第19話 貴族学校 ②新しい姿 -1/2-

六月二十六日。

この日は休日だったのだが、朝食時。眠そうなリズが現れた。

……昨日は徹夜でした、と言わんばかりの荒れた様子だ。

「えー、二十五号室。お前等罰則。六角虫退治。以上。あと今日は三人とも補習な。前すっぽかした自然精霊捕獲の授業。一時に玄関に集合。以上。私は寝る」


リズはあっと言う間に去って行き、プラグ達は口をあけて見送った。

「補習か」

プラグは呟いた。

「忘れてた」

シオウが言った。プラグも忘れていた。

「私も」

アルスもすっかり忘れていたようだ。


食堂には精霊達が浮いていて、そのうちの半分ほどが花嫁衣装を着ている。

プラグが『ククナちゃん』になった事がもう伝わったらしく、ククナ様がやるなら私も、ルルちゃんがやるなら私も、と皆が真似し始めたのだ。ニア=エルタは特に豪華な衣装を着込んでいる。

明らかに結婚式の影響なので候補生達は苦笑しつつ褒めていた。

ナダ=エルタは花嫁衣装がぴんと来ないらしく、まだデザインを考え中だと言った。

ラ=ヴィアは表向き、興味はないようだ。彼女は衣装替えがあまり得意では無いので、見て楽しむか、直接、姿を変えて楽しむ派だ。そのうち湖でこっそりアメルに化けるだろう。


「お前等、罰則って何かしたのか?」

エミールが代表で尋ねてきた。

プラグ達は顔を見合わせた後、代表でプラグが答える事になった。

「いや。実は、夜、抜け出そうかなぁって冗談で言っていたのを聞かれてしまって……」

プラグはとても適当に答えた。

「あー、未遂か。気を付けろよ」

「うん……冗談だったんだけど」

プラグの言葉に反応したのは、中央の列にいたアラークだった。

アラークはこちらに背中を向けて座っていたのだが、さっと振り返って、眉をつり上げ、もの凄い形相で睨んできた。

「お前、馬鹿を言うな。言葉には気を付けろって!」

真意が分からず首を傾げるとアラークが続けた。


「騎士になったら、うっかり話した事で、部隊が危機に陥る可能性もあるんだぞ! 一言一句、慎重に話せ。そんなんじゃ首席にはなれないぞ!」

しっかりした正論にプラグは頷くほか無かった。

「はい……」

嘘を吐きまくっているプラグには痛い言