3.雨が告げた現実 -神威-

「徳力君、徳力君、起きて」


ポーン寮の自室。


何人かの寮生と一緒共同生活をしている

二段ベッドの下で眠っていたボクのところに

聞きなれたメイトロンの声が聞こえた。


何度も何度も呼ばれる名前に、

眼をこすりながら、ゆっくりと起き上がる。



「徳力君、眠たい時間にごめんなさいね。

 本当は朝まで待っていただきたかったんだけど、

 徳力君のお身内の方が切羽詰ってらっしゃるみたいで」


メイトロンが言葉にした身内の言葉に、

ボクは、神前悧羅学院昂燿校こうさきりらがくいんこうようこう初等部の

一生徒のままではいられないのだと覚悟を決めた。



「メイトロン、すぐに準備して向かいます。

 まだ皆、眠ってるから」


「えぇ、そうね。

 まだ良い子は沢山眠ってる、夜中の三時だものね」



メイトロンはそう言うと、

足音を立てないように、静かに部屋を出ていった。



ベッドから抜け出して、音を立てないように

簡単に荷造りを済ませて、着替え終わると

寮の部屋を出て、一階のポーン寮の面会室へと向かった。





ボク、徳力神威とくりき かむいが生活している

このポーン寮は、全寮制の昂燿校の生徒たちの中で、

幼等部と初等部の生徒たちが共同生活をする空間。


そしてさっきボクを呼びに来た、

メイトロンは、一般的には寮母さん的な役割を持つ存在。


各寮にメイトロンとなる存在が、数人ずつ居て

いつも寮生活のサポートをしてくれる。


っと言っても、基本的には自主性を育て、自立を促すための

寮生活なので、殆どのことは、デューティーと呼ばれる専属の先輩が

ジュニアと言う直属の後輩を育てていく。



この場所では、初等部のボクは

ジュニアとしてデューティーの教えを忠実に学んでいけばいい。


だけどプライベートのボクは違う。




一族にとってのボクは、徳力家当主。


故郷に住む村人たちにとってのボクは、

徳力家当主が故に、生神いきがみと呼ばれる存在。


母が亡くなり、父が亡くなった途端に

一族の決め事に従って、当主に就任したものの

ボクが何かが出来るわけじゃない。



まだ小学生の身で、大の大人たちと当主として

やりあわないといけない。



そんなボクにとって、

この浮世離れした隔離された空間。


神前悧羅こうさきりら学院の学園都市にいる間だけは、

『徳力』と言う家の重荷を忘れて、

生活できる空間だった。



そんな空間も、真夜中の来訪者によってすぐに打ち消される。





面接室のドアの前、深呼吸をして覚悟を決めると

当主として仮面を被って、

ボクはドアを開けた。




「お待たせしました」



そう言って面接室に入った時には、

メイトロンが用意した、お茶を飲みながら待っている大人が四人。




「ご当主、夜分に申し訳ありません。

 後見役の華月かげつさまがお迎えに参れませんので、

 代わりにお迎えに参りました。


 八重村やえむらと申します。

 右から、元井もとい日暮ひぐらし


 そして今、車でご当主を総本家と連絡をしながら待ち続けておりますのが、

 私共の主、徳力康清とくりき やすきよでございます。


 康清さまもお待ちです。

 詳しくは、車内で説明させて頂きます」



八重村がそう言って立ち上がると、

ボクを三方から囲むようにしてそれぞれが立つと、

床に置いていた荷物を軽々と手にして、

メイトロンに八重村は挨拶した。




メイトロンに見送られて、

深夜寮を出たボクは、そのまま寮の前に横付けされた駐車場にとめられてあった

車へと乗り込んだ。




車の中には、康清と説明された存在らしきものが

ノートパソコンを開いて、今も何か作業をしながら

手元にあるメモに数字を記入し続けていた。





元井は運転席へ。


日暮は助手席へと移動して、

車内の上座となる場所に、ボクを座らせると

その反対側に八重村は控えるように座った。





「ご当主、夜分に申し訳ない。


 一族の代表として、ご当主のお迎えに参った。

 私の名は、徳力康清。


 ご当主のお父上とも懇意にしていたのだが、

 名前くらいは聞いたことないか?」



そう言いながらも康清の目からは、

殺気や野心に近い突き刺さる思念のようなものを感じる。



「いえっ。


 父はあまり話したがりませんでしたので、

 康清殿のことも知らなくてすいません」



「いやいやっ、

 まだ当主は幼い子供だ。


 知らなくても当然だよ。


 だがな……こればかりは、子供では済ませられないんだよ」



そう言って、康清殿は手元のPCをボクの方に見せた。





液晶に映し出された映像はボクの故郷、

安倍村が大雪の被害にあってしまっている映像だった。




「ご当主も知ってのとおり、

 安倍村でこのような大雪が降ることは珍しい。


 映像の通り、村の家屋が倒壊してしまっている。

 山から雪崩が起きて、その雪崩が下の集落を飲み込んでしまった。


 ここまで大事な被害をもたらしたのは、

 ご当主のひいじい様にあたる、六代前のご当主が身を捧げた時以来。


 ご当主には、その意味がわかりますかな」




