21.それぞれの時間 - 雪貴 -
文化祭の後、
再びAnsyalは活動休止に突入して
俺は留学先へと戻った。
留学の最終課題は、
DTVTの演奏会にゲスト出演すること。
その際のピアノは、
DTVTのピアニストである、
惣領国臣とのピアノデュオで演奏する
俺が監修した、オリジナルピアノの協奏曲。
出演するステージは、
英国王室が主催する音楽祭で、
生中継で放送されることが告げられた。
幾らなんでも、
国臣さんハードルあげすぎだよ。
なんて毒づきながらも、
再び、ピアノ漬けの毎日を送り始めた。
伊集院さんの課題である、
テレーゼが納得いく演奏が出来るようになった頃には
計算しつくされたかのように、
再びオクターブ奏法を多くする曲に向き合っても
腱鞘炎の痛みはなくなった。
充実した日々。
そして唯ちゃんとの遠距離恋愛も、
俺たちらしい形で今も続いていた。
インターネットの回線を使って、
お互いネット電話で対話を楽しむ時間。
そして他愛のない会話は、
何時しか、唯ちゃんの
ピアノ教室へと変化していく。
学校に通う授業時間以外は
ピアノ尽くしの日々。
寝ている時間ですら、
ピアノを弾いてる夢を見る。
そんな時間も俺にとっては
かけがえのない時間だった。
俺の傍には、
離れていても唯ちゃんがいる。
唯ちゃんを感じられる。
それだけで……力が次から次へと
溢れてくるみたいだった。
唯ちゃんはと言えば、
やっぱり事務所が用意してくれている
俺のマンションには
今も生活することは出来ないと
自分の1Rマンションを
中心に生活しているみたいだった。
どうして?って質問した俺に
唯ちゃんが答えた返事は
「ベッドが広すぎるもの。
雪貴いにいの意識し過ぎて、
寂しくなるでしょ」
そんな風に答える唯ちゃんが
やっぱり愛しくて。
今は一週間に一回。
唯ちゃんが休みの日に、
俺のマンションには合鍵で
換気に出向いてくれてるみたいだった。
学校での唯ちゃん情報は、
唯ちゃんは素直に教えてくれない。
その辺はちゃっかり音弥からの定期報告。
マニアぶりな唯ちゃんの観察報告メールに
俺は笑いながら、文章に読み続ける。
ありふれた日々は、
いろんな形に姿を変える。
同じ日々が時として苦しいだけの時間として
刻まれていくこともあれば、
輝ける時間として刻まれていくこと。
離れていてもお互いの存在を
噛みしめながら、
俺たちのそれぞれの時間は過ぎていった。
季節は過ぎ、
高校三年生になった秋。
俺は留学最終課題である、
音楽祭の日を迎えていた。
前日から緊張しっぱなしの俺は、
DTVTメンバーと共に
控室へと連れていかれる。
その場所に姿を見せていたのは、
Ansyalのメンバーと裕先生。
そして事務所の社長夫妻。
託実さんについてきたらしい、
百花さんの腕には、
託実さんの長女・満月【みつき】ちゃんの姿。
その後ろ……、
カクテルドレスで盛装した
唯ちゃんが、姿を見せた。
「雪貴……、
今日は楽しみにしてる」
そう言って微笑んだ唯ちゃんに
思わずムギュっと抱き付く。
「こらっ、雪貴。
タキシードが乱れる。
ほらっ」
そう言いながら俺の体を
両手で肩を抑えて引き離すと、
そのまま蝶ネクタイを手早く直してくれた。
音楽祭の開始時間が迫って、
唯ちゃんたちは、
DTVT来賓用のボックス席へと
移動していった。
「雪貴、軽く運指しに行こう」
同じく正装姿の国臣さんが
俺の元を訪ねてくる。
緊張からか冷え切った指先。
両手で指先をこすりながら、
控室にスタンバイさせてある
練習用のピアノの上で、
順番に指の筋肉をほぐしながら
温めていく。
30分ほどのウォーミングアップを終えて
再びDTVTの方へと国臣さんと戻った時、
スタッフが出演を知らせに控室に訪ねてきた。
「さっ、行こうか。
ボクの期待を裏切らない君が好きだよ。
雪貴。
深由、タクトを。
最高のステージにしよう」
そう言って国臣さんは無邪気に笑うと、
DTVTのメンバーは、
ゆっくりとステージへと移動する。
LIVEの時とは違う、
光が差し込むその場所へ、
ゆっくりとオケメンバーから入場していく。
ステージ中央には、
向かい合わせにスタンバイされたインペリアル。
「行ってくるよ、雪貴」
そう言うと国臣さんは、
光の世界へと歩いて行く。
DTVTメンバーが全員揃ったところで、
堂々と拍手に迎えられて
