10.退院 - 唯香 -
季節は過ぎて六月。
百花はようやく、
退院出来るまでに回復した。
知らない間に、
ガッツリと結ばれていた
百花は入院中から
ある意味VIP待遇。
何気なく出入りさせて
貰っていた建物が、
身内専用の特別室だと知った時は
正直絶句した。
まっ、そう言う私も距離を
縮めてたわけだから
何も言える立場ではないけど、
病室も雲泥の差。
百花の病室には、何時行っても
託実さんの姿がある。
見ているだけで、
二人とも幸せそうで
『ごちそうさまでした』って
言いたくなるくらいの
ラブラブぶり。
ちなみに百花の両親までもが、
託実さんとの交際を
応援しちゃってるわけで
その時点で、
私はすでに出遅れ気味。
雪貴の両親は
私を受け入れてくれてるけど、
私はまだ、自分の両親に
何も報告できないでいた。
「唯ちゃん、さぁ行こうか」
朝、出勤準備を整えた私の前には
学校に復学した雪貴。
年度初めの遅れなんて
なかったかのようにクラスの中に
溶け込んでとっても優秀な能力を
発揮してくれてる。
そんな頼もしい教え子兼、
恋人を持ってしまっている
私は学校では
関係がばれるとヤバイ教師。
学校内に見る雪貴の仕草に
ときめいて、ドキっとしてる私は
マジ、心臓持たない。
何時かボロが出そうで。
隆雪さんの告別式直後、
二人のTakaの存在で、
雪貴自身も騒がれる形になったけど、
今はそれも上手く終息してくれてる。
神前悧羅学院独自の
鉄壁の守りが、
生徒を守っていく。
校門前に雪貴の姿を見ようと
集まってたファンたちも、
今はガードマンたちの活躍で
誰も近寄ってこない。
学院内を騒がしていた
生徒たちも、
雪貴がTakaだと知っても
すでにいつもと変わらない日々。
Ansyalのギターリストとして
活躍することは、隠す必要はないと
先代理事長である、紫(ゆかり)様からも
現理事長である、一綺(かずき)様からも
お墨付き済み。
穏やかではないのは、
私の思いだけ。
雪貴の周囲に、
女生徒が集まるたびに
イラっ、もやっと
やきもちに精を出す。
雪貴はそんな私を見ながら、
笑ってた。
今日も朝食の後、
雪貴の『行こうか』って一言で
仲良くマンションを出る。
登校している時間は、
家のなかみたいにラブラブでは
居られないけど……
それでも二人で居られる時間は
貴重な時間。
雪貴のマンションを出ると
駐車場から出てきた
車が一台ゆっくりと止まる。
「おはよう。
よっ、お二人さん朝からお揃い?」
そうやって突然、窓を開けて
話しかけるのは十夜さん。
思わぬ人物の登場に、
かなりびっくりする私。
なんて、神出鬼没なの。
そんな私とは違って、
雪貴は普通に会話を進めていく。
「おはようございます。
俺は、今から学校です。
この間から復学したんですよ。
んで、今から唯ちゃんと一緒に
通学です」
「んまぁ、デートに
出掛ける服装とは ちゃーうわな。
それくらいは見たらわかるわ」
ビシっとスーツを着こなした
十夜さんはAnsyalの
ボーカルをしてる時とは
まったく違って見えた。
お墓参りで出会った時も、
こんな風にビシっとしてたな……なんて
あの日の十夜さんと、憲さんを思い起こす。
「あっ……あの……。
あまりに突然すぎて、
整理できてないんですけど、
十夜さん、何処から出没しました?」
雪貴たちの会話に割って入るように
言葉を紡ぐ。
「何処からって、あっこ。
あのマンション、
こっち側は俺のもんやから」
こっち側?
えぇー、今サラっとこの人
凄いこと言ったよね。
後ろを振り向くと、
そこに聳えるのは、
5つの高層マンションのタワー。
そのマンションそれぞれを
管理する一族は違うって
なんとなく噂では聞いたことあったけど
私には縁遠い物件だから、
ずっとスルーしてた。
忘れてたよ……。
雪貴の家は金銭感覚崩壊一族で、
Ansyalのメンバーたちも
そうだったんだ。
「あぁ、唯ちゃん?
おーい、唯ちゃん?
帰っておいで。
遠い国旅立ったらあかんよ。
なんや雪貴、言ってなかったんか?
