第19話 貴族学校 ③お泊まり会 -3/3-


プラグ達はセルヒと一緒にトイレを出て、プラグの使う部屋、九号室に移動した。


部屋は正方形で、横幅六メルト、奥行きも六メルト程あった。

正面に大きめの窓があって、右奥に天蓋付きのベッドがあり、部屋の中央に高足のテーブルが置かれていて、椅子が手前と奥に二客あった。

入って左手にクローゼットと本棚があり、左側に格調高い勉強机がある。

明かりは当然のように精霊灯で、部屋の真ん中と、壁の数カ所にある。


「おお、すげー立派だ!」

ゼラトが言った。


「ここが妖精プラグの部屋になる。存分に使え」

「うん」

既にプラグの荷物が運び込んである。早速、プラグは部屋を見回した。ベッドも豪華だし、気分はただのお泊まりだ。

最低限の物だけなので、鞄は宿舎の空き部屋に置いて来た。

教科書は一週間分に加え、予習したい物も全て持って来たので、二十冊ほどになる。

筆記具や紙、小物も袋ごと置いてある。

シオウが入って左側、すぐにあったクローゼットを開けた。入り口の壁に沿うように配置されている。

「お、クローゼットもある。へぇ」

プラグものぞいた。幅は一メルトほどで、上部は服掛け、下部は引き出しになっている。装飾は控え目だがしっかりした造りだった。


そしてレインがセルヒに向き合う。

「妖精よ。改めて紹介する。こちらが俺の妖精達だ」

何も分からない紹介に、セルヒは戸惑っているようだ。

「あの……名前は?」

「各自、自己紹介を頼む」

レインが言った。

まず手を挙げたのは、奥にいたシオウだ。

「じゃ、俺からー。俺、シオウ・ル・レガン。よろしくなー」

「……えッ」

気軽な自己紹介に、セルヒがぎょっとした。

「ナールーンならレガンと結構近いなってことで、仲良くしてくれよー」

シオウは笑顔だ。セルヒが深く頷いた。

次は真ん中にいたゼラトだ。

「えーと、俺は。ゼラト・ル・ピアです……よろしくお願いします」

「ル・ピア? ……失礼ですけど、どこ出身で?」

セルヒが尋ねた。

「エスタードの端っこです」

「ああ……わかった。よろしく」

セルヒが最後のプラグを見た。

「プラグ・カルタです。よろしくお願いします」

プラグは頭を下げた。

「ああ、うん。……カルタのどこ? 君、貴族だよね?」

「いえ、領主の家で、平民からの養子です」

「……ああ、そういう……ふうん……よろしくね。じゃあ、俺は行くから」

「待て、今日は休みで暇だろう。付き合ってくれ」

出て行こうとするセルヒをレインが捕まえた。

「いや……俺、君に関わりたくないんだけど」

セルヒが言った。

するとレインが、ははは、と笑った。

「そうか、俺は関わりたい。と言う訳で、連れて行く。これから部屋を紹介して、その後は上級生の棟へ行く。一緒に行こう」

「えッ……えええ……!? ちょっと待って、行くのあそこに? やだよ!」

セルヒは顔が引きつっている。

「心配するな、アレン騎士団長がついてくる」

「ええッ!? えええ!? ……もっと嫌なんだけど……! 無理だって!」

とても嫌がるので、プラグは少し心配になった。

「レイン、無理に連れて行くのは良くないよ。忙しいかもしれないし」

「そうか? 忙しいのか?」

「――うん、一応、いや凄く忙しい。予習があるし。もう行くよ」

セルヒがほっとした様子で答えた。

「では仕方無いな。また後で」

「うん……じゃあ」

セルヒは暗いまま、猫背気味で出て行った。


「あいつ腹でも痛いのか?」

シオウが首を傾げた。

「妖精セルヒは常にあんな感じだ」

レインが答えた。

プラグは部屋を見回して、首を傾げた。

「結構、立派な部屋だけど……この部屋って……元は誰かの部屋だったんだよね?」

退いてもらったのか、と思ったのだがレインは首を振った。

「いや、この部屋と妖精ゼラト、妖精シオウの部屋は空き部屋だ。この学年には侯爵以上が俺しかいないから『特別室』が空いている。この階の端には王族用の部屋が二つあるが、そちらも空だ」

「ああ、なるほど」

「だから俺は存分に威張れる。実際の所、侯爵以上となるとあまりいない。それに多少狭くなって、テーブルが無くなる程度で大差はない。他も全て個室だし、寮費が十倍、となると選ばない家の方が多い」

「……十倍?」

プラグは驚いた。

寮費にとんでもなく差がある。

「ああ、何故そうなっているのかは謎だが。十倍なので威張る。そういう仕組みだ。勿論、部屋だけで無く、個室風呂も自由に使えるし、部屋に料理を運んでもらえたり、フルコースを頼めたり、他にも様々な特権がつく。面倒な授業の免除や、休みが自由に取れるとか。特別室には過去、エアリ公爵がいたらしいが、領地にいてほどんと宿舎にいなかったと聞いている」

レインの言葉にシオウが呆れた。

「はぁ。なるほど、あのルネ級の待遇って事か。お前んち、金持ちなんだな、一年、いくらくらいだ?」


「ちょうど二千万グランだな。普通の部屋は十分の一で、二百万グランだ」


レインはこともなげに言ったが、プラグは驚いた。

「えっ!? この部屋、二千万なの!?」

レインが頷いた。

「ああ――二千万グランにしては狭いだろう? だから皆、選ばないんだ。特権も領地に戻らなければ必要ない。俺は見栄だな。庶子だから、さすがに反対されたが」


一年で二千万グラン……。貴族だとしても、子供の寮費に使うには相当な金額だ。

プラグは唸ってしまった。

「普通なら二百万か……一年で……少し高くないか? いやでも、食費もあるし、寮も豪華だし、妥当な所か……?」

プラグは呟いた。

ゼラトが肩を落として溜息を吐いた。

「俺、これが払えないから、近衛はあきらめたんだよ。勉強して、大学に入るか本気で迷った。でも勉強は微妙で……諦めて来た。そう言う田舎の貴族、たぶん多いぜ。せめて下宿ができればなぁ……」

シオウも唸っている。

「しっかし二千万か。特権があるにしろ、この部屋でそれは相当なぼったくりって気もするな。足りてない部分を補ってるとか?」


「寮費については、成績優秀者、つまり『生徒会役員』と、あとは『近衛候補生』も大幅に免除される」

レインが補足したのだが。

プラグはあれ、と思った。

「え? ちょっと待って『近衛候補生』って、ここにいる全員じゃないの? 五百人全員」

プラグはてっきりそうだと思っていたのだが……。


「いいや。各年で実技試験があって、規定の点数が取れなければ近衛候補からは外される。以後は退学か、勉強に励んで領主や官僚を目指すか、近衛には事務もあるから、そちらを目指す事もできる。一応、裁判官もあるがその場合は他の大学に編入する」


