諦めないものの歌
ろうこう
本編
地獄だった。
「もう、なんでこんなことができないの!」
頬を叩かれた。でも、それを打ち消す母の叫び。
「ごめん……なさい」
私は泣きじゃくっていた。それでも、母は止まらなかった。
「響! 今日はご飯なしでお勉強だけしていなさい!」
「え……!? でも、ご飯……」
「あなたのような悪い子にはそれくらいがちょうどいいの! いいからお勉強してきなさい!」
「……はい」
母の厳しい教育方針に振り回される生活だった。
「ねえ、ママ。私、やりたいことが……」
「ダメよ! お勉強すらできてない響はそんなことをしている余裕はないの!」
「……は、い」
そんな生活をずっと続けていた。
「いい? あなたは私のいうことさえ信じていればそれでいいの」
「わかり、ました……」
自由もなく、平穏もない。
「すごいじゃない! あの偏差値70の名門、白浜高等学校に特待入学なんて」
「うん、お母さんの教えのおかげだよ」
「そうよ、あいつよりも私の教育方針の方が良かったのよ……」
その成果は花開くことはできた。
「大学も頑張るよ」
「ええ、頑張ってね」
心に大きな傷を残しながら。
「すごいじゃないか、瀬那田。また学年1位だぞ」
「ありがとうございます」
高校2年の最初の中間テストが終わった。結果は5教科合計で500点、各教科1位で総合1位。いつも大体こんな感じだ。別に何かを感じるわけじゃない。
「全く嬉しそうじゃないな」
「本当、これくらい取れて当然ってか」
「私って優秀ですから〜みたいな感じがしてむかつくよのね」
「そうそう、いつも澄ました顔しているの、まじむかつく」
そして、私に向かって放たれるのは賞賛ではなく陰口だ。去年の1学期の中間テストの時には賞賛が多かった。でも、特進クラスにはクラス替えはない。だから、1年の頃からずっと1位だった私に対して先生以外は悪印象をつけられるのは仕方がないだろう。
「……」
「ち、俺らの小言には反応する価値なんてないってことかよ」
馬鹿らしい。県有数の進学校でも生徒の中身は大半はこんなものだ。一部には私に成績で勝つためにテスト返しがされてから、すぐに復習に入る人もいる。そういう人がいる中で私に小言をぶつけることしかしない阿呆に構う価値なんてどこにあるというのか。
「……つまんないな」
私の席は窓際の列の一番後ろだ。つい目に入った外の景色を見て、私はぼそっと呟いた。
「……ただいま」
「あら、おかえり響」
私が家に帰ると、母が出迎えた。
「定期テストどうだった?」
「はい」
母が私のテストの成績を聞いてきたので、答案と成績表を母に渡した。
「定期テスト、全教科満点。さすが響ね」
「うん、ありがとう、お母さん」
高校生になってから、母はそんなに口を出すことをしなくなった。
「再来週には模試があるから、勉強してくるね」
「そうね、私もパートの時間が近いからもう行くわね」
原因は母のパートだろう。私が高校生になったあとから始めて、家にいない時間が増えたからだ。そのおかげで勉強に集中できる。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
そうして、母を見送ったらすぐに勉強を始める。
「前回の模試は数学があんまり良くなかったから……」
私には勉強しかない。高校は普通科なら部活も積極的にやっているが、成績優秀者が集まる特進科では、部活に入っている人なんていない。
ペンが紙を駆ける。人は私しかいない、そんな中でただひたすらにペンを動かし、問題集をめくる。口には出さない。思考で全てを完結させる。
(やっぱり、勉強が落ち着く……ってダメだ。余計な雑念は捨てないと)
母の束縛がなくなっても、結局私は変わることはできなかった。むしろ、弱くなってしまった。
(ここの問題は違う。計算ミスが……)
昔は母の言うことを聞くだけ。今は母に何も言われなくても過去の言葉がずっと首を絞めてくる。
「ふう、一旦休憩」
問題集を一通りやった私は一旦勉強に区切りをつけた。
「……」
この現状からの脱出をしたい。
