9.刻み始めた秒針 - 雪貴 -



ほんの少しの

きかっけと思いがあれば、

その時間を動かすのは

後は自分次第なんだ。





唯ちゃんを支えたい。





心からそう思えたとき、

憑き物が落ちたみたいに

いろいろなものが、

色を取り戻した。




闇の中で、

グルグルと過ごし続けた時間

答えなんて見つけられなかったのに。





学校に復学して、

今までと変わらない日々を過ごす。




今までと変わらない日常に、

変化をもたらせてくれるのは、

最愛の唯ちゃんの存在。




学校では、教師と生徒。



同棲してるのは、

学校のヤツは知らない。




俺と唯ちゃんの交際は、

音弥のみ知られてしまったが、

アイツは口が堅い。



進級した学年のクラスも、

昨年と同じ気心の知れたメンバーで、

担任も変わらなかった。




俺が不在の間、

ずっとクラスをまとめ続けた

音弥は今期も頭取と呼ばれる

学級委員の役職についていたものの

俺が復帰するや否や、

早々にその役目を返上してしまった。



復帰した俺の学校生活は、

休学前と変わらない。



クラスをまとめ、

学年をまとめ、

生徒会に顔をだし

先生たちの雑用をする。




主に唯ちゃんの

雑用をすることが多いのも、

音楽準備室に通い詰めるのも

俺自身の担任が唯ちゃんだってことと

昨年のピアノコンクール本選で、

俺を指導した講師だって肩書が

うまく俺たちの関係を隠してくれた。




同じ日々の繰り返し。


ただその中に、

Ansyalとして早退を続けてた

時間が消えてしまった。



そしてそれは、

ありのままの俺自身と

じっくりと向き合わせてくれる。



その日も、

いつもと変わらない日常をこなして

放課後になったら

学校の裏門で待ち合わせ。



唯ちゃんの仕事が

終わるのを待って合流すると

裏道を通って、

病院へと顔を出す。




百花さんは、

今も意識を取り戻すことはないけど、

託実さんの希望で、

病室がICUから、

別の部屋に変わった。




その病室は託実さんが関わる、

一族限定でしか使えないらしい

特別な病室。



その病室に百花さんを

連れて行ったてことは、

託実さんの覚悟も

示された形になる。




唯ちゃんと病院に姿を見せると、

そのまま受付を済ませて、

特別病棟にダイレクトに

続くエレベーターに乗り込む。




ゆっくりとドアが開くと、

控室のソファーには、腰をおろして

ペンを走らせる託実さん。





「こんにちは」


「お邪魔します。

 百花、どうですか?」





荷物を部屋の片隅に置いて、

百花さんの眠るベッドサイドへと

すぐに向かう唯ちゃん。




唯ちゃんの日課は、

眠り続ける百花さんに、

他愛のない日常会話を繰り広げる。



そこで会話してるみたいに。



そんな唯ちゃんの声を耳にしながら、

俺は託実さんに断りを入れて

託実さんが座る隣に腰掛ける。





真っ白な譜面に、

描かれたおたまじゃくし。





「託実さん、これっ」


「あぁ」





辿った音符は脳内で音となり、

懐かしいメロディーを奏で始める。




ベースを片手に弦を爪弾く

託実さんの隣、

俺も荷物を置いて、部屋に置かれた

託実さんのギターを手に取る。




「託実さん、そこ……。


 なら、こっちのフレーズは

 どうですか?」




託実さんのベースの音色に

音を被せるように

自らの音を紡ぎ出していく。



兄貴が旅立って以来、

音を発することなどなかった

ギターの音。


なのに今は……

こんなにも穏やかに爪弾ける。




そんな俺達のやりとりを受けて、

唯ちゃんが、俺を覗いた。





「Taka【貴】、ちょっといい?


 このフレーズと、

 このフレーズを続けて使うと、

 流れてしまう気がするの。


 だったらこっちの方が

 まとまって聞こえない?」





いつも雪貴だった唯ちゃんが、

再び俺のことをTakaと呼んだ瞬間。



その響きが少し懐かしくて。





唯ちゃんが口ずさんだ、

フレーズを受けて、

更にギターのアレンジを進めていく。




「うん、そうだね。

 

 なら俺は……こうかな。

 

 あっ、でも、託実さん……

 このフレーズ兄貴だと

 こう弾きませんでしたか?」





ふと……脳裏に浮かんだフレーズを

紡ぎたくて、一言断ると……

兄貴が愛したフレーズを

その中に盛り込んでいく。




体に染みついた兄貴の音は、

今も色褪せることなく

俺自身の糧となってるのが

自覚できる。





そうだ。


譜面を見たとき、懐かしかった。




それはこの曲が

『星空と君の手』だから。




大切な人が亡くなって、

その人の為に、音楽を届けたいって

夜通し、必死に練習してた

兄貴と託実さん。



それを捧げた人が、

理佳さん……

百花さんのお姉さんだったんだ。




「託実さん。


 この曲は昔、

 理佳さんに送ったって言う

 (星空と君の手) ですよね」



俺の問いに、

静かに頷いた託実さん。



「雪貴、今は活動休止中の

 Ansyalだけど

 俺は解散させる

 つもりはないよ。

 

 Ansyalは、

 雪貴の卒業を待って

 活動をアクティブに開始。

 

 そのつもりで、

 居てくれ。

 

 隆雪の想いが詰まった

 Ansyalを

 このまま

 終わらせるなんて

 出来ない。

 

 他のメンバーにも

 事務所にも

 そのつもりで話を通してる。

 

 だから俺も、その日に

 俺の全ての想いを詰めた

 一曲を編成したい。


 俺の過去から

 現在、未来に繋がる一曲。

 

 Ansyalの

【星空の祈り】を受けて

 更に広がっていく

 Ansyal版

【星空と君の手】 」




Ansyal復活への道程。





そんなビジョンが

告げられた時、

俺も本当の意味で、

兄貴の想いを

受け継ぎたいと思った。





俺自身として、

Takaを受け継ぐ。





その道程が

どれだけ険しいことでも

それを乗り越えた時、

俺は兄貴が愛したファン一人一人と

向き合えると思ったから。




「託実さん。


 だったら託実さんの

 フレーズを

 全面尊重しますよ。

 

 その上で、

 俺も協力します。

 

 俺もAnsyalの

 メンバーですから」







将来のビジョンがリアルに

動き出した瞬間。





俺は何度も何度も、

託実さんと音を重ね合った。





「百花。


 早く、目覚めなって。

 

 ほらっ、アンタ

 こんなにも託実さんに

 愛されてんじゃない。


 何時までも寝ぼすけしてんじゃないよ。

 

 流石の私もこれ以上は

 待てないんだからね」




百花ちゃんの

ベッドサイドに再び戻った

唯ちゃんは、半泣き状態で

声を紡ぎはじめ、堪らなくなった俺は、

キリのいいところまで演奏を重ねた後、

唯ちゃんの肩をゆっくりと抱きしめた。










目覚めの

朝を待ってる。











刻み始めた秒針は、

ゆっくりと失ったものを

取り戻させていく。





俺が俺に立ち戻っていく

感覚を噛みしめながら。

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