レインの言葉にプラグは首を傾げた。

「それって、つまり、最初は全部、近衛を目指すってことでいいの? ――無理なら落ちて別の道へ行くって言うこと?」

プラグの言葉にレインが頷いた。

「ああ、つまり『近衛学校』に集めた貴族の中から、毎年試験をして、より抜きを集めて『近衛候補生』として鍛えていく。残りはまとめて『貴族学校』で学ぶと言う事だな。初めの試験はさほどきつくない。徐々にきつくなり『近衛候補生』が減っていく……という仕組みだ」


レイン曰く。

貴族の令息は、初めは全員、近衛になるための『近衛候補生』として『近衛学校』に入ってくる。

しかし毎年の試験で規定に達しないと落とされ『近衛候補生』は減っていく。

毎年、入ってくる人数はかなり違い、入る年齢もそれぞれ違う。しかし十五歳までに入るのが普通で、十六を過ぎて入る例は聞かない。学年は年齢で分けられている。

ちなみに年齢は誕生日が来る前の年齢で計算する。


一学年、十三歳は全員が『近衛候補生』として貴族学校に入る。

そして皆、プラグ達と、縁取りの色が違うだけの青い訓練着を身に着ける。

精霊騎士候補生は縁取りの色が銀色だが、近衛候補生は金色だ。形は全く同じなのでそこで見分ける。

二学年、十四歳はまだ八、九割程度が『近衛候補生』のままだ。

これは一年目で明らかに無理、という者が落とされた結果で、試験は毎年、五月の頭にある。

試験に落ちて『近衛候補生』でなくなったら、先程のセルヒのように私服を身に着ける。


「入る年齢は自由だが、二学年、十四歳から入る者が多いな。俺も十四歳から入ったが、入ってすぐに試験があって、通れば良し、通らなければ――初年では聞いた事は無いが……近衛候補生ではなく『ただの貴族学校の生徒』になる。逆に最初から近衛を目指さない者もいて、そういうのは、早々に外れて貴族学校だけに通う。家業を継ぐ場合や、領主試験が目当ての場合だな。ただし、外れても三学年までは基礎訓練を受ける。基礎訓練は十四歳の二学年が一番厳しいと言われている」

「なるほど」

プラグは頷いた。貴族も色々複雑らしい。

ちなみに領主になるには、ラヴェル大学、ほか領主課程のある大学に行くという手もある。こちらは貴族、一般人共に通えるが、入学試験があるし『最低五年』と在学期間も長くて大変だ。

一口に領主、と言っても全てがシオウのような、領地丸ごとではない。

村一つ、街一つ、市一つ、家の周辺少し、と言う場合も『領主』だ。

こちらは『小領主』『貴族領主』『市長貴族』『街長貴族』『村長貴族』などと呼ばれる事もある。

ラヴェル大学は『大領主』『ナントカ領全体の領主』向けなので、一般教養、学問、政治、経済、果ては経理も学ぶ。

ゼラトのように領地が実家の周囲に少しだけ、と言う場合は、入学試験のない『貴族学校』の方が便利だろう。おそらく、若い頃からゆっくり学んで、卒業辺りで試験、と言う流れだ。

大抵は領地の場所と規模で志望が分かれるが、カルタ伯爵のような委任領主は貴族ではないので、委任領主の令息は、主にラヴェル大学を目指す事になる。

領主の資格は女性でも取れるのだが、女性が跡を継ぐのは珍しい。

……これは領民や評議会の支持が得にくいからだ。領主の子供が女性のみの場合、大抵は優れた貴族の男性と結婚するか、できる男を養子に迎え、跡を継いでもらう。そして女性の子供を次代の領主に育てていく。

女性領主で有名なのはモンティス公爵だろう。公爵くらいであれば女性でも問題は少ない。

領主課程のある学校はいくつかあるので、大学へ行かずに、領地で教育を受ける場合もある。既に官僚である場合は、試験だけ受ける事もある。

遠方での受験制度もあったはずだが、試験は容赦なし、大学で学ぶ内容が出る。領主、と言う性質上、年齢制限はないので何歳でも受験可能だ。頭が良ければ十代で受かってしまう場合もあるし、五十代になってようやく合格、と言う場合もある。


(あれ……? そう言えば……五歳で受かった誰かがいるって聞いたけど、まさか?)

プラグはシオウを見た。

カルタ伯爵が『領主試験は領地でも受ける事ができて、受験の最年少は五歳。レガン領、領主の孫で、しかも受かったと言うから、聞いた時には驚いた』と語っていた。

レガンの領主が、領主会議で孫の出来を自慢していたのだという。その孫は、数いる孫の中でも飛び抜けていると。

プラグは友人ながらぞっとした。本人だったら凄すぎる。とりあえず聞かない事にした。

ちなみにプラグは領主になる必要は無いので、そちらの勉強はしていない。

けれどシオウが資格を持っているなら、やった方がいい気がしてきた。シオウは優秀すぎるので、プラグは度々、意識している。シオウに勝たなければ一番にはなれないのだ。アドニスもいるし、アルスも頭がいいし。気を抜くと上位五人に入れない。

別に一番に拘る必要はないのだが、最強を目指すのだから頑張りたい。

今ならちょうど、三年間タダで勉強できるし試験も受けられる。折角だからやってみようか……? その場合は『目』を使わずやるべきか、どうするべきか。

人間『プラグ』の悩みは尽きない。しかしシオウがバケモノなので、ずいぶん助かっている。


レインが続ける。

「明らかに運動が苦手な場合は、十四歳を避けて十五歳、三年生から入る事が多い。そして三学年になってすぐ、五月に『候補生の残留試験』と『近衛の採用試験』がある」


「近衛採用試験……?」

ゼラトが呟いた。


「ああ。これに受かれば、その時点で『近衛騎士団』に入れる。しかしここで受かることは稀だ。能力はあっても、精霊の血が濃いとか、余程の傑物でなければ、様子見で落とされる場合が多い。だが、剣技、実技がそこそこでも、何故か受かる者もいる。人格、能力、将来性を見込まれて、と言う事らしいが。そう言う者は、先に騎士団に入って下積みをして、後々かなり出世をする」

