100回目の君に、さよならを。

革命軍 革命軍会長

第1話

 目が覚めた瞬間に、今日がまた「同じ日」だとわかった。カーテンの隙間から差し込む光、携帯の画面に表示される日付——4月12日。もう、何十回目だろう。いや、正確には今日で100回目だ。


 この奇妙な時間の渦に気づいたのは、10回目くらいからだった。最初はデジャヴかと思っていた。でも、何度も同じ天気、同じニュース、同じ会話が繰り返されるうちに、これは現実だと受け入れるしかなかった。


 唯一違うのは、僕だけが記憶を保っていること。


 そして、もう一つ——この日がループし始めてから、一人の少女に出会ったことだ。


 


 午後3時、駅前の書店。決まって彼女は、詩集のコーナーの前で立ち止まっている。長い髪、静かな瞳、黒いリュック。名前は「ユリ」。僕が何度も話しかけ、やっと教えてもらった。


 もちろん彼女は、毎日僕を初めて見る。


「こんにちは。詩が好きなんですか?」


 100回も繰り返してきた台詞だ。最初のころは警戒され、無視された。でも今では、彼女の反応がわかるようになった。声のトーン、目線の動き——全てが愛おしい。


「うん。たまに読むと落ち着くの。なんで?」


「僕も、そう思ってて。おすすめの詩とか、ありますか?」


 今日は、今までと少し違う言葉を選んだ。


 彼女は不思議そうにこちらを見て、それから微笑んだ。


「……なんか、変だね。初対面なのに、懐かしい気がする」


 心臓が跳ねた。


 彼女の記憶に、何かが残っている——微かな痕跡が。


 僕は衝動的に口を開いた。


「たとえば、明日が来ないとしたら、どうする?」


「え?」


「何度も、今日だけが繰り返されるとしたら」


「……映画みたい。でも、怖いかも。誰も気づかないなら、独りぼっちだよね」


 ユリは寂しげに笑った。その横顔に、僕は何度恋をしただろう。


 けれど、その笑顔を永遠に見ることはできない。夜が来れば、今日が消えるからだ。


 


 午後11時。家の屋上。星空の下で、僕は彼女に最後の言葉を伝えた。


「僕は、100回この日を繰り返してる。君と何度も出会って、何度も恋をした」


 ユリは驚いた顔で僕を見た。


「……夢、じゃないの?」


「夢だったらいいのに。でも、本当なんだ。だから、今日で終わりにする」


「終わり……って?」


「明日が来るように、僕は“何か”を手放さなきゃいけない気がする。たぶん、それは——君との記憶」


 ユリの瞳が揺れる。


「でも……あなたが、そう言ってくれて、なんだか嬉しい。私も、今日が特別な気がするの」


 僕はそっと、彼女の手を握った。温かさを確かめるように。


「ありがとう、ユリ。100回目の君に、さようならを」


 


 ——そして、目が覚めた。


 4月13日。カーテンの隙間から差し込む光は、昨日とは少し違っていた。


 スマホの画面には、確かに新しい日付が表示されている。


 僕はゆっくり立ち上がり、鏡の前で自分の顔を見た。


 何かを忘れているような気がした。でも、それがなんだったかは思い出せない。


 ただ、心の奥にひっそりと残る、温かい気配だけがそこにあった。

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