拾陸話 解釈次第のお役目(仕事増えた)


生類憐みの令についてはどうやら極端な事にはならないようで一安心である。


 決してウナギや川魚が食べたかった訳ではない。まあ由の煮売り屋が困るので是非無しにして頂きたいところだ。本当の生類憐みの令は正直鶴や馬、犬がメインで憐み、魚や鳥類は食べるために生かしておくのはダメだけど獲って死んでるのはOKなんて一貫性無さすぎるだろう。


 いかに上様(つなよし)の御気持ちで運用していたのか判る。それだけ世継ぎが欲しかったんだろうけど、隆光の説法にホイホイ乗ったらダメなんだ。その隆光も上様が帰依したのはいいがやりすぎてあの悪法は隆光(アイツ)が吹き込んだからとさんざん悪口を言われた上に身内が憐みの令に触れたとかで減刑を柳沢吉保に頼んだりしている。まああそこ迄のめりこむ等考えもしなかったのだろうが。


 まあお世継ぎが出来たのでその辺の心配は無くなったわけだ。しかしそうなると紀州の暴れん坊が将軍に成れない未来があるのか。とは言ってもまだ未来の事は判らない。歴史の修正力があるかもしれないからな。



 今日は非番なので由の煮売り屋に顔を出す。榊原家の嫁になっても子供が生まれても店を続けると言うのでまあ続けて貰っている。本人が好きでやっているからまあよしと言ったところだ。


「このヤマサの醤油って安いのにいい味してるね。これも旦那さんが作らせたの?」


「いいや、元々銚子で寛永の頃から作り始めてたんだがここまで行き渡ってなかったのさ、日野屋が扱う様になったんでこちらにも回ってきたんだよ」


「そうなんだ、銚子か~いい所なんだろうね」


「ああ、気候も温暖で魚もうまいらしい、一度行ってみたいものだ」


「ほんとに!皆で行きたいね~」


 由が笑顔でいい笑顔で答える、愛い奴め、お客が居なかったら抱き寄せてるんだが。


 まあ公務で行くことにはなるんだよな。上様の無茶ぶりのお陰である。



「は?小石川の薬草園の支配?それも御庭番のお役目なのですか!」


「そうだ、あの薬草園は上様の私的な庭という扱いになっておってな、上様の庭は御庭番の管轄となっておる」


 嘘だろ、確かにあの薬草園は綱吉の屋敷跡に作られているからそうなんだろうけどなんか納得できない。公儀(ばくふ)の庭は上様(おれ)の物ってどこのジャイニズムだよ!まあそれこそが封建社会の闇というべきなんだが。


「薬草園には医学所に加え養生所と薬種会所を作る予定だ。それには{華の一族の医学書}に通じた貴殿以外では務まらぬと上様も某も思っておる。種痘の確立と箆似士倫(ペニシリン)の生産法の確立を一刻も早くせよとのお達しだ。其方の言う通り醤油蔵等の職人を呼ばねばならぬ、兎も角金に糸目を付けず急ぐのじゃ」


 おかげでこのところ毎日あちらこちらに出かけて人に会ったり、視察に行くなど大変忙しい、あの暇な日々が黄金の様だ。日野屋に頼んで醤油蔵を持っている伝手を探して貰ったら銚子のヤマサと取引があったので紹介してもらう事となった。


 その為はるばる銚子迄出張となったのだ。


 そういや旗本が公務で出かける場合家格を大幅に上回る行列が付くという事を知った。


 槍持ちや鉄砲持ちなど付いて完全に小大名の行列になる。当然公務なので幕府が費用を持ってくれるんだが、いかに幕府が権威を大事にしていると言う表れだな。幕末の川路聖謨はこれに感動したというのを読んだことがある。


 柳沢殿が付けようとしたけど公式のでは無い、お忍びだと言う事で断固拒否した。



 下総国 銚子


「うーん潮の香りがここまで香るんだな、空気がうまいとこんなにいい香りになるんだな。江戸時代ってこういう所はいいよね」


「殿?何かおっしゃられましたか?」


「いや、独り言だ」


 早速銚子に着いたんだが如何に御忍びで行くとしても警護兼の供が付くわけだが、元々我が家には家人は居ない。彦爺が居るのだけどあくまでも家の雑事を行う役なので供は出来ないし許されない。一応小普請から離れたときに家の家禄は蔵米取から知行になったんだが差配する家来も居ないので暫定措置として知行分の米を支給という形になっている、要は早く家来を雇えという事なんだが家は全く伝手は無い。親父の実家とは向こうが勝手に絶縁状態にしてたから今更関係をという訳にも行かず親類縁者に頼めない。親父の後添えの睦さんの実家が八王子同心の平同心だったのでそこから人を出してもらった。平とはいえ先祖は甲斐武田の流れを汲む中村家の分家なので同じく武田家の末裔である柳沢殿が大いに喜び千人同心の頭に働きかけ他の家からも三男以降の家を継がない人を出してもらっている。家政に長けた者、武芸に通じたものもいて心強い限りである。


 話しかけてきた護衛役の若侍は荻原平馬という八王子同心の千人頭の分家の出である。あの荻原重秀のいとこになるらしい。三男なので家を継ぐことは無いのでどこかの養子待ちだったのを柳沢殿がスカウトしてきた。柳生心眼流という荒木又右エ門が開祖の流派を学んでいるらしい。剣術もだが組打ちや柔術もする総合格闘技の使い手みたいだ。


 さて、ヤマサの蔵に行くとするか。うん潮の香りに混ざって醤油の香りがして来たな、ヤマサの当主が話の分かる人ならいいんだが。



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