レインが溜息を吐いた。

「そして、近衛候補生の残留試験もある。つまり二ヶ月前、五月に二つの実技試験があったと言う事だ。試験は五月だが、学年末と、学年上がってすぐの三月、四月は丸ごと授業無しで対策、自習になる。そして五月の頭に試験があり、もちろん、実技と学科がそれぞれの試験にある……結果、近衛候補生は絞られるが、近衛になりたい者は必死でやる」


試験の結果、三学年、十五歳は七、八割程度が『近衛候補生』。となる。

四学年に上がったレインは、二ヶ月前の五月頭、ちょうどプラグ達に会った頃に試験を受けたと言う。


レインが目に憂いを浮かべ、溜息を吐いた。

「俺は今年、実技も学科も首席を取ったが、採用試験は『人格審査』で落ちた。俺と同年で受かったのは三名だった。運動はできないが二番目に頭のいいやつ。成績も良くて真面目なやつ。剣技はまだまだだが精霊の血の強いやつが受かっていた。間違い無く人格重視だな。……今思えば、納得はできる……」

「レインは首席だったんだ?」

プラグは驚いて尋ねた。

「ああ、だから結果を聞いて、信じられなかった。苛立っていて……本当に悪いことをした」

レインの様子を見ていると、すっかり素直になったというか『彼が落ちる……?』と言う気分になる。

「もう気にすんなよ。ホタルも覚えてないし」

ゼラトが奇妙な顔をして言った。同じ事を思ったのかもしれない。

ホタルはプレートの中なので今はいない。

しかし今まで『以前』の調子でいたなら……確かに、落とされるかもしれない。


「あ、どうぞ、レイン、皆も座って。椅子が一つ足りないけど……」

長くなりそうなので、プラグはテーブルの椅子を引き出して、レインに勧めた。

「ああ、すまん。椅子はまた言っておく」

レインが言った。

「あ。俺、その辺でいい。良いベッドだな」

シオウが言って、ベッドに腰掛け、仰向けに寝転んだ。ベッドには天蓋と青いカーテンがついている。シオウは起き上がってカーテンを引っ張りはじめた。カーテンは天蓋の左右から広げていく形で、閉め終わりは足元になる。レールの始点に引っかけ金具があり、そこを外せば、枕元からも中に入れる。裾には金色の房がついていた。

プラグは勉強机の椅子を引いて腰掛けて、ゼラトはレインの向かい側に座って聞いた。


「俺は今、十六歳で、誕生日が来れば十七歳。今年は四学年、来年は五年生になる」

レインのいる四学年、十六歳は五割ほどが『近衛候補生』だと言う。

三学年で受かることは稀なので、来年の採用試験に向けて一年頑張るわけだ。

――おそらく、三学年で受かった者達は騎士団でもっと厳しい訓練を受けていることだろう。


(段々、この国のやり方が分かって来たかも……)

プラグは思った。

ストラヴェル王国のやり方は『間口は広く、訓練は厳しく』に違いない。


剣術や体術は身分が高ければ強い、と言う訳では無い。

『精霊の血』の濃さ、霊力の強さ、本人の才能、努力、遺伝など多くの要素が関わっている。

一口に『精霊の血』と言っているが、精霊大戦――アルケルムの戦いは歴史上、五百年前の出来事だ。精霊の血が入っているか否かは、伝わっていなければ家系図からは判断できないし『聖女ティアスの恩寵』により霊力を得た例もある。


『霊力』を全く持っていない人間はいないのだが、総量にはばらつきがある。

近衛騎士にしようと思うなら、鍛える前に、プラグ達が受けたプレートに手をかざす審査で霊力の総量を調べた方がいい。

ただし近衛は『強い兵士』であって『強い精霊騎士』ではないので、プレートの扱い以外にも『剣術』『戦術』『身分』『外見』『学力』も重視されるのだろう。捜査部隊も事務部隊もあるので、数を確保する、質を上げる、という意味では、乱暴だがこれが最善かもしれない。

(いや、やっぱり乱暴だよな……? 巫女の時も思ったけど……)

巫女の訓練も大変だった。弓や短剣、長剣――精霊剣の訓練まであったのだ。

巫女になろうとしたことを五回くらい後悔したし、アメルはともかく、ミーアは本当に頑張った。最終試験を思い出すと……今でも身震いする。


「四学年になると、皆、それなりに優秀な者が残る。そうでないやつは貴族学校に行っているからな」

レインの言葉にプラグ達は頷いた。四年生で当初の半分、となれば厳選されてきているだろう。


「そしてここから毎年『採用試験』と残留試験――これは通称だから正式名『進級試験』がある。この四学年、五学年……つまり、十六、十七歳くらいで受かることが多いらしいが。最近は特に人格審査が厳しく、十八、十九歳で受かる例が多いようだ」


「なるほど」

レインは割合を教えてくれた。

五学年、十七歳は二百五十人が更に減って、そのうち三割が『近衛候補生』。

六学年、十八歳は更に減った数が『近衛候補生』……。


「俺の四学年で受かるのが理想か、優秀と言われる。しかし受かるのは多くても一割程度だ。だが、今年は特に少なくて三人。上級生を多く取るために落としたと言われているな。今の五年は二十人ほど採用されたが。採用が遅れればその分、学費がかかる。不満を持つ者は大勢いて、退学者も出かけたが特例で学費、寮費の補助が入っていた。教官が説得して、全員もう一年鍛える、となったが、再試験を求める動きもあって未だ落ち着かない」

レインは言ったが、割合だけでは実際に何人がいるのか分かりにくい。

「うーん。なるほど。今、各学年に何人いて、候補生が何学年に何人ずつか、具体的な数字って分かる?」

レインはかなり詳しそうなので、プラグは紙と万年筆を差し出した。

「ああ。覚えている」

するとレインはすらすらと書いた。


七月三日時点。

一学年、十三歳。在学八十五人。うち近衛候補生は――全員。

二学年、十四歳。在学七十四人。――うち、候補生は、六十人。ほぼ全員。

三学年、十五歳。在学八十二人。――うち、候補生は五十六人。七から八割程度。

ここで受かるのは珍しい。レインにとっては去年の事。

四学年、十六歳。在学七十七人、――うち、候補生は四十人で、約半分。レインの学年。今年採用されたのは三名のみ。

五学年、十七歳。在学六十二人、――うち、候補生は二十一名。今年採用された者が二十名。つまり試験前まで、五学年の近衛候補生は四十一人いて、五学年は合計八十二人いた。

