2.傷を癒したい - 唯香 -



大好きな隆【Taka】。


隆雪さんが旅立って、

暫くは自分のことしか

考えられなかった。



荒れて、パニック起こして

散々、振り回して雪貴にも

酷いこといっぱい言った。



そんな雪貴の壊れた心なんて

気づく余裕もなくて。



だけど流れていく時間は、

ちゃんと私を包み込んで、

前へと新しい一歩を

踏み出させてくれる。



ゆっくりと物事を

見つめられるようになった

私の時間を包み込んだのは、

とても穏やかな時間。




目を閉じれば、

今も隆雪さんと出逢ったあの日が

私を優しく包み込んで、

心を穏やかにしてくれる。



寂しくなれば、

隆雪さんから貰った宝物を聴く。




そんな時間を過ごして、

雪貴と今一度、向き合った時、

彼の心は崩壊してた。




今まで散々、

私は支えて貰ってたのに……。




想い出の雪深い

あの山奥で見つけた

私の瞳に弱々しく映る

変わり果てた彼の姿が

たまらなく愛おしかった。



震えるその体も

心も全て温めたい。





どれだけ時間がかかっても。





雪貴が私にとって

大切な存在であることはわからないから。




愛しい存在であることは変わらないから。






死にに捕らわれた瞳。


食を受け付けない体。


世界を映さない瞳。





全てを拒絶した状態で、

ようやく再会した雪貴と

あの日から、二人三脚の日々。





学校とマンションと病室の往復で、

気が付いたら再会から一か月。





全く受け付けなかった体は、

私が作ったものなら、

少しずつ受け入れてくれるようになった。





私が顔を出した時には、

少し、笑顔も見せてくれるようになって

出逢ったころの雪貴らしさが、

ほんの少しずつ、見え隠れする。




そんな一瞬一瞬の時間が

愛しくて、

今日も雪貴に逢いたくて仕方なくなる。





毎日、病室で逢ってるのに。





離れている時間が、

寂しくて。






そんな雪貴中心の生活が、

今の私の生活。





知らず知らずのうちに、

連絡を取る時間がない親友の百花。







二か月以上も、

お互いにメールのやりとり一つしないなんて

凄く珍しい。




百花のことも気になりつつも、

今は自分の時間を最優先にしたい。







雪貴の病室を後にして、

慌ててマンションへ帰宅した後、

今日もシャワーを浴びて、

着替えを済ませると

学校へと通勤していく。





「おはようございます」




校門に一歩踏み入れた途端に、

クラスの子たちをはじめ、

生徒たちが次々と声をかける。




「おはよう」




にこやかに教師スマイルを

返しながら、

職員室へと向かう足取りは重い。




進級の話題もチラチラと出始める季節。



二月の期末試験も受けられず、

三学期になっても、

一度も出席が出来ていない

雪貴は、やっぱり先生方の中でも、

進級を危惧する対象でもあって。



いくら成績が優秀な

学級委員をしていた存在でも、

学校での生活態度は、

褒められたものじゃない。



早退を繰り返した二学期まで。



今となっては、

Ansyalの活動のための

早退だってことは良くわかるんだけど、

それもまた、公になった今では

問題行動の対象でもあって……。



優等生なんだか、

そうじゃないんだか担任としては、

頭が痛い限り。




……雪貴の進級は私が守らなくちゃ……。




なんて、力む部分もあるんだけど

素直すぎる雪貴に、

これ以上、精神的な負担はかけたくない。




いろんなものを抱え込み過ぎて、

破裂してしまった雪貴の心の傷を思うと

やっぱり少しでも穏やかに過ごせるように

包み込んであげたくなる。


雪貴の傷を少しでも癒したくて。



よく言えば恩返し。


だけど本当は、怖いだけ。




私は強くないから……。



隆雪さんが居なくなって、

雪貴まで失うのが怖い。








「よっ、唯ちゃん」





私の肩を背後からポンっと叩いて

顔を覗かせる少年。





霧生音弥

(きりゅう おとや)。




雪貴の親友で幼馴染。



そして雪貴不在の今、

学級委員長代行。





眼鏡に指先を少し添えて、

フレームを持ち上げると、

私の方を覗き込む。




「おはよう。霧生くん」


「って言うか、唯ちゃん。

 目の下、クマ出来てる」




霧生くんに言われて、

慌ててコンパクトを鞄から取り出す。



「ホントだ。


 コンシーラーで

 カバーしてきたつもりなのに」



小さく呟いた私に、

霧生君は小さく耳元で

囁くように接近してくる。



「何?


 今日も雪貴のとこ?」



囁かれるままに、

素直に頷いた。





入院している雪貴の病室に

入り浸って時に、

鉢合わせして以来、

私の雪貴の関係を知ってしまった

霧生くんは、

それ以来何かと気を使ってくれる。



気を使ってくれるって言ったら

物は言いようなのかな。


悪く言えば、私が霧生くんに

遊ばれてるだけとも言うんだけど

秘密を受け入れて協力してくれるのは

やっぱり頼もしい。






「アイツ、どんな感じ?」


「まだ時間かかるよ。


 長期戦覚悟してるもん」




ちゃんと私が守るんだから。


雪貴の心も癒すんだから。





「唯ちゃん」



ふと、名前を呼ばれて

声の方に振り向きざま、

頬をムギューっと抓られる。




「力みすぎっ。


 唯ちゃんが倒れたら、

 一番心配するのはアイツ。


 忘れんなよ。


 たまには、アイツを放って

 唯ちゃん自身を休ませるのも愛情な。


 まっ、唯ちゃんが行けない時くらい

 俺が雪貴見ててやるから」




早々と言い切ると、

校舎の中へと消えていく長身。





チャイムが鳴り響いて、

真っ青になりながら、

職員室へと駆け出して滑り込んだ。






セーフ。






呼吸を乱しながら、

何とか滑り込んだ朝の職員会議時間。




学年主任や教頭に少し睨まれる視線を感じながら、

肩身狭く、伝達事項のメモを取っていく。








今は少しでもいい。





私が出来る小さなことを

雪貴の為にしてあげたい。






私の心を支えたいから。






ゆっくりと焦らずに

日常の一歩を踏み出せば、

時間が心を

癒してくれるはずだから。



ほんの少しの温もりを

感じられる場所が

……寄り添えば……。





貴方の傷を癒したい。






その言葉と思いに、

偽りはないから。

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