そんな、夢物語が過ぎるお話は私の予想をしていない方向に変わって行こうとしていた。
ある帰り道、私は一人で歩いていた。
「……♪」
「ん?」
私の耳に微かな音が聞こえてきた。辺りには車どころか人の姿もなく、そんな中で確実に響いてくる音に対して、少し気になっていた。だから、私はその音のする方向へ向かっていたのだ。
「――♪!」
「ここの……公園?」
音がはっきりしてきた。その音の先には閑散とした公園がポツンとあったはずだ。いつもなら、子供も訪れない寂れた公園。
「――♪!!」
耳が割れそうだ。その現場に来て初めて感じた感想はそれだった。マイクなんて使っていないのに響き渡る男性の歌。ロック、と言うものだろうか、聞いている側からすると叫んでいるとしか思えない歌。
「――♪、ー〜ッ!」
いい感じに曲のテンションが上がっていると感じたその瞬間、男性の声が止まってしまった。その時に非常に苦しい顔をしながらであった。
「ゴホ、ゴホッ!」
「……大丈夫ですか?」
「――君は?」
「……歌が聞こえたので」
「はあ……はあ……なるほど。こっちは、まあ発作みたいなものさ」
「それって……」
発作という言葉が聞こえて、何かしらの病気を持っているのではないかという心配が私の頭の中で駆け巡った。
「心配には及ばないよ」
「でも、思いっきり咳き込んでいましたし……」
「ははっ、つい昔みたいにしすぎたのさ。次はもっとおとなしい曲にするしね」
「そうですか……でも、心配です」
「初対面だよね、俺たち」
男性のいう通りだ。私たちは初対面で別に面倒を見る筋合いもない関係だ。でも、私は男性に興味を惹かれていた。
「そうです。でも、そんなに悔しそうな顔してたら嫌でも気になります」
「悔し、そう?」
「とても」
「――そうか」
男性はどこか納得したような顔になって、私のことをじっと見つめてきた。
「少しだけ付き合ってくれないか」
「……わかりました」
そうして私は男性と一緒にベンチに座り込んだ。
「そうだな、どこから話そうか……」
そうして、男性の過去話が始まった。
* * * * *
「バンド!?」
当時の俺は結構イケイケでな。それは学校の友達集めてみんなでバンドを組もうなんて言うくらいだった。
「絶対楽しいからさ! そ・れ・に! お前もモテたいだろぉ?」
「本当にモテるのかね」
「大丈夫、大丈夫! それにさ、学校の部活なんて面倒なことするよりもいいだろ」
「う〜ん、それもそうだな。まあ、暇つぶしでやってみるか」
そうやって、ノリと勢いで適当に組んだバンドだったんだけどな。その関係が結構続いたんだ。あ、当時の俺はボーカルとギターだな。
「ここのライブハウスでぜひ!」
「ガキが! 甘いこと言ってんじゃねえぞ!」
まあ、結成したてで実績もなかったし、最初は苦労したな〜。ライブなんて当然できなかったし、先生に頼み込んで学校で練習して、下手くそ演奏なまま学園祭で演奏したり。まあ、今となればいい思い出だった。
「合格だ。次のライブに出場してもいいぞ」
ライブハウスで合格が出るまで大体1年くらいかかったな。そこからも地道に練習をして、受験勉強もしっかりこなして、大学も同じところ行って、バンドを続けていたな。
「みんなぁー!! 今日もライブ、聞いてくれてありがとう!」
「「「ウワァァァーーーー!!!」」」
そうやって、続けていって、小さなライブ会場だったけど、単独ライブができるくらいには人気も出た。でもそんなある時にな。俺に不幸が訪れたのさ。
「え、今なんて?」
「咽頭癌ですね」
まあ、病気だな。違和感にすぐ気づけたからどうにかなったが、一瞬、夢でも見てる見たな感じになったよ。声を使うボーカルなのに、喉の病気にかかっちまうなんて、悪夢でしかなかった。
「手術はなしの方針でお願いできますか?」
「……なるほど、わかりました」
まだ軽微だったからな。声が失われる全摘出の手術なんかは無しでの治療でなんとか治すことができたんだ。でもな、そっからが地獄だったんだ。
「ウッ!」
「あんまり、無茶するなよ」