六学年、十八歳。在学三十六人、――うち、候補生は十一名。今年採用された者が二十五名。つまり試験前は七十二人だった。

七学年、十九歳。在学二十二人、――うち、候補生は九名。大分減っている。

八学年、二十歳。在学十人、――うち、近衛候補生は十一人全員。貴族学校生徒は無し。ここが限界。学期末に特別試験あり。今年は全て受かるのでは無いか、と言われている。


在学者の合計……四六七人。ほぼ五百人。

近衛候補生の合計……二百三十六人。つまり全体の約半分が近衛候補生。


数字を見てゼラトが声を上げた。

「ああ、なるほど! 候補生の割合とか意味不明だったけど、そういうことか。毎年そんなに入る人がいなくて、全学年の合計が五百人だったってことなんだ。その中で近衛候補生と、貴族学校に行ってる人がいるってことなんだ?」

「ああ、そうだ。すまないな。上手く説明できなくて。全体の約半分が近衛候補生だな」

レインが苦笑した。

プラグは数字を見て改めて驚いた。

「貴族の男子ってこんなにいるんだな。毎年八十人くらい入ってくるんだ?」

――女子はいないので、男子のみでこの数字だ。

「ああ。ストラヴェル全土から来るからな。稼業が無い限り……後は『領主試験』目当てでも、とりあえず来るのが普通だ。ただ、家が貧しい場合はかなり大変らしい。安全の問題で、下宿や通学は禁止されているからな。だが、領主から補助金が出るはずだ」

するとゼラトが項垂れて、盛大に溜息を吐いた。

「そう、寮費は半分の百万ね。学費も半分補助してくれるって。全額免除じゃないところがなんとも……エスタードは良い方らしいけど。あと半分は自分で用意するって感じ。でも俺の家、貴族だけど、本当に小さな村の貴族、って感じで。……でも一応、領主の資格が無いと跡が継げないんだよ。だから貴族学校に入って、勉強するか近衛になるのが普通だけど、ウチの場合はそれも厳しい……ってなったんだ。本当に貧乏だから」


ゼラトのピア伯爵家は山一つ持っているが、その中で人が住んでいる村はハジコ村だけらしい。

しかもハジコ村は十数世帯が暮らす小さな村だという。

基本、自給自足。収入は狩りや、採集、養蚕、養蜂、薬草の栽培、販売等。

女性は織物もするが大した量では無い。となるとどう頑張っても寮費は払えない。

「でも伯爵だよね? 結構、古い家なの……? 貴族税は?」

「それがよく分からない。税金はエスタードが裕福だから、かなり免除されてるんだけど、親父は山が多いエスタード地方ならでは……だって言ってた。小さな村が結構あって、僻地で山や道の管理をしているところは、税金を減らして貰えるんだって。たぶん管理人みたいな感じで、村長だったご先祖様が貴族にされたんだろうって」

「なるほど。『領土法』だね。でも立派な貴族じゃないか」

「うん……立派、なのかなぁ……?」

ゼラトは首を傾げて苦笑し、続けた。


「そんな風だから、いっそ貴族を辞めようか、って話もしてるくらいなんだ。隣の領地との合併話も出てたし。でも村人もいるし、貴族の方が土地も管理しやすいし、ちょっと田舎すぎて、そのままになってる感じ。エスタードはそんなの多いだろうな」

ゼラトの言葉にプラグは微笑んだ。

「山が多いからね。ゼラトの所は素石は出ないの? えっと……ニエブラ山だっけ?」

エスタード領は精霊石の元となる『精霊素石(せいれいそせき)』の出る鉱山――いわゆる『結晶鉱山』が多くある。土地全体が鉱脈と言われるくらい、山によってはよく採れる。

するとゼラトは首を振った。

「よく覚えてるな。まあ、掘ればあるかもしれないけど、険しいからとてもじゃないけど無理。木ばっかだし。道具も無いし、人もいないし。どこを掘るの? って感じだよ。盗掘もない位の田舎で、皆迷うから」

エスタードが小さな村にも貴族を置いているのは、盗掘対策でもあるらしいのだが、田舎すぎると盗掘者も来ないらしい。

「あ、でもたまに、畑を耕してると『精霊白鉄(せいれいはくてつ)』が出る事があって、そん時は売りに行ってる。エスタードじゃ二束三文だけど」

「……それって凄い事じゃない?」

『精霊白鉄』は白プレートの原料となる鉄で、名前の通り、白色をしている。

白い砂鉄や白い鉄鉱石と言えば分かりやすいだろうか。採れる場所は限られているし、鉄より高値で取り引きされるので、普通は出てきたら大喜びなのだが……。

「ええ? ふつーだよ。それに大した量じゃ無いし。小遣い稼ぎみたいな感じ。それに取り過ぎると枯渇するから、あんまり良く無いって。それより自然を大切にしろって、聖典にもあるし。優秀な鉱山とか採掘計画とか色々あるらしいし。よく分かんない。俺のとこは、素石より白鉄が多いから、あんまり儲からないって」


加工品はともかく、採掘したままの状態なら、精霊白鉄より、精霊素石の方が値が高い。

これは加工のしやすさにある。

精霊素石は磨けばすぐに使えるのだが、精霊白鉄は不純物の混じった白い砂鉄、または不純物の混じった白い鉄鉱石なので、加工までにかなりの手間と時間、人出、設備を要する。

精錬については、以前、カルタでエスタードの領主に聞いた事があったが、彼も『領主の小遣い稼ぎは認めている』と言っていた。これはエスタード領が裕福な理由でもある。もちろん、制限量までだが……。

製鉄所に土や鉄ごと持っていき、一山いくら、と言った感じらしい。その他にも宝石も出て来るので、ストラヴェル一の金持ち領、と言われている。


――ちなみに、プレートは紅玉鳥なら創造できる。

それなのに、なぜ『精霊白鉄』があるのか。

これはカド=ククナがプレートを作ったときに、調整の神達が上手くやってくれたからだ。

カド=ククナは手土産とプレートの説明書きを持って、二百以上ある異次元の一つ『ラ・フィナ界』へ向かって、調整の神、六柱を順に訪ねたのだが……。

初めのカイサに『では原料も必要だな。採れるようにしておく』とあっさり言われ、他の神には『ああ、聞いているぞ。お主がククナちゃんか。遠い所を良く来たな。小さいのう。土産は何だ?』などと歓迎された。