あのマンション、俺のもんやて」
「なんで俺がそんなことまで、
唯ちゃんに説明する必要があるんですか?」
「まぁ、そう言われたらそうやな。
ほい、お二人さん、そこまで乗りや」
そう促されて乗り込んだ
車は長ーいリムジン。
そして今更に気が付いた真実。
えぇー、運転手って
ドラムの憲さんじゃん。
十夜さんの車に揺られながら
緊張に体を小さくする私。
居心地悪すぎる。
私って悲しいくらいに
庶民なんだ。
「唯ちゃん?」
遠い国に旅立つ
私を引き戻すように
雪貴が覗き込む。
反射的に体を起こした瞬間に、
触れた唇同士。
ビクっとした電流が走ったように、
雪貴を求めたくなる。
そんな欲求を必死に押し込めるために、
窓から外の景色を見ながら誤魔化した。
ごめん……雪貴。
貴方の優しさは、
今の私にはどれも刺激が強すぎて。
「十夜さん、憲さん、
今日都合どうですか?
百花さんの退院の日なんですよ。
それで託実さんと
スタジオ練習したいなーって
話してたんです。
兄貴のサウンドじゃなくて、
俺自身がAnsyalと
どうやって真剣に関わっていくかを
見極めたくて。
それで良かったら……」
突然、告げられた
雪貴の言葉に
私は窓から慌てて、視線を移す。
いつも……そう。
雪貴は、こうやって一人で
次から次へと決めて
力強く歩き出していく。
「了解。
紀天【あきたか】ようやく、
動きそうやな
仕事が片付き次第、
顔出すわ。
全員で練習する日は、
決まり次第、連絡してや」
「はい。
託実さんにも伝えておきます」
そうやってメンバー間の打ち合わせを
こんなに近くに聞いてるなんて。
それって今の今まで
気が付かなかったけど、
今の私も、見る人がいたら、
凄く羨ましい雲の上の住人?
モンモンとするものを抑え込んで、
グルグルしながら揺られる高級車の中。
やがて車はゆっくりと
学院の中へと滑り込んでいく。
えっ、
ここってもう学院?
待った……。
ダメだって。
雪貴と一緒に通学って目立ちすぎるって。
しかも乗ってるのリムジンだし。
中に一緒に乗ってるのは、
Ansyalの十夜だよ。
運転してるのは、
憲だし……、もっと皆、
有名なんだから自覚してよ。
一人、焦っている
私の気持ちも知らずに、
リムジンは学院内でも
一握りの人しか使うことが許されない
VIP専用駐車場の方へと向かっていく。
VIP専用駐車場?
なんで?
どうして、十夜さんはこの学院のこと
こんなに知ってるの?
戸惑う私をよそに、
ガードマンの手続きも軽く終わって、
車は進んでいく。
「何?
唯ちゃんの百面相面白いわー。
俺も紀天も、隆雪も託実も
ここの卒業生。
知らんかった?
まぁ、わからんか?
悧羅は、天の川渡らんと
男子校舎と女子校舎行き来出来んでしな」
そうやって呟いた十夜さんは、
悧羅校の生徒が昔からそう呼ぶ、
一本しかない渡り廊下を指差した。
知らなかった。
車はVIP専用駐車場へと
停車すると、憲さんが
ドアをゆっくりと開けてくれる。
先に出た雪貴が、
ゆっくりと手を差し出してくれて
私もその手に自分の手を重ねて
車から降りた。
周囲をキョロキョロ。
うん、誰も居ない。
「じゃ私、
職員会議の時間が迫ってるんで」
慌てて立ち去っていく私の横を
一綺現理事長が、すれ違っていく。
慌てて理事長に会釈をして、
理事長の背中を見送ると、
理事長は十夜さんの方へと
近づいていくのが見えた。
えっ?
マジ、十夜さんって何者?