まあ、長いこと歌ってなかったし、治療の後遺症でうまく歌うことができなかったし、ロックでやってたから大きな声を癖で出して、喉を痛めることが多かった。
「――! ん? これは……」
そうしていたらな、スランプにかかった。まあ、また病気になることに怯えたんだ。これじゃあ、もうどうしようもなかった。なんとか克服しようと頑張ったけど、それも意味がなかった。
「なあ、バンド抜けないか?」
あんまりにも唐突だった。これまでずっといたバンドから追い出されることになったんだ。まあ、歌えなくなったボーカルなんていらないってことだろうな。ギターはそこまで上手じゃなかったからな。いる価値がなくなっただけだ。悔しいけどしょうがないだろう。
「なんで、歌えないんだよ!」
声は出せるのに、歌を歌おうとする時だけ、声が出ない。まあ、だんだんと絶望が大きくなってたよ。それと同時に歌が嫌いにもなっていった。そんで、一向に前が向けていなかった自分にもな。
「もうすぐ、大学卒業するけど、どうするの?」
「どうしような」
「あんた、あんなに一生懸命やってた音楽はもういいのかい?」
「……」
そんでそっから、一年位経ってな。もう大学も卒業するって言うのに、まだ進路を決めかねていてな。その辺をプラプラしていてな。そうするといつも俺が歌っていたライブハウスの前をふと通り過ぎたんだ。いまの今まで訪れることがなかったけど、館長に挨拶だけしようって思って俺は、ライブハウスに入っていったんだ。
「そうか……もうやめちまったんなら俺がキャンキャンいうのもちげえしな」
「高校生のバカ相手にここを貸してくれたのはありがとうございます。それじゃ」
「まあ、待て。せめて、あいつらの歌だけでも聞いていけ」
そうして渡されたのは俺がかつて所属していたバンドのライブチケットだったんだ。まあ、当時の心境からして俺は死ぬほど行きたくなかったし、行く気もなかったんだがな。
「お前さんには酷かもしれねえが、俺はお前さんには荒療治が必要だと、今の顔を見てそう思った」
「そんな変な顔をしていましたか?」
「お前さんじゃわからんよ。俺は長年ここにいるんだ。ある程度わかるだけだ」
そんな言葉に乗って、俺はライブに行ったんだ。単独ライブでな。俺の代わりに入ったボーカルの歌で盛り上がる会場を見てな。最初はすげー惨めに思えたんだ。それはそうだ。昔はあの場で歌っていたのは俺で、その立場は見ず知らずの他人に奪われて、負け犬になった俺はそれを見る立場にしかなれない。
(まさに負け犬だな。何も変わんねえ、余計苦しくなっただけだ)
さっさと見切りつけて、帰ろうとしたんだがな。ライブも最終盤になって、ここ1番の盛り上がりを見せた時に、あいつらが一言宣言したんだ。
「俺たち、Wild Risingはメジャーデビューをするぞ!!」
まあ、追い打ちでしかなかったな。俺からすれば俺がいなくなったらメジャーデビューするなんて傷口を抉るどころの話じゃないし。
(おれがいなくなったら……か)
「前リーダーのROADが抜けてはや一年。あいつがこの話を口にして何を思うのかは知らないけど、一つだけ言いたいことがある!」
まあ、こっからだな。俺の変わるきっかけになったのは。
「ありがとーーーーう!!!」
(ッ! うるさ! それに……ありがとうなんてどうして)
「俺たちは高校の同級生で結成されて、誘ってくれたのはあいつだった。あいつが繋いだ音楽は今の俺たちを形作ってくれた! だから、今こそ! この曲を歌いたい! 当時の素人でへたっぴだった俺らが初めて作ったあの曲を! 『First』!」
まあ、知らねえとは思うけど、俺たちが作詞作曲をした初めての曲でな。元々カバー曲メインだった俺たちの思い出でもあったのさ。
「ーーー♪!!」
感謝の言葉もあって、そん時に初めてあいつらのライブを聞けたんだ。その時に俺とあいつらが歌で繋がっているんだって感じられてさ。歌のうまさも声も楽器の一体感も昔とは全く違うくせに自分から離れていったくせに。そして、初めて感じたんだ、悔しいって。何もできてないから。抜けた時は失意で一杯一杯だったし。でも、俺だけただずっと俯いていた。