ちなみに帰る時は『まだ一年だぞ。もっとゆっくりしていけ』と言う感じだった。

そして六柱との契約の後、この大陸で原料が採れるようになった。

どの神が何を担当するかはこれから調整する、と言っていたが、彼等はとても上手くやってくれている。

プラグは調整の神達を思い出して微笑んだ。皆、身長が五十メルトほどある、巨大で優しい神様だった。


気が付くと、黙り込んでしまったプラグを見てゼラトが首を傾げていた。

「どうした? 何、笑ってんだ?」

「あ、いや。何でもない。何の話だっけ? 精霊白鉄?」

「うん。それはもう終わったから。後は――俺も近衛学校に入ろうとしていたって話くらい。貴族学校って言うのは、通称なのかな。知らなかった。で――近衛学校は一回入ると資格を取るまで何年もいなきゃいけないし。学費は寮費と別で、半額でも毎年八十万グランもかかるし……。だからもし、精霊騎士課程に入れなかった場合は、補助金をもらって学校に行こう、って感じで。それも良いらしいから。でも受かっちゃって逆にどうしようってなってるところ。レインは試験に行かなかったのか?」

ゼラトが言った。

――『駄目だったら貴族学校』プラグもそれは聞いた事があった。

精霊騎士課程は寮費も学費も無料だし、近衛になるには近道なので、貴族もたくさん審査を受けていた。

プラグが受けた時は、貴族は男女合わせて四十名はいたと思う。


十四歳になったら、希望者はとりあえず精霊騎士課程の入学審査を受けてみて、駄目なら近衛課程に入る。というのが一般的だ。精霊騎士課程の試験は三月頭にあるので、その後に申し込みでも間に合うとカルタ伯爵やサリーが言っていた。

カルタ伯爵は、精霊騎士課程の試験が『近衛学校』に合わせてあるのだろうと言っていた。


精霊騎士課程の試験はプレートに手を置いて『ル・フィーラ』と唱えただけだが……霊力の基準は『最低でも精霊剣』と高めに設定してあった。その為、貴族はほとんど落ちていた。

受かった貴族の令息はフィニー、アラーク、マシル、ゼラト。

令嬢はナージャ、リルカ。カトリーヌ、リアンナ。と辞めてしまった女子三人。

つまり男女合わせてたった十二人だ。

霊力は成長で増える事もあるが、最低量は生まれた時にほぼ決まっている。

……貴族が多いか、平民が多いか。誰が受かるかは毎年ばらつきがあるのだろう。


ゼラトの言葉にレインが頷いた。

「俺の場合は、家の指示だな。サルザット家は拷問の家系だから、第五大隊目当てだった」

プラグは尋ねた。

「精霊騎士に興味はなかったの?」

「ああ。尋問官になるとしか考えていなかったな……そうか、妖精達と学ぶ道もあったのか……」

「興味があるんだったら、今から頼めば変われるかもよ?」

プラグは言ってみた。

するとレインは瞬きをした。

「それは無理だろう?」

「どうだろう。アレン団長に聞いてみて、団長と、リズ隊長が良いって言えば入れるんじゃない?」

するとレインは困惑した様子で首を傾げた。

「しかし、俺はもう十六だぞ? そちらは十四歳限定だろう?」

「あ、そうか年齢か……でも別に、こだわる事は無い、と思うけど……? ゼラトはどう思う?」

「どうって。俺には分からないよ。でも折角、こっちに入ったんだし。そもそも、そんな簡単に代われる物なの?」

「さあ。でも、組織の再編をしたいみたいだし、選択肢の一って言う事で、聞くくらいなら良いんじゃ無いかな。後で来るなら聞いてみよう」


そこでゼラトが何度か咳き込んだ。

「んん。ゲホ、なあ、いっぱい喋って、喉が渇いたんだけど、お茶ってどこ? つか、あの紐、ずっと気になってるんだけど……」

彼の目線の先――入り口の左側には木札の付いた三本の紐があって『茶』『食事』『その他』と書いてある。

プラグも実は気になっていた。

「ああ。そうだ。説明を忘れていた。そこの紐を引けば使用人が来る。茶、と書いてある紐だな」

「え。上からお茶が出るんじゃ無くて?」

プラグは天井を見て言った。てっきり、紐を引くと天井か、どこかからお茶や食事が降って来る……と思ったのだが。

レインが笑って首を振る。

「はは。それだと火傷する。二千万だからな。ただ、逆に面倒だから、俺は部屋に茶器を持って来ている。プレートを使えるのも特別室の特権だから、水はプレートで充分だ。ただし火気厳禁だから紅茶の場合は人を呼んでいる。食事は部屋で食べていたが、最近は下に降りている。妖精は好きにするといい」


その後、レインは勉強机の上を見た。

勉強机には棚があって、そこに時計が置いてある。

時刻は午後一時四十五分。クエンティン達は、二時頃にアレンが来ると言っていた。

「そろそろアレン団長が来ると思うが……もう少し話すか。質問はあるか?」


プラグは考えた。今の所は、質問は無い。しかし首を傾げる。

「うーん。でも、聞いた感じ悪くないよね……? アレンさんが困るってどういうことだろう……?」


精鋭を『近衛候補生』として育てていき、残った貴族は『貴族学校』にて、勉強をする。

――そこまで悪く無い仕組みに思えるが……。

ゼラトも頷いた。

「だよな? 別に困って無さそう」

「うん。アレンさんが言っていた、風紀の乱れってどの辺り?」

何となく予想は付いたが聞いてみた。


「もちろん、近衛候補生だ。中々に荒れている」

レインが頷いて、少し改まった様子で話し始めた。


「近衛採用の、上限年齢の変更に伴って貴族学校も二十歳までいられるようになったが、次男や庶子は家を継がない場合もあるから、そちらは大抵、成人と共に十七歳で辞める」

「いつでも卒業はできるの?」

プラグは尋ねた。

「ああ。五学年、十七歳の学年末。つまり成人までいれば、退学は自由だが……」

そこでレインは溜息を吐いて、首を振った。


「貴族学校では、領主試験が十八歳から受けられるので、十七歳、または十八歳まで勉強して、その後、試験に受かったら辞める場合が多い。試験目的の場合は対策してくれるから、金があれば十八歳までいる事が多い……いや、多かったらしいが。その後は領地で勉強した方が安上がりだ。一応、貴族学校に通うのは貴族の義務だが……先輩達は本当に可愛そうだ」

「もしかして、変更で凄く混乱してる……?」

プラグは言ってみた。

「ああ……この棟はまだましだ。上の先輩はもっと混乱している」

レインが頷いた。


――六学年になると希望者は、ほぼ採用され、規定に達しなかった者で、来年以降、採用される見込みのある者が残っている、のだが……。


「採用と言っているが、第四大隊――つまり事務方での採用もある。だったら上級生は全て採用して、研修して、駄目なら後で首にすればいいのに、と言われていた。騎士採用の見込みありとして、残す意味が分からないと。いっそ、さっさとやめて『エルステ騎士団』、つまり首都騎士に行ければいいのだが、平民が多いので貴族には難しい。つまり、上に行くほど不満だらけだ」