校内に響く、
チャイム代わりの琴の音色に
我を取り戻すと、
職員室まで猛ダッシュした。
刺激的な朝から続く、
いつもと変わらない学校生活。
一日の授業が
終わった退勤時間。
学校を出て駅へと向かう私を見つけた
雪貴は近くの喫茶店から追いかけてくる。
「お疲れ、唯ちゃん」
「うん。
さっ、雪貴。
買い物手伝って。
百花の退院祝いの晩御飯作らなきゃ」
途中、ATMに立ち寄って
お金を引き出すとそのままスーパーへ。
四人分の食材を買い込む。
半分ずつ持つ予定が、
一人でその荷物を持ってしまった雪貴は
テクテクと私の前を歩いていく。
「ねぇ、雪貴。
帰るのマンションじゃないよ。
百花のところ。
託実さんの家に行かないとなんだから」
「うん、知ってる。
だから向かってるよ、託実さんの家」
そう言ってテクテクと歩き続ける
雪貴の後を慌てて追いかけると、
後ろから荷物を一つ奪い取った。
雪貴が歩いていくのは、
同じマンション内の違うエントランス。
「あれ?此処?」
「うん。
このマンション特殊なんだよ。
地下駐車場では、全部の敷地が
繋がってるんだけどね。
地上の建物は、7つだったかな?
複数の財閥が管理してるんだ。
一つは俺と唯ちゃんたちが
住んでるマンション。
俺が住んでる建物を管理してるのは、
トパジオスレコードの二人の一族。
花京院と紺野。
託実さんが住んでるのは、
伊舎堂グループの持ち物。
んで、あっちに見えるのが
十夜さんの持ち物で、
その隣が三杉と早谷(はやせ)。
最後の一番奥が、
徳力って言ったかな。
何せ、それぞれの財閥が
管理してる分だけ
専用のエントランスが作られてるんだ」
雪貴の説明に、納得しながらも
やっぱりパンピーには
次元が違いすぎる話だと感じた。
でもそのどの苗字も、
神前悧羅にとっては、
切っても切れない有名人ばかり。
授業料なしに惹かれて
必死に歩き続けた学校生活だったけど
私の母校って、
やっぱり強者ばかり揃ってるんじゃん。
それぞれの名字から連想する、
学院の伝説になってる
メンバーたちの噂を今一度、
思い出してた。
雪貴は数多くあるエントランス一つ。
伊舎堂グループの紋が刻まれてる
建物の前で備え付けのベルを鳴らす。
防犯カメラらしい
機械が頭上で動いた後、
ランプが点滅して、門が開く。
門の向こうには、大きなロビーが広がっていて、
その一角の大きなカウンターの前には
制服をキッチリと着こなした
スタッフさんが立っていた。
いかにも出来る女を匂わせるスタッフたち。
彼女たちが一斉に、
お辞儀をする。
買い物袋が浮いてるよ。
「隣のトパーズの宮向井です」
「お待ちしておりました。
託実様のお部屋ですね」
そう言うと、機械の上に
指だけを乗せるように促して
私と雪貴は、指を乗せると
開いたエレベーターで
最上階へと向かった。
高層マンションの最上階。
インターホンを鳴らすと、
すぐにドアが開かれた。
「いらっしゃい。
雪貴、唯ちゃん」
出迎えてくれた託実さん。
促されるままに、
部屋の中に入った私は、
窓から望む景色に感動する。
「何?
百花、凄いマンションじゃん」
「ねっ。
私もびっくりしたの。
最後に立ち寄った家と、
今の家、違うんだもの。
建物は違わないのに」
退院した百花は、
ラフな服装に着替えを済ませて、
広いリビングの革張りの
ソファーにチョコンと座ってた。
「ご飯、作らなきゃって思って
材料買ってたけど、多分この家には
似ても似つかないメニューかも」
まだピッカピカのカウンターキッチン。
そこに立つと、
スーパーの袋から取り出した材料を
ゆっくりと広げていった。
カルボナーラに、
唐揚げ。
おつまみには、
居酒屋風冷奴。
圧力鍋で一気に調理した
チャーシューを使った炊き込みご飯。
そしてコンソメスープ。
この部屋にはそぐわない
庶民料理をひとしきりと使ると、
テーブルへと並べた。
そんな私の料理でも、
託実さんも喜んでくれて
展覧会の準備に追われることになった
百花をサポートするべく
毎日のように託実家へと
晩御飯を作りに来ることになった。
雪貴も一緒に託実さんの家に
訪ねてきては二人で、
ギターとベースを抱えながら
演奏してる。
そんな世界が
私の日常的になった頃には、
雪貴と託実さんにくっついて、
百花と一緒に、
トパーズ棟の中にある
スタジオにまで
出入りするようになっていた。
気が付いたらも集まっていて
良く知ったAnsyalサウンドを
空間いっぱいに広げていく。
ずっと遠い存在だった
見てるだけだった、
存在が今はこんなにも近い。
百花の退院から、
私の時間もゆっくりと
動き出したように感じた。
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