「絶対、戻ってみせる。あの時の……あの時の俺以上で」
静かに野心を燃やしていたな。
* * * * *
「そうして、俺はこうやって勘を取り戻すために一人で練習してたってわけさ。まあ、声の苦手意識を克服するのに手間取ってるけどな」
その彼の話を聞いて、どのようなリアクションを取ればいいのか私はわからなくなってしまった。
「まあ、少し混み行った話をしすぎちまったみたいだね。まあ、バカな男がもう一度夢のために頑張ってるだけだ。昔より劣っていたから悔しいってだけ」
「そう……なんだ」
それと同時に羨ましいと感じてしまった。挫折してでも大事にしたいものがあるという彼のことが。私にはそんなものはないから。
「こんなもんだけど、これで満足かな?」
「……」
「腑に落ちないか。まあ、わかりにくいかもしれないけど」
正直、聞かなければよかったと思ってしまった。ただただ彼の強さを見せられただけだ。すでに諦観している私にとってはあまりにも眩しすぎた。
「急に黙り込んでどうした? なんか悩みでもあるのか?」
「……ううん、なんでもない」
「そんなわけない。流石にわかりやすすぎる」
そう断言されてしまった。確かに母親関連はずっと私の心にある悩みも同然だろう。でも、それを赤の他人のこの人に言って、何が変わるだろうか。
「まあ、いいけどさ。それで、何が腑に落ちないんだ?」
「……腑に落ちないんじゃない。ただ惨めに感じただけです」
「惨め? 俺の話を聞いて、君がそう思ったのか?」
「胸に抱くほどの大事にしたいものがある。私にはそんなものはないから」
その時の表情なんて私は当然わからなかった。それでも、話を聞いていた男性は何かを感じたんだろう。だからこそ私にあんな提案をした。
「じゃあ、音楽やってみるか?」
「……えっ」
「ないなら、手当たり次第やるしかない。動かないなら、ただ憧れるだけなら誰でもできる」
その私にとって鋭すぎる言葉は私の心の奥深くに突き刺さった。
「そっから不貞腐れるか、進んでいけるかは俺たち次第だ」
「……」
「諦めるにはまだ早いってことさ」
ずっと縛られてきた、これまでも。そして、これからもそうなるだろうと思っていた。でも、まだ道があるなら、進んでみたい。
「お願い……します」
「ああ、俺は大体午後の3時くらいから7時くらいにいるからな。好きに来てくれよ」
話がスムーズに進む。もう答えがわかっていたみたいに。でも、諦めないで済むならそうしたい。そう願ってしまう。
「そうだ、そうなるんなら、お互い名前知っておかないと不便だよな」
「確かに……」
私がササっと聞きたいことを聞いてしまったから、この人の名前が知らなかった。お世話になるなら、名前くらい知っとかないといけない。お互いに自己紹介をすることになった。
「俺は此道則後。今はライブハウスのバイトをしている23歳だ」
「私は瀬那田響。私立白浜高等学校の2年生、16歳です」
私がそうやって自己紹介をすると男性――則後さんは非常に驚いた顔をしていた。
「マジで?」
「はい」
そうすると、則後さんは頭を抱えて、唸ってしまった。
「勉強は大丈夫なのか」
「そんなに長いんですか?」
「いや、週に2、3回で一回、1時間もないくらいだけど」
「それならあんまり影響はなさそうです」
それくらいならリカバリーはいくらでも効く。せっかく垂らされた餌に対して私はとても惹かれていたのだ。
そして、私と則後さんの奇妙な関係が始まったのだ。
「〜♪♪」
「まだまだ腹式呼吸が使えてないな。腹筋にもっと力込めて」
あっさりと始まった音楽練習だが、私と則後さんは週に3回くらい45分くらいを一緒に練習をしている。最初は基礎中の基礎をやったが、勉強以外に力を入れたことがない私からすれば、はっきりと通る声を作ることから苦戦した。
「ゆっくりと覚えていけばいいから。来れない日も腹式呼吸の練習だけは欠かさないでくれ」