『首都騎士』というのは近衛騎士団とは別の、首都キルトの領土騎士団を言う。

首都騎士団は首都の西隣にある『エルステ市』に広大な駐屯地や農地を持っていて、街を一つ形成している。

エルステ市にあるので『エルステ騎士団』とも呼ばれる。実質の国王軍だ。

近衛騎士団とは別の組織だが、研修などで頻繁に行き来があると言う。

近衛騎士団は城内に宿舎があるが、そこに泊まるのはごく一部の精鋭で、当然、妻帯者、通いなどもいるので、近衛騎士団の宿舎に入りきらない分は全てエルステ市に住んでいる。


確か、首都騎士団には、各地から来た幹部を育てる為の学校があって、そちらでも若手騎士の育成をしていたはずだ。首都騎士になって経験を積み、近衛に栄転、と言う例もある。

垣根は低く交流は盛んらしいが平民出身が多いので、身分を誇る貴族には辛いだろう。気にしなければいいのだが、近衛学校から入ると、落ちこぼれ……と言われてしまうかもしれない。

貴族でも、十五歳くらい……つまり若ければ歓迎されるだろうが、年が上がるほど近衛学校の癖が付いてくる。おそらく、あまり歓迎されないのだろう。


レインが立ち上がって、窓の側に移動した。

ちょっとしたベランダがあって外に出られそうなのだが、レインは「外には出ない方がいい。普段はレースを閉めておけ」と言って窓を開けずに、逆にレースのカーテンを閉めてしまい、レースカーテンの間から指をさした。

一見普通なのだが……良く見るとおかしい。

「良く見ろ。北棟はあんな感じだ」


一部の部屋の窓硝子が割れ、カーテンが外に放り出され。壁には落書きがある。

板で補修してある部屋もあったが、半分ほどはそのまま放置されている。

レインが最上階、三階の、窓硝子のない二部屋を指さした。


「あそこが六年のギルジス先輩、ジョージ先輩の部屋だ。特部屋だが、この二人は見事にグレている。そう言えば、ここ一年、授業で見た事が無いな。試験にはいたが……後はあそこ、そこ、そこもカーテンが無い、壁に落書きがあるのもグレた先輩の部屋だな。怒ってカーテンを引きちぎったり、窓に物を投げつけたりするんだ」

レインが指差したのは六学年、三階の半分程度だった。

「うわ……」

プラグとゼラトはぞっとした。部屋の内装に気を取られていたが……セルヒが行きたくない、と言う訳だ。

「試験の後は酷かった。まあ、毎年の事らしいが。一晩中、奇声や叫び声が聞こえ、硝子の割れる音がしていた。俺も暴れて硝子を割ったが、特部屋なので無料で付け替えた」

「ひぇっ……」

プラグとゼラトは口を押さえた。恐すぎる。レインは「まともな部屋を教えた方が早いな」と呟いて三階の綺麗な部屋を指さしていく。


「六学年、十八歳でまともなのは、コンスタン先輩、ケント先輩とリオス先輩達か。コンスタン先輩とケント先輩は近衛候補生ではなく領主志望だし、リオス先輩、オーザ先輩、デニアラ先輩、ベネディクト先輩は第五大隊志望だ。この四人は目的を持って頑張っている。第五大隊は厳しいので、志望すると、通常より学ぶ事が増えて採用されにくいらしい。即戦力を育てているようだ」


六学年は一番荒れている特部屋のギルジス、ジョージが滅多に出てこないので、その分、他の生徒は平和らしい。

六学年はコンスタンとケント、リオスやその他の先輩にも求心力があり、皆でまともな生活をしようと頑張っている。一部の荒れている生徒以外は仲は良いと言う。

レインは二階の右側を指さした。


「二階は、七学年、十九歳のリッキー先輩とマウロ先輩も駄目の筆頭だな。七学年はリッキー先輩が一番うるさい。まともな方ではニコロス先輩、ジェット先輩達は第五大隊志望で、勉強の為に残っているらしい。七学年には他にも第五大隊目当ての候補生が数名残っているが、皆、優秀だ」

次に、レインは二階の左側を示す。


「ちなみに二階には最終、八学年もいる。しかし残った八学年は皆、第五大隊か事務志望だな。『多感な時期に再編のあおりを受けた初代』――『あおり初代』と言われる悲惨な学年だ――教官は、あおり初代は学費と寮費が補助されるから、しっかり学んで、二十歳で入れば十分と仰っていた。ちなみに八学年は、今学期末に特別試験があって、全員採用では無いか、と言われている。まあ……住環境は良くないが、皆、あと一年の我慢だと言って、その分、必死で勉強している。『タダだから安い、何でも身に着ける。将来は最低でも大隊長補佐、いっそ団長になって騎士団を変えてやる』が八年生の合い言葉だ。実際、学費は一番浮いているな」


レイン曰く。ある八学年の生徒は、五年前、十五歳から学費を全く払わずに済んでいるらしい。他の八学年も、そう言えばここ三、四年くらいは格安で、今は学費も寮費も免除で学んでいるという。

……アレンが言っていた無駄が多いというのは、料金体系を含めてかもしれない。

上級生を学費と寮費免除にしても運営ができるというのは……おそらく、取り過ぎなのだ。


聞くだけで壮絶なので、プラグはサリーの助言を聞いて精霊騎士を目指して良かったと思った。

まあ、元々国に仕える気持ちは薄いので目指すつもりは無かったが……。

人ごとでは無かったゼラトは「あっぶねー……受かって良かった~」と呟いている。

精霊騎士課程ならたった一年で終わる。むしろ近衛の騎士課程が長すぎではないか?