ステージに引き込まれるのは、
マエストロ、瀧沢深由。
彼がゆっくりとお辞儀をして、
観客たちに背を向けると、
流れるようなタクトと共に
DTVTの演奏は始まっていく。
予定されていた2曲が終わり、
深由がステージサイドに
いた俺に視線を向ける。
インペリアルを演奏していた
国臣がその場でゆっくり立つと、
会場スタッフが国臣のもとに、
マイクを持って行った。
「今日最後の曲は、昨年のピアノコンクールで
優秀賞をおさめ一年間、留学生として
ボクたちと共に勉強してきた、宮向井雪貴と共に
彼の曲をお届けしたいと思います」
日本語で告げた後は、
国臣さんはそのまま、
英語でも同じように言葉を続ける。
「雪貴」
国臣さんに名前を呼ばれて、
俺は光のステージへと一歩を踏み出した。
国臣さんの前で、
お互いの手を交し合って、
そのまま深由さんの待つ中央へ。
そこで深由さんとも握手をして
国臣さんの反対側の
インペリアルの前へと静かに立って
ゆっくりとお辞儀した。
会場内のアナウンスが、
今から演奏する曲を説明する。
俺の覚悟をありのまま形にしたかったから。
俺と唯ちゃんの出会いの原点には、
いつも兄貴が居た。
兄貴は旅立った後も、
いつも俺と唯ちゃんと二人の心に中に
住み続ける。
兄貴は唯ちゃんが幸せになることを
応援してくれる。
そして……俺自身が幸せを掴むことも。
そう思ったら、俺がアレンジする曲は
一つしか思いつかなかった。
兄貴が作ったAnsyalの名曲。
あの曲をベースに、
少しずつ変奏を加えて、
俺の曲へと転調して繋げていく。
二つの絆を一つにして、
唯ちゃんを抱くこと。
そしてAnsyalの曲を選ぶことで、
俺自身も何処までいっても
Ansyalなのだと伝えたくて。
宮向井雪貴は、
新生Ansyalの、
二代目 TAKAとして
歩いて行きたいと……
メッセージを伝えたくて。
ピアノの前に座った俺は、
深由さんのタクトを合図に、
ゆっくりと天の調べ、
メインテーマを演奏していく。
単独だった俺のピアノの音を
追いかけるように、
国臣さんの音色が重なっていく。
絡まりあう音は、
ストリングスとあわさって、
より深みを増して広がっていく。
ゆっくりと変奏していく
第一楽章から続く三つの物語。
全ての演奏を終えた時、
会場内から拍手が嵐のように湧き上がった。
ゆっくりとピアノの前から
立ち上がった国臣が俺に合図をする。
俺もゆっくりと椅子から立ち上がると、
深由さんたち二人が待つ場所へと
足を進めた。
ステージ中央、お互いを讃えあうように
軽く抱き合った後、
三人で肩を並べて、観客へとお辞儀をする。
次は深由さんだけ後ろを向いて、
オケメンバーをたたせる。
そしてもう一度、
深々とお辞儀をした。
今も鳴りやまぬ拍手が、
留学最終課題の達成を教えてくれた。
その後は、国臣さんから
「DTVTに入らないか?」と
猛烈なアプローチを貰ったけれど、
俺は丁重にそれを断った。
俺にはAnsyalしかないから。
Ansyalを
大切にしていきたいから。
二日後、俺は唯ちゃんやAnsyalメンバーと共に
10ヶ月ぶりに日本に帰国した。
帰国した空港には、
フラッシュの嵐。
マスコミの対応に追われた日々をこなして、
俺は学院へと足を踏み入れた。
留学中、交換留学先として
通っていた提携校からの成績を踏まえて
無事に高校三年生へと進級を果たした俺は
高三になって初めてのクラスへと入室する。
担任は繰り上がりで唯ちゃん。
俺が教室に入った途端、
クラスの奴らが音弥の合図で
一斉にクラッカーを鳴らす。
パンっ。
パンっ。
パンっ。
パンっ。
ちょっぴり焦げ臭い匂いと共に
打ち鳴らされた音に、
慌てた他の教室の先生たちが
姿を見せる。
唯ちゃんはそんな俺たちの
尻拭いに、
ペコペコと謝罪をして
「こらぁ~」っと怒りながらも
なんだか嬉しそうだった。
改めて向かい合った教室。
あの場所に居る唯ちゃんは、
やっぱり教師で
俺はまだ生徒。
だけど今は、
この時間を思いっきり
楽しみたいと思った。
俺らしく、
唯ちゃんらしく。
高校生活、残り約半年。
それぞれの時間を
自分らしく……歩いて行く。
それは決して、
回り道ではないのだから。
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