25.雨の向こう側 -飛翔-



目を開いた時、真っ先に飛び込んできたのは

真っ白な天井。


ゆっくりと視線を動かしていくと、

この場所が、神前こうさきなのだと居場所がリンクする。


隣のベッドで眠り続けるのは、

兄貴の忘れ形見。


甥の神威。



自分のベッドからゆっくりと体を起こして、

隣のベッドへと移動してアイツの状態を観察する。




……良かった……。





手首の脈をとりながら、

今も規則正しく時を刻む証に安堵する。




自分のベッドへと移動しようと動き出すと、

ゆっくりと病室のドアが開く。



入ってきたのは、見慣れた親友・由貴。



「飛翔、起きたんだ」



由貴は真っ直ぐにベッドへと近づいて、

俺のベッドに腰掛ける。


自分のベッドに戻って、由貴と同じように

ベッドマットに腰掛ける。



「さっき、起きたよ。

 ここは神前だよな」


「えぇ、神前ですよ。


 勇が裕さんと連絡つけてくれて、

 ヘリで駆けつけてくれましたから」


「そうか。

 どれくらい過ぎたんだ?」


「今日で二日くらいでしょうか。

 嵩継さんから、GWが開けたら研修に戻って来いって、

 後、飛翔のお母さんもその頃に退院でいいぞって、

 伝言預かってきました。」



由貴がそう言って、

鷹宮からの伝言を届けてくれる。



そんな温かい気遣いに、

ほっとする俺自身が存在する。




「一人だと難しかったな」




しみじみと吐き出すように紡ぐ言葉。



由貴や勇、

それに時雨たちが来てくれて良かった。



何度、呼びかけても何度捕まえても、

振りほどいて、海へ海へと歩いていく神威。




折れかけた心を支えたのは紛れもない、

親友の声。




「由貴……お前、あの雨を見たか?」




殴り殴られ、打撲痕くらいは

体中のあちこちに今も残っていると思っていた。


痛みもなければ、傷も俺自身の体から

全て消えてしまっている現実。



金色の雨が降った……。

龍が俺と神威の中に降臨した。




そんな信じられない現実。




「飛翔の傷も、神威君の傷も私たちが駆けつけて、

 確認した時には殆どなかったんです。


 状況が状況だったので、神前に搬送されて

 二人ともCTはとったみたいです。

 