しかし、十三、四歳の貴族令息を鍛えるのだから、それくらいは掛かるのかもしれない。


レインは「問題はそのくらいか……? ああ、自殺はまだ出ていない。飛び降りたやつもいたが、治療が間に合い無事だった。試験後は精霊が見張りをしていたのだ」と呟いて、しばらく考えた。

「後は。そうだな。この服を着られるのは、近衛候補生だけ。先程の妖精セルヒは私服だっただろう。だから近衛候補生は貴族学校生徒に色々と威張っている。例えば風呂の時間。規則は無いのだが、伝統的に候補生が優先されている」

「ああ、そういう感じか……」

プラグは呟いた。

つまり近衛候補生になれるのは優れた者だけで、そこが増長して、問題になっている……と言う事だ。

「特に、下級生イジメが横行しているな。年齢、身分による上限関係がとにかく厳しい。後は爵位や家名による差別。侯爵、伯爵、子爵、男爵での差別だな。他にも寄付金、後は評議員やら、愛国派と独立派やら。領主の家系であるかそうでないか。――身分が低いのに成績が良いと、上級生に呼び出されて『教育』と言う名の制裁を受ける」

「うわ、制裁!? 恐っ……!」

ゼラトが言った。

教育と言う名の制裁……聞くだけで恐ろしい――絶対、使われるのはあの北棟だ。

……と言うか、もはや問題しか無い。

ここまで来ると、生徒の心境としては『誰でも良いから何とかしてくれ!』だろう。

レインがゼラトを見た。

「妖精ゼラトの家は、伯爵家だな?」

「うん……えっ、やばいの?」

「いや。伯爵なら大丈夫だ。伯爵は一番多い。後は領主の家系も悪くない。子爵は誰かの派閥に入る必要があって、男爵は良い成績を取ると怒られる。そんな状況だ。三年生で受かった内の一人は男爵だったが、かなり素質はあったから、さっさと騎士団に上げよう、と言う事だったのだろうな」

これにはプラグもゼラトも声を上げた。

「ええ? でも男爵も立派な貴族だし……爵位も継いでいないのに」

プラグは言った。

爵位としては別に、どれも同じくらいと言うか……男爵でも金持ちはいるし、伯爵でも貧乏はいる。そして、まだ彼等が爵位を持っているわけでも無い。爵位を持っているのは彼らの親だ。

レインが深く頷いた。

「そうなのだ。どれも同じ――俺も家が侯爵だからそう思うが、伝統的に、何年やっているかは知らないが。代々そうしているから逆らえない。この格付けは細かいぞ。後は評議員の息子、侯爵達がいてそいつらは威張っているな。他には王族縁者。三級ばかりだがこれも鬱陶しい。領主の息子も名家であれば威張り放題だ」

そこでプラグはふと思った。

「庶子は? 差別されるの?」

「ああ、しっかり差別されるな。だが、俺はさほどではなかった。特別室だからというのもある――」


――そこで、扉がノックされた。


「アレンです」

「あ。はい、どうぞ」

プラグは声を掛けた。


扉が開いて、アレン・ル・フォーガス近衛騎士団長が入って来た。

レインがさっと立ち上がって脇に避けて、拳を握り、右手を胸の前に掲げた。騎士の敬礼だ。


プラグも勉強机の椅子から立ち上がって迎えた。

「わざわざ、ありがとうございます。どうぞ。座って下さい」

「すまないね。レイン君もありがとう」

レインは無言で首を振った。

アレンが椅子に腰掛けた。プラグは再び勉強机の椅子に腰掛けた。

アレンの正面になってしまったゼラトは恐縮して「どうも……」と言った。

「俺、退くか?」

ゼラトがプラグに尋ねた。

「ううん、いいよ。――そのままで良いですよね?」

プラグの言葉にアレンが頷く。


そこでシオウが起き上がって、あくびをして、伸びをした。

「ふぁ。寝てた。話、終わったか?」

「うん、だいたい」

プラグが答えると、立ち上がって近くに来た。シオウが机の上にある、レインが書いた紙を一瞥する。

アレンも紙に目を留めて、手に取った。

「これは、学校について説明をしていたのかな」

「ええ。近衛候補生と、貴族学校の違いについて聞いていました。後は進級問題や差別についても少し。イジメがあるとか?」

プラグは尋ねた。

「ああ、そうなんだよ。伝統的に……威張る人が入ってくると、そこで荒れてしまうのが問題だ。でも四学年――レイン君の学年は、比較的大人しかった。レイン君は気性は荒かったけど、他人にはあまり興味がないみたいだったから」

アレンの言葉にプラグは頷いた。

「なるほど。それで、アレンさんは俺達に何をして欲しいのですか? ただ過ごすだけで構いませんか? 期間は一週間ですが、何かした方が良いでしょうか?」

するとアレンが、持っていた物を差し出した。


「君達にはこれを着けて、一週間過ごして欲しい」

それは『監査』と書かれた簡素な木札に、赤いリボンがついたものだった。

見ただけで意図が分かった。

「なるほど、そういうことですか。俺達が、問題のある候補生を処罰できるのですか?」

「ああ、権限は強い。君達が駄目と言った候補生は、即、退学させられる。今後も精霊騎士課程の候補生達には、この札をつけてもらう。それなら問題も起きないはずだ」


……どうやらアレンは本気らしい。

プラグは頷き、微笑んだ。


「分かりました。でも、持たせる相手が違います。今思いついたんですけど。この学年より下の全員に持たせてはどうでしょうか。今年一年、あるいはもっと長く。下級生に上級生を査定してもらうんです。いきなり退学ではなく、意見として。問題行動が発覚した候補生は退学またはそれなりの罰則を与える。――アレンさんから言いにくいなら、俺から言いますから。後は、シオウとゼラトに元凶を見つけてもらって、殴って改心させましょう。それなら一週間でできると思います」


■ ■ ■


場所は貴族学校にある、大講堂だ。全候補生が集められている。

ここは舞台があって、座席もある。講義や全校集会の他、年末に有志の生徒達が劇をするという。

シオウ達は贅沢の極みだと呆れていたが、本当にただの学校なのだ。


いきなり集められた全校生徒、四百六十七人は、壇上に歩いて来たプラグを見てざわついた。

アレンと副団長二人も来ているが、シオウ、ゼラトと共に壇の下にいる。


舞台には音のプレートが設置され、声が響くようになっている。

プラグは教壇に立ち、軽く頭を下げた。

「はじめまして。俺は精霊騎士候補生の、プラグ・カルタです」

周囲は、何事かと静まりかえっている。


「今回、精霊騎士候補生は、近衛騎士団長から、ある依頼を受けました。それは皆様の――特に近衛騎士候補生の、風紀の乱れが激しいので、候補生を査定して欲しいと言う物です。先発として、俺とそこの二人が来ています。まず、この札を見て下さい。後ろの方には、見えるかわかりませんが――はっきり『監査』と書かれています」