そう言うと康清は、

手元に持った巻物をボクの方へと見せた。



車内にともる微かな灯りを手がかりに、

その巻物を見つめる。




その巻物には、徳力当主が「村の生神」とされる所以ゆえん

説明から始まり、人柱の儀式の手順、やり方などが事細かに書き記されていた。





村に災いが起こりしとき、

当主とは身を紙に捧げて、

村人たちの子孫繁栄を願い続けるもの也





「康清。

 母の時は幼すぎてわからなかった。


 だが父の時ならわかる。

 あの日も、村には長雨が降り続けて海が荒れて

 土砂崩れなどの災害が起きた。


 父はその神の怒りを鎮めるために

 その身を捧げたのか……」




ずっと心に引っかかっていた出来事。






沢山、雨が降り続いて、

台風が近づいているとニュースが騒いでいた。


その夜、父はボクを白装束を着て抱きとめると

『神威』とボクの名を告げて、そのまま帰らぬ人になった。




翌朝、昨日の雨が嘘みたいに晴れ渡った中、

村人たちがボクの家を訪ねてきた。




父の遺髪だと言う髪をボクに差し出して

『新たなご当主の誕生に、心より寿ぎ《ことほぎ》申し上げます』っと

一斉に村人たちは、何かを崇めるように頭を下げた。





「いかにも。


 ご当主のお父上は、三年前に一族の掟に基づいて

 その身を紙に捧げて、村を守り、天へと帰られました。


 本来、その後を継いで、一族と村を守るものの名は、

 徳力飛翔とくりき ひしょう


 ご当主のお父上の、弟君に当たります」


「徳力飛翔?

 だがボクは、今までそのような名は知らぬ」


「いかにも。

 

 飛翔はその重荷から逃げ出して、

 まだ幼い御身のご当主へ、

 その役目を押し付けて全てを捨てて出ていかれました。


 本来は此度、その身を紙に捧げるのは飛翔ではありましたが

 その飛翔も不在。


 真に当主を継承した、まだ小さい御身にこの役割を担わせるのは

 私もつろうございますが、これもまた宿命さだめ


 ご当主、安倍村の民を救うため、

 ご当主としての務めを今こそ、果たしてください。


 古くからのしきたりに従って」




そう言うと、康清はその巻物をボクの手から抜き取って

丁寧に何処かへと片付ける。




何もかもが突然すぎて、

ボクの心が悲鳴を上げる。


悲鳴を上げた後は一気に冷却していくようで

意識を経つようにボクは『当主』としての

重荷を受け止めることに意識を集中させる。




車からヘリに乗り換えて、

翌日、村へと辿り着いたボクが

連れられた先は、見知らぬ家屋。





「康清、華月は?」


「後見役様は現在、

 村の災害救援活動の陣頭指揮を執っておられますので、

 こちらの儀式は私が、一任されています。


 それでは、こちらの奥でみそぎを」



案内されるままに、

その場所であの巻物に記されていた通りに、

順番に禊をしていく。


その後は用意された白装束を身に着ける。




その日は、そのままお神酒を飲まされて

神に捧げるための、支度が順番に行われていく。



外の世界とは確実に隔離されてしまったその空間。




「それでは、ご当主。


 明日、ご当主の身は海に捧げ神の元に誘われます。

 お支度の時間まで、今しばらくお心を静めてお過ごしください」


「康清、最後に一人だけ連絡を取りたい。

 携帯を」


「ご当主、ご連絡を取りたい方はどのような方でしょう?

 場合によっては、承認できかねます。


 儀式のことは門外不出」


「大丈夫だ。

 連絡を取るのは、秋月の火綾かりょうの巫女」


「なんと……秋月の巫女姫さま」


桜瑛さえも同じ身の上。

 だから連絡する。それだけだ」





そう言うと、康清は和服の袖から

ボクの見慣れた携帯電話を取り出すと、

ゆっくりと差し出した。




「ご当主、恐れ入りますがメールの送信文も確認させて頂きます」


「好きにしたらいいだろ」




そう言うと携帯をいつものように触りはじめる。


呼び出すのは、桜瑛のメールアドレス。



タイトル→空白

本文→サヨナラ




ただそれだけ。


それをそのまま、康清に見せると

康清は逆に「それだけで宜しいのですか?」っと問う。




携帯を黙って受け取ると、送信ボタンをおす。


そのまま全ての携帯の中に入っているデーターを初期化して

電源を落とすと、康清へと返した。




ボクにはもう必要のないものだから。





翌朝、ボクは白装束を着て迎えに来られた

何人かの村人たちによって、輿に乗せられて海へと運ばれた。



耳には雪を踏みしめる音だけがリアルに残る。



波の音が近づいてくると、そのままボクは

用意された別のものに乗せ換えられる。



白装束のボクをのせた小舟が、

村人たちの手によって、静かに海へと流されていく。



簡素な作りで、壊れやすいように作られたそれは

すぐにボクを冷たい海の中へと沈めて、

そのままボクは意識を失っていった。


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