すぐそこよ」




魔導騎獣は静かに進み、13小隊を新たな運命へと運び続けていた。




グラヴィナと呼ばれる魔獣が山の小道と森の境界を越えたとき――


目の前に広がったのは、まるで夢のような光景だった。




天を突くような巨大な樹々。


その幹の間には、自然と調和するように建てられたエルフたちの家々が並んでいる。


淡い光を放つ花々が空中を漂い、まるで妖精のように舞っていた。




「……すごい……ここが……エルフォフ……」




トゥーロは思わず息を呑んだ。




風は優しく、空気には魔力の粒子が浮かんでおり、無音の交響曲のように揺れている。


そして、そのとき――木々の奥から一つの人影が現れた。




「ようこそ。十三番隊の方々ですね?」




現れたのは、エメラルド色の髪と金色の瞳を持つエルフの女性だった。


背には精緻な弓を背負い、その所作には気品が漂っていた。




「私はセリィ。エルフォフ王国第一護衛隊の隊長です。」




「……きれいな人……」メイラが小さく呟く。


ノランがトゥーロの肘を突っついた。




「なあ、トゥーロ……あれが噂の姫様じゃないのか?」




「い、いや……たぶん……ち、違うと思うっ!!」




リナは深いため息をつき、カインは無言のまま腕を組んでいた。




「エルフォフへようこそ。国王陛下が直々にお会いになりたいと仰っています。どうぞ、こちらへ。」




セリィに案内され、一行は森の奥へと進んだ。




◇ ◇ ◇




森の中には、不思議な生き物たちが住んでいた。


翼のあるモモンガ、光を放つフクロウ、そして宙を舞う小さな妖精のような生物たち。




「これは……魔法と自然が調和してるのか……?」




「ええ、」とリアナが説明する。「ここエルフォフには“自然魔法”が流れているから、空気そのものがまるで違うの。」




やがて、彼らは広々とした草原へとたどり着いた。




中心には古びた水晶の泉があり、その根元には巨大な聖樹が聳え立っている。


そして、その聖樹の前に立つ一人の人物――




「ご足労感謝します。よくぞ来てくださいました。」




それは、清らかで鋭い眼差しを持つ老齢のエルフだった。


その佇まいからは、自然と敬意が湧き上がる。




「我が名はレヴィン。エルフォフの国王です。そなた……英雄の力を秘めし者よ……その内にある光は、ここまで届いておる。」




レヴィンの視線がまっすぐトゥーロに注がれる。




「……!」




胸の奥が熱くなる。




まだ何も成し遂げていないのに、心が何かに呼応するようだった。


(まさか……この人には見えてるのか、俺の中の……何かが?)




レヴィンは静かに続けた。




「アルガンタの動きが日に日に不穏になっておる。我が森ではすでに百人以上のエルフが行方不明となり、そのうち二十名の男性は遺体で発見された。そして、八十名の女性は今なお消息不明だ。最近、奴らが人身売買に手を染めているという噂がある……」




その瞬間――


トゥーロの中で、何かが小さく震えた。




それは恐怖でも、不安でもない。


それは……使命感だった。




「……はい。私たちにできる限りのことを、必ずやり遂げてみせます。」




その声は小さく、だが確かに力強かった。




◇ ◇ ◇




その頃――




エルフォフ王国から離れた森の奥。


八十人の美しいエルフの少女たちを捕らえた傭兵団が、密かな抜け道を通って逃走していた。




しかし、彼らが足を踏み入れたその場所は――知らず知らずのうちに、《魔王領》の境界を越えていたのだった。




「……不届きな来訪者がいるようだわ。」




漆黒の塔の玉座に座る女――シャエルは目を閉じ、魔力の流れを感じ取っていた。




「百名程度。八十は無力化された者。二十は武装……ふふ、愚かね。」




彼女はゆっくりと手を差し出した。




すると次の瞬間、ある傭兵の一人が瞬時に彼女の前へと引き寄せられた。


状況が理解できず、彼はうろたえ、暴れ出す。




シャエルはその目に死のような冷たい光を宿しながら、静かに問いかけた。




「――ここに何の用かしら?」




しかし男は恐怖に満ち、言葉にならない。




「答えられないのなら、無意味ね。」




その言葉とともに、彼の首はシャエルの指先ひとつで無造作に折られた。




彼女は静かに立ち上がり――


「さあ、歓迎の挨拶をしに行きましょうか。」




冷ややかに微笑みながら、塔の階段を降りていった。

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