プラグは微笑んで、札を見せた。


「この札の権限は強く、俺が気に入らない生徒を一発で退学にできます」


退学、の言葉に生徒達がざわついて『何だそれは!』と叫ぶ者もいた。

プラグは微笑んで一人を指さした。


「今、叫んで下さった、そこの方。うるさいので退学にします。今すぐ退場してください」

プラグの言葉に、指をさされた金髪の生徒が固まった。


「――という、恐ろしい権限を持った札です。退場はしなくて良いので、少し静かに聞いて下さい」

プラグの言葉に、皆が静まり返った。


「ですが俺達はずっといるわけでも、ここの事情に明るい訳でもありません。外部から来たばかりで、人間関係や、上下関係、イジメの実体など全く分かりません。そこは安心して下さい。――なので、騎士団長にお願いをしました。――四学年より下の、下級生の皆さん。――学校は楽しいですか? 思ったのと違った、と言う方もいたと思います。素敵な先輩もいたでしょう。でも、気に入らない、超ムカツク先輩も居ませんでしたか? 殴られた事はありませんか? 嫌味を言われたり、身分で差別をされた事は無かったですか? ただの道を通るなと言われたり。酷い事を言われて、こいつだけは絶対近衛にさせてたまるか、と思った事はありませんか?」


プラグは下級生に配ったのと同じ紙を手に取ってみせた。

「四年より下の方は。まず、この小さい紙に、ペンで『監査』と書いて下さい。木札が良かったんですが、準備ができなくて。その紙がこの木札の代わりになります。首から提げてもいいし、ポケットに入れてもいいです。無くしてもまた適当な紙で作ればいいです。一発退学させる権限はさすがにないですが、貴方がた下級生の票が一定数集まった先輩には罰則があり、罪状――特に素行が悪いと判断された先輩は、近衛で会議の上、退学になります」


下級生、上級生もまたざわつき始める。プラグは手を叩いた。

「ほらほら、静かに。うるさいですよ? ――そしてもう一枚の紙。これは全員に配られています。ここに皆さんは、気に入らないヤツの名前、今までの恨み辛みを全部書いて、記名で提出してください。自分が書かなくても他の誰かが書いてくれるので、隠す意味はありません。ただ、正直に書くと、近衛候補生の場合は人格審査で有利になるかもしれません。『こいつは正直で信頼できる』という感じです。ここで一つ、お願いがあります」


プラグは声の調子を、少し変えて気楽に話した。


「この紙には『むかつくけど、まあ、ちょっとは手加減してやって欲しい』とか、『この人は凄く良い人だから、必ず近衛になってほしい』とかそういうことも書いて構いません。優れた人材は評価されるべきです。――とにかく、近衛騎士団は情報がなくて困っているのです。ぜひ、皆様の力を貸して頂きたい。これはアレン団長が直々に、俺達なんかに頭を下げて下さいました。そちらの、副団長お二人もです」


プラグは舞台の下にいるアレンと、副団長二人を見た。

プラグからは頭が見えている状態だ。副団長二人はアレンが呼んで、わざわざ来てくれた。


「アレン団長は御年五十二歳なのに全然そんな風に見えない方です。ちょっと頼りない風に見えますが、これでも、今こうして俺に発言を任せてくれたように、いざという時は頼りになって、きちんと決断もできる方です。皆さんは本来なら頭を下げる必要がない団長達にここまでさせてしまった。その責任を考えて、しっかりと本音でぶつかって下さい。なお、下級生による監査の仕組みは今年一年続きます。改善が見られなかったら、来年も、再来年もずっと続きます。頑張って変えていきましょう。楽しく青春できる場所になるといいですね。……あ。そうだ、上手く改善できたら、貴族学校の共学化を検討しているそうです。貴族の可愛い女子が入って来るかもしれません。上手く行けばですが――では。俺からは以上です。ご静聴ありがとうございました。アレン団長、後はお願いします」


最後に共学、と言ったせいで、皆がそちらで騒いでいる。

「共学!?」「うわまじ!?」「女子が入る!?」「嘘!」

そこでアレンが壇上に上がった。


「――静かに! 諸君、男女共学は、この今の腐った、身分主義が無くなってからだ! いいな。実際に誰か退学になる場合もあるだろう。しっかり書いて、下級生は今年一年、先輩をよく見ておけ! 今までの恨みがあるならそれも書け! 不満や、進路の不安があるなら教師に相談しろ! 紙の提出期限は一ヶ月後、今年は追加でいくら出してもいい! これからしらばく、精霊騎士課程の男子や女子が査定に来るが、失礼のないように! わかったな! 以上、解散!」


アレンの言葉に、歓声が上がり騒がしくなる。

席を立って喜ぶ者、興奮する者、中には本気で泣いている者もいた。

プラグは袖から苦笑していた。


■ ■ ■


プラグ、ゼラト、シオウ、レインは夕食を同学年が集まる食堂で食べたのだが、食べ始めてからも質問攻めにあった。

「プラグさん、これほんと、マジで?」

「何でも書いていいの!? 道を通れないとか、あいつムカツク、とかそんな事も!?」

「意味なく殴られたとかも!?」

レインと同じ四年生達は、早速、監査の札を服にピンで留めていたり、ポケットに入れていたり、手で持っていたりする。近衛候補生だけではなく、貴族学校の生徒達も同様に話しかけて来た。

プラグは微笑んだ。

「うん、いいよ。全部、騎士団の人達が読んでくれるから。団長は本気だよ。後は、この人が女性関係がだらしないとか、賭博が好きだとか、外面は良くても性格はクズだとか、裏でヤバイ事やってるとか、そんな事も書いて良いってさ。これは退学にはならないかもだけど」


この場にはレインの一つ上、五年生もいるのだが、五年生は戸惑っているようだ。

一人が聞いてきた。

「これ、君……が考えたのか?」

プラグは首を振った。

「いいえ。俺は手伝っただけです。ほとんどアレン団長が動いて下さって。あまりにも血統主義が酷いから、元々考えていたそうです」

「あのー俺、ちょっと苛めた気がするんだけど、それって、退学になる? いや悪気があったわけじゃ無く、皆やってるから……俺も仕方無く」

別の一人がビクビクしながら言ってきた。

「いえ、そこは近衛ですから。きちんと調査してくれますよ。一応、事情は聞かれますし。今から改心すれば問題ありません」

プラグは微笑んだ。


そこでシオウが笑った。シオウは豪華な料理に満面の笑みだ。

「そうそう、んで、どーしようもねーやつは、俺達が殴って改心させる作戦! いやー、早く済んで助かった。のんびりしよっと。さっすがアレン団長様様だ、な、ゼラト!」

ゼラトは食事作法をレインに教えて貰いながら、笑顔で食べている。

「ほんと、分かりやすくて助かったよ! 食事も美味いし、風呂も楽しみだな、な。ホタル!」

ゼラトの隣にはホタルがいて、ケーキを食べている。

ホタルの首にも『監査』の札が掛かっていた。


〈おわり〉

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