 だけど異常は見当たらなかったっと、

 裕さんが言っていました。


 徳力・生駒・秋月は、

 時としてこんな不思議なことが起こりうるそうですね」




不思議なことか……。


確かに、

そうかも知れないな。



あの時、降り注いだ黄金の雨。





あの雨は……温かかった。





そして龍が降臨して吸い込まれた後、

俺の左手に小さく表れた……龍の刻印。



その刻印から漲る《みなぎる》力が、

傷口を癒していった。






「……良かった……」





由貴が安堵したように紡いだ。




「あぁ。

 悪かったな」





ゆっくりと首を振って微笑みかける由貴。




「飛翔、裕さんにだけ声かけてきますね」




そう言うと、由貴は病室を出ていく。


今も隣で眠り続ける神威は目覚めない。




*


早く、目覚めろ。


*






そんな祈りにも似た感情を抱きながら

神威を見つめ続ける。





暫くすると病室をノックする音が聞こえて、

勇と裕さんが姿を見せる。





「早城、少し状態確認させて」



入ってきた裕さんは声をかけてすぐに、

俺たちを診察していく。



ベッドに横になってされるままに診察を受けた後、

体を再び起こした。



そのまま裕さんの視線は神威の方へ。



「あの……神威の状態は?」


「早城と一緒だよ。


 氷室の情報だと、あるべきところの傷は何処にも見当たらなかった。

 念の為検査はしたものの異常はなし。


 後は目が覚めるのを待つだけだよ。


 神威君が目が覚めるまでは神前で経過観察。

 早城は、鷹宮に戻るなら帰っていいよ。


 向こうには連絡しておくから。

 勇人、後は頼んだよ」




慌ただしそうに病室を出ていこうとする裕さん。



「裕さん、すいません。

 華月と、生駒の神子は?」


「二人とも君たちよりも早く意識は回復してる。

 生駒さんに関しては詳しく話せないけど、

 近日中に退院予定。


 華月さんに関しては、全治二週間。

 退院まで神前で治療予定」




退室間際、必要な情報だけ最低限教えてくれる。




その日、一足先に俺だけ神前を退院して

経過観察先を鷹宮へと移動させる。




勇の運転で鷹宮に帰った途端、

嵩継さんをはじめとして、皆が一斉に俺を迎え入れてくれる。



医局に顔を出して一通りの挨拶を受けて、

母さんの病室へと向かうと、

そこには水谷さんが母さんの話し相手として顔を覗かせてくれていた。



「ただいま」



一言呟いて顔を出すと水谷さんも

「早城君、お帰りなさい。いい顔してるわね」っと言葉を添えて

病室を後にする。




「飛翔……今までどうしてたの?」


「神前で眠ってたらしい。

 神威はまだ神前こうさきで眠ってる。


 俺だけ先に意識が回復したから、

 一足先に戻ってきた。


 母さんに顔を出したかったしな」



そう言ってベッドサイドに座った俺を、

体を起こした母さんは、両手を伸ばして抱きしめてくる。



こんなにも小さかったか……。





今ではとても小さく感じる母さんを慈しむように抱きしめなおす。





「今日は隣に居るよ。

 まだ経過観察とかで仕事には戻れないんだ。


 明日、また神前に顔を出すよ」




そう言うと、

母さんの隣の簡易ベッドに再び体を横たえた。




翌朝、病室には勇が鍵を手にして現れる。



俺の掌に置かれたのは、

総本家に置いたままのはずの俺の愛車の鍵。



「総本家にとめてあった飛翔の車、

 僕が借りて乗って帰ってきたんだ。


 行きがヘリに同乗させて貰って来たから、

 帰りの足もなくて、勝手に借りちゃった」


「悪かったな」


「車ないと、神前にもお見舞いに行けないでしょ。

 お父さんからの伝言で、飛翔の研修再開はGW明けって。


 それまでは体を休ませて、やるべきことをしなさいってさ。

 今日こそは、目が覚めてるといいね。


 由貴がついてくって、張り切ってたよ」




勇は院長からの伝言と鍵を持って訪ねて来た後、

母さんと朝食を済ませて、そのまま病室を後にする。




鷹宮から神前へ。



神前の病室、まだ眠り続けている神威のベッドの傍で由貴と

会話しながら待っている、モゾモゾと動き出す神威。



寝ぼけているのか、

もぞもぞと動いて神威が体を起こす。




「目が覚めたか?」


「……覚めた」


「そうか」




相変わらず続きようがない会話。




「ったく、二人とも本当に似てるね。

 口数少ないところも不器用なところも」




クスクス笑いながら由貴は、

目覚めた神威の様子を調べて病室を出て行った。





「起きたのか……神威」


「とりあえず起きたら検査だと。

 一通り、検査して異常が出なかったら退院だ。

 遅くなって悪かったな」



事務的な口調とはいえ、

今の精一杯で神威と向き合う時間。



「遅すぎる。

 来るならもう少し早く来い」



いつもの様に無言の沈黙が続くだけだと思っていた

俺の傍で、アイツは可愛げなく上から目線で怒る。



そんなアイツを見ていると、

幼い時に、兄貴にそんな仕草をぶつけていた俺自身を思い出して、

兄貴が俺にしたように、気が付くと

アイツ髪をワサワサと掌で撫でつけた。


「飛翔、華月かげつ万葉かずはは?」


「華月はまだ入院してる。

 お前を助けようとして、康清やすきよ一派に監禁された」


「監禁?

 華月は大丈夫?」


「華月のことも俺が動く。

 だからお前は子供らしく、もう少し寝てろ。


 小学生のガキが重たい荷物を一人で背負うんじゃねぇ。

 兄貴を……お前のお父さんを心配させるな」



「鷹宮のヤツラも由貴と時雨もお前の力になってくれる。

 総本家の方は、華月と話し合ってまとめていく。

 だから……せめて高校卒業するまでは荷物、おろせ。

 俺が動く。

 兄貴に……心配かけさせるな」






今の俺はアイツの代わりになることは出来ない。


そして兄貴の代わりにもなれない。




だけど……寄り添うとことは出来るだろう。






暫くして、もう一度姿を見せたときには

時雨と裕さんが一緒に姿を見せる。




意識が戻った神威は、そのまま診察と検査だけ受けて

俺と同じように、鷹宮へと移動が可能となった。




手続きを済ませて、鷹宮へと移動すると

特別室の仕度を勇が整えてくれていた。




再び神威をベッドに眠らせようとした時、

由貴が滑らした「俺の母親の入院」の言葉で

アイツが「早城にあいに行く」と突然、見舞いを申し出た。



慌てて母さんの病室まで付き添うと、

母さんは慌てたように、ベッドの上で正座をして頭を下げる。





総本家の当主と末端の楔。




「顔を上げてよい。

 姿勢も改まらずとも良い。


 飛翔に世話になった礼と、早城には礼を欠いたことを

 詫びに来た。


 申し訳ない」




何処までも可愛げのない謝罪の仕方。

それでもアイツには精一杯の謝罪のようだった。





「母さん、今日は神威と一緒に特別室に居る。

 用があったら呼んで」




そう言って、神威を連れて特別室へと向かうと

そのままアイツをベッドに横にさせて、

俺は一度、医局へと顔を出し、研修用の書籍を手に病室へと戻った。



コミュニケーションをとるのが苦手な俺には、

何時までたっても『問診』のコツと、上級医への

コンサルがスムーズにいかなくなる可能性があるわけで、

それだけは、研修再開までに何とかしておかないといけないステップで。




研修医としての勉強を進めながら、

ベッドで眠り続ける神威を時折見ながら、

過ごす穏やかな時間。



こんな時間がやってくるなんて、

二月には考えられなかった。





二日後、母さんと神威を連れて、マンションへと帰宅する。





最上階。



神威との共同生活空間になる一室へと帰った俺は、

そのまま考えていたことを伝える。





「神威、お前転校はしないか?


 昂燿校こうようこうは全寮制で遠いだろ。

 第一希望は海神わたつみ、第二希望は悧羅りら


 海神が一番寮生期間が短いからな。

 それで、ここから通え」



突然の提案に、

驚きの表情を浮かべる神威。



「んで高校は、出来れば俺の母校に行ってみないか。

 俺も神前に居たのは、高校以外の時間だけなんだ。

 

 由貴や時雨と出逢ったのも、神前以外の学校だったんだ。

 無理強いはしない。

 

 神前に通いながら、考えといてくれ」




まだスムーズなコミュニケーションとは行けない。




大きな溝は、一気に塞がることはないけれど

それでも少しずつ、塞がっていくのが感じられる時間。




「高校のことなんてまだわかんない。


 ただ神前間での転校なら、

 身動きがとりやすい場所なら何処でもいい。

 

 ボクはこれから当主としていろいろと務めるべきことがあるから。

 昂燿は交通の便も悪いから。


 海神で構わない」




可愛げがないなかで、問いかけた質問には

アイツなりに答えようとしてくれてる。




「神威、後もう一つだけ。

 早城の親は、兄貴が……お前のお父さんが選んだ人だ。


 俺は早城の両親によって救われた。

 だから俺は決めた。


 早城の親には、神威に対して敬語は使わせない。


 お前は俺たち前では、徳力の当主じゃなくて

 ただの徳力神威。


 兄貴の忘れ形見なんだ。


 それだけは忘れるな」





俺の周りには、こんなにも身近に

支えてくれるヤツラがいる。



鷹宮にも同じように見守って、

支えてくれる人たちがいる。



俺は支えられて、今日まで歩き続けられた。



だから……神威にも気負わずに支えてくれる

そんな奴らと出逢って欲しい。



その為の手助けなら、

俺の親友たちも精一杯の力を貸してくれる気がして。



そんな奴らと一緒に、

俺はアイツの居場所を守ってやりたい。



アイツが徳力の荷物をおろして、

僅かでも息抜きできる場所が出来ればいい。



否応なしにでも時が来たら、

当主として動かないといけない。




今も、当主としての責務は多いだろう。




だが……贄となるべき、

バカな役割はすべて排除して

新しい一族の体制を整えていく。




その改革を神威と華月と進めながら。







ふと窓から外を眺めると、

薄らと空に架かる虹が視界にとまる。







雨の向こう側。









ゆっくりと虹がかかるように、

俺とアイツを繋ぐ架け橋が、

一つ一つ繋がっていく。









そんな温もりを噛みしめながら。






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