最初の数日は腹式呼吸の訓練から始まって、そこから発声練習に移っていく。それに則後さん自身がギタリストでもあったから、最初はあまり飽きないようにするために使わなくなっていた初心者用のギターを引っ張り出して、私にそれを弾かせていた。
「あれま、引くところ間違えてるぞ」
「想像以上に難しい」
「いやいや、1ヶ月でそこまでできるなら上出来だ。勉強得意なだけあって指の配置を覚えるのはできているからな。あとは慣れだ。今はゆっくりやっているが、それがだんだん早くすることができればある程度の楽曲を弾けるくらいにはなるな」
でも成長をどんどんしているという実感はある。確実に一歩ずつではあるが進めている。それは私にとってはとても楽しかった。勉強も似たようなものだが、もうあれにはどう頑張っても反発感を感じてしまう。私自らの意思でやろうとしたからじゃなくて、親に、学校に強制されたものだったからだ。
「本当に早いな。2ヶ月でここまでできるようになるなんて」
「次は何をやるの?」
「向上心も○と。これはとんでもないな」
「早く、次のステップやろ」
そうやって、体感では時間は早くすぎていった。その間に色々と試験やテストがあったが、むしろ、今までよりも勉強に身が入った私は試験は点数や順位を上げて、テストは相変わらず1位をキープしていた。
そして、関係が始まって3ヶ月が経った。
「〜〜♪! ……ふう、どうだった?」
「完璧だな。もうここまでいけるなんて」
あれから、私はギターと歌の両方を習っていた。最初は私自身でもわかるほどに下手だったが、練習を積むごとに上達していく感覚にどんどんとハマっていた。
「響の熱中ぶりは凄まじいからな」
「そんなにかな?」
関係を続けているうちに自然に敬語も外れていた。家で感じていた苦しさもここにくれば感じない。則後さんには感謝しかない。
「次は何するの?」
「まあ、テンポをどんどんと上げていくかな」
「テンポ……」
「ああ、指の動きが早くなるから、頭がこんがらないようにするためだな」
どんどんと次へと進んでいく。どんどんとできることが増えることへの嬉しさ。それをもう一度教えてくれた。
「もっと頑張る」
「ああ、この調子で頑張って行こうな」
「うん」
この時の私の顔はいったいどうだったのだろう。でも、暗い顔はしていないのだろうとそう確信していた。
「ただいま」
「おかえりなさい、響。最近帰ってくるの遅いわね」
「……そうかな」
母から帰宅時間が遅くなっていることを指摘されると、私はしらばっくれた。心臓はバクバクしていたが。
「まあいいわ。お勉強はしっかり頑張ってるみたいだし」
「うん、ちゃんとできてるよ」
「これで点数が下がっていたらと思ったら……」
その姿を見て、母の根底が何も変わっていないことがわかった。その母の言葉の続きなんて考えたくなかった。どうせ碌でもないことであると感じ取ったからだ。
「私、勉強してくるね」
「……あら、どうしたのかしら」
しかも、無自覚だった。あの底知れない怖さが無意識で出ている。そのことも非常に驚くことだった。
「ん、どうしたんだ? らしくないミスしてるぞ」
それは翌日も引っ張っていたらしい。演奏に支障が出ていたようだ。
「少しあって……」
「俺が聞けるなら聞くが……」
「ありがとう……」
「いいってことだ」
そして、私はこれまでの母にされたことを伝えた。
「う〜ん」
「どうすればいいかな?」
「まずな〜俺が教えるって知ると確実にやばいな」
「そうだね」
頭をうんうんと唸らせている則後さん。それを私はじっと見つめていた。
「わかった。俺に任せておけ」
「どうにかできるの?」
「伝手あたってみる」
その言葉に安心感を覚える。結局他人任せだが、一筋の光明が見えてきたからだ。
「ああ、お父さんの名前は?」
「……? 濱口翔平だけど」
「わかった。じゃあ、今日から演奏を撮って行こうと思う」
「見返すため?」
「ああ、今度は自分でも気づけるようにしようか」
父の名前を聞いてきた則後さんであったが、その後は何もないような話をして、再開していった。
そして、その会話をしてから1ヶ月後、ついに恐れていた出来事が起きたのだ。
「響?」
「……お母さん!?」
