1.飲み込む雨 -飛翔-
大学生活、最後の冬。
窓の外は、時折チラつく白い雪が寒さを視覚にも伝え続ける。
その朝、前日の夜更かしにも関わらず
何故か寝付けなくて、早々に目覚めてしまった体をベッドの上で起こした。
生家は、
初等部の頃、実の兄貴・
養父母となった、ここ
俺、
人生最初の医学国家試験を親友の
勉強地獄から束の間の解放されて、早城の自宅マンションで
穏やかな日々を過ごしていた。
国家試験の合格発表はまだ終わっていないけれど、
手応えはある。
医師免取得後は、
ベッドから抜け出して、手早く着替えを済ませると
自室を出て、リビングダイニングへと向かう。
「おはよう。
飛翔、昨日も遅くまで電気ついてたでしょ。
もう少し眠っていても良かったのに。
今まで受験勉強で大変だったんだから」
「目が覚めたから。
「出来てるわよ」
そう言うとテーブルについてお茶を楽しんでいた養母は、
すぐに立ち上がって朝ご飯の準備を始める。
ダイニングテーブルの指定の席に座ると、
俺はテーブルの上に置かれている新聞を手元に引き寄せながら
テレビのリモコンを押した。
「
「お父さんは昨日、帰ってこなかったのよ。
いつもは連絡くれるんだけど、
連絡できない状況が起きたのかしら」
心配そうに口にする養母に視線を向けながら、
俺はそのまま新聞に視線を落とした。
世界情勢・一般経済。
一通りの気になる記事に視線を通した後、
TVの方に視線を向ける。
連日の大雪が各地で降って交通事故やら、家屋の倒壊など、
様々な出来事が起きていることを報道している。
そんな中、
映像が流れる。
画面の中のその場所は、
大雪によって、家屋が雪に埋もれ、倒壊している映像。
それと同時に、積雪が降り積もった後に記憶が暖かくなり
雪が一気に溶けだした影響で、雪崩・土砂崩れが起こって
集落が孤立してしまったことを伝えていた。
凄まじい状況を視線で追いかけながら、
TVが映し出す、記憶の中の木造の建物と、
その映し出される景色がシンクロする。
*
『えぇ、こちら現場の
私たちが一報を受けて取材に入った時には、
まだ集落が孤立することはなかったのですが、
昨日の昼間、街へと続く唯一の道路が土砂崩れによって寸断されました。
大雪の被害にあった人たちは、
現在、村の唯一の集会場となる会所で避難生活を送っています』
『高野さん、
現地の皆さんは、今回の被害について何かいってらっしゃいますか?』
『村の人たちは皆、口を開くと神様の罰が当たったのだと
口にしながら、俯いていらっしゃいます』
『神様……ですか……。
なんだか異様な空気も感じますね。
その場所は土地柄、過去も何度も大雪に見舞われることがあったのでしょうか?』
『えぇ、それに付きましてはこの村の村長さんに意見を伺いましたら、
ここまで酷い雪は初めてだと言うことでした』
*
今も続くキャスターとリポーターの電話越しのやりとり。
TVの画面を見つめながら、
俺は映し出される、
徳力の故郷である
「はいっ、飛翔」
そう言って養母によって、
テーブルに並べられた朝ご飯。
体を気遣う養母が作る朝食は
完全な和食。
お漬物・味のり・お味噌汁・おひたし・焼き魚・卵焼きっと
丁寧に彩られた食事が目前に広がる。
「いただきます」
声に出して、箸を進めながら
そのTVを見つめ続ける。
「あらっ、凄い被害ね。
斎市……。
徳力の総本家がある安倍村も
今は市町村合併で斎市になったのよね」
養母のその言葉に焦りを覚える。
あの場所が昔、俺が家族と住んできた村。
父も母も、
村人の為に命を落とした。
俺が生まれた生家は、凄く特殊な一族であり村だ。
徳力家系の長となる一族当主。
その当主を受け継ぎし存在は、
代々、その村人たちの
当主は、その代り……村に何か悪事が起きた時
神の怒りを鎮めるための生贄・人柱として海へと還される。
見返りのある特別扱い。
徳力に連なる、当主を受け継いだものは、
代々、村人の為にその命を落とし、
病死として葬られてきた。
お墓に残されたのは、
人柱になる前に託された遺髪のみ。
母が犠牲になり、父が犠牲になった時
次に当主を継いだのは兄貴。
兄貴がその身を落としたとき、
当主を継承するのは俺自身。
兄貴はそんな俺から、
徳力と言う一族を切り離したかったのかもしれない。
だからこそ、徳力と言う檻から
早城と言う一族の末席に連なる夫婦の元へ
養子に出された。
理由も何もなく、ただ放り出された俺は人間不信となり、
表面的な人付き合いしか出来なくなった。
そんな俺に人間らしさを高校時代から関わって教えてくれたのは、
由貴は俺と同じように医者の道になり、
時雨は、事件に巻き込まれて他界した弟の氷雨と父親の真実を知るために
警察官になった。
今はそんな親友たちと出逢えて、
人らしい生活も送れるようになった。
だけど……親父が人柱となって海に消えた
あの最後の夜の雨が、俺の心から消えることはない。
*
『あっ今、会所へと一人の女性が入られました。
この村には、日本でも有数の徳力家の総本家がありまして、
村長と共に当主後見役と呼ばれる地位の方が入られたよう模様です」
*
映像が捉えるその姿は、
長い黒髪を持った着物姿の女性。
俺の従姉妹。
華月の後ろには、養父【親父】と数人の姿が確認された。
「まぁ、お父さんどうりで帰れないはずね。
大変なことになってるわ」
キッチンでゴソゴソしていた養母も慌てて、
TVの前へと近づいてくる。
徳力に捨てられたと思っていた幼い俺。
徳力から離れて命が守られた俺。
だけどあんなに一時は憎んだ一族も、
今は何とかして守りたいと思う気持ち。
テーブルに置いていた携帯を取り出して、
養父の携帯を呼び出そうとするものの、
電話が繋がる気配はない。
次に電話をかけるのは由貴。
今日は午後から、四月から順調にいくとお世話になるはずの
鷹宮総合病院へとボランティアに行こうと話していた。
その予定はキャンセルにするしかないな。
先月はH市で大地震があった。
んで今月は、安倍村が大雪かよ。
自然脅威に怒りすら考えながら、
俺は落ち着かぬ心を持て余す。
メロディーコールが鳴り響くものの、
由貴はなかなか出ない。
少しイライラし始めた頃、電話の向こうから
由貴の声が聞こえた。
「遅いっ」
由貴の「もしもし」を
聞かずして先に怒鳴る俺。
……あぁ……やっちまった。
アイツ、この手のことには煩いんだ。
「飛翔、遅いって何?
私も……朝は忙しいんですよ。
今、時雨のご飯、作ってるんですよ。
今日、私の食事当番なんで」
「悪かった」
由貴は今、
幼馴染の
パイロットとフライトアテンダントだった両親の子供である由貴が、
両親の飛行機事故の後、時雨の両親に迎えられて、
一緒に生活を始めたのがきっかけだったらしい。
「それで飛翔、何か用ですか?」
「悪い。
今から用事が出来た。
午後の鷹宮、キャンセルするから
勇たちに言っておいて」
大学の時から親友になった、鷹宮総合病院の院長夫妻に育てられた
20になるまでは鷹宮姓だった彼は、
成人と同時に、母親の旧姓へと名を変えた。
「用事って何かあったんですか?」
「TV」
TVの言葉に反応してか、電話の向こう側からも
安倍村の様子を伝えるニュースが聴こえてくる。
「安倍村?……。
飛翔、安倍村って確か……」
「あぁ。
悪い、少し行ってくる」
由貴の次の言葉を聞く前に、
俺は慌ただしく電話を切る。
脳内は、村までの行き方のシュミレーション。
道路が寸断されているなら、
何処かで空から村に入るしかないわけだが……。
後は、あれだけの被害だと怪我人多くないか?
かといって今の俺には、
そこまでの力は存在しない。
どうしたらいい……。
必死に脳裏を巡らせながら辿り着いたのは、
もう一人の親友、中等部まで同じ学校で寮生活を送っていた
慌てて冬生の電話番号を呼び出す。
「飛翔、久しぶり。
今日は
すぐに電話に出た冬生は、
冬生自身の父親の親友だったその人の名を告げる。
「悪いっ。
鷹宮のボランティアは俺はキャンセル。
冬生、
多久馬先生に頼んで、斎市の安倍村に出して貰えないか?
俺の故郷なんだ」
口早に告げると電話の向こう、
冬生もまた同じようにTVをつけたらしく
『大変な状況だね。
どうなるかはわからないけど、一応頼んでみるよ。
飛翔、先月は俺たちも大変だったけど、今度は飛翔が踏ん張らないとね。
後で連絡するよ』
っと冬生は電話を切った。
携帯をポケットに突っ込んで、
俺は一度自室に戻って出掛ける支度を整えると、
再びリビングへと顔を出した。
「飛翔、行くのね」
そう言って俺に近づいてきた
封筒が握られていた。
「何?」
養母は、黙って俺の前に封筒を差し出す。
促されるまま封書を手に取り開く。
差出人は兄貴。
封筒の中から出て来たものは、
・俺名義のマンションの権利書。
・徳力の家を出てから今日まで、
俺の養育費として兄貴から振り込まれ続けた通帳。
・古びた紙切れ
その紙切れには、梵字のような象形文字のような
理解しがたい文字が描かれていて、かろうじて俺が読めたのは
『
最後に出て来たのは、
年季の入った1枚の便箋。
ゆっくりと開くと、
そこには兄貴からの文が綴られていた。
*
飛翔。
お前が再び、自らの意思で徳力と関わることを選ぶならば
これを持て。
私が亡き後の当主。
神威はまだ幼い。
叶うなら飛翔、お前が私に代わって
私に守ってやってほしい。
お前を私の意思で一族から外に出しておきながら
都合がいいかも知れんが。
来るべき時が来て、自らの意思で
徳力に戻ると言うならこの札を仕え。
私の力、私の
封じ込められている。
一族に置いて、宵玻と交流出来しものは
当主の一族のみ。
その札が、一族の全てを黙らせるだろう。
*
手紙を読み終えるまで、
何も言わずに無言で見守り続けた養母が
「行くのですか?」っと重い口を開いた。
全ての書類を服の内側ポケットに折りたたんでいれると
車の鍵を握りしめる。
「行って来る、養母さん。
徳力の当主、甥を此処に連れてくる。
最上階、迎え入れられるように準備をしておいてほしい」
静かにこういった。
『飛翔さま。
行ってらっしゃいませ』っと。
飛翔ではなく……様と……
本家のものを敬う呼び方で。
そんな
覚えながら俺は地下駐車場までエレベーターで降りる。
愛車のBMWのMロードスターに乗り込んで、
アクセルを踏み込んだ。
もう殆ど覚えていない、生まれ育った場所へ。
車は、
スピードを加速していく。
俺自身でも制御できない
感情の押し寄せるままに。
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