「最近遅いと思ったら、こんなところで道草を食べてたの?」
母についにバレてしまった。
「あなたね。響にこんなことをさせているのは」
「違うの、お母さん……」
「響は黙っていなさい!」
母の叫びが響く。その声にかつての恐怖を思い出して、つい体が震わせていた。
「響はこんなことをしている暇なんてないの」
「それはあなたの考えだろ」
「私は響の幸せを考えてそう言っているの!」
則後さんは母に詰められながらも、冷静に淡々と答えていた。
「なら、響に聞くか? 俺たちが何を言っても何より優先されるのは響の意見だ」
「そうね。……響? あなたはもちろんお勉強の方が大事でしょ?」
突然、私に話が振られた。そして、露骨に優しく圧をかけていく母。
「響、何があっても安心しろ。だから、お前の本心を言うんだ」
優しく、則後さんは私に言葉をかけてくれた。
「私……」
そうして、私は口を開く。いつまでも他人に任せっきりだった私が初めて自分の手で何かを変えようと思ったのだ。
「音楽を続けたい……!」
「らしいぞ」
震える声を抑えて私は母に反抗した。則後さんは私の言葉に続くように母に対して得意げな顔を向けていた。そして、対する母は……。
「響……?」
「ヒッ……」
悍ましい顔で私のことをじっと見つめていた。
「わかってくれないの? 私がどれだけ頑張ったと思っているの? あなたにここまで育てるのに」
そして、そんな母を前に体が竦んだ私の前に則後さんが立った。
「あんたのしたことは響の心に傷をつけただけだ」
「私は響のためにしただけ。あれは躾よ」
則後さんと母はずっと言い争っていて、私は何もできなかった。でも、これだけでは終わりたくなかった。
「地獄だった! 嫌だった。私も普通に生きたかった!」
だから、私は叫んだ。裏に隠れるだけじゃなくて、もう一度表に立って母に反抗の意思を示した。
「私はあなたのためを思って……!」
「そうなのかもしれない。でも、疲れたよ、私」
「……」
私のその言葉を受けて、母は呆然としていた。
「もう、止そう、真香」
その時、後ろから男性の声が聞こえてきた。
「翔平!?」
「お父さん!?」
そこにはかつて離婚をした私の父、濱口翔平が立っていた。
「響、立派になったな」
「お父さんこそ、どうしてここに?」
私は当然の質問をした。離婚をしてから父とは出会ってない。名前を出したのだって、則後さんに名前を聞かれて……。
「まさか?」
「俺が呼んだ」
「いきなり、声をかけらるとは思わなかったがな」
「急いだ方がいいと思ったからな」
則後さんはどうやって父と接触をしたかを教えてくれた。なんでも、知り合いの探偵に頼み込んで探し出して、私から聞いたことをそっくりそのまま話して、私の映像を見せていたらしい。
「あの時のって……」
「この時のためだ」
「ああ、成長した響を見れて良かったよ」
「お父さん……」
離婚して以来の父との再会。父の私をみる目がとても優しい。
「翔平、なんで」
「教育方針の違いで離婚して以来だな、まさかこんなことになっているとは思わなかったが」
「ック!」
「今の君は母親失格だ」
「私のおかげなの、私がいないと響は幸せになれないの!」
尚もヒステリックに叫ぶ母。その様子を見て、周りに安心できる人もいて初めて恐怖以外の感情が芽生えた。
「決めつけないで、私の幸せは私自身で掴む!」
その言葉がトドメになった。
「結局、親権はお父さんの方に移ったのか」
「はい」
あの後、トドメの言葉を放った後、抜け殻のようになった母から父は遠慮なく親権を取っていった。
「学校もそのままか」
「……ありがとうございます」
「どうした、急に」
私は則後さんにお礼を言った。
「結局、私たち親子の話なのに則後さんが間に入ってくれなかったら何も解決できなかった」
「……別に、ただのお節介だ。それよりも始めるぞ」
「はい」
そして、公園に旋律が流れていった。
諦めないものの歌 ろうこう @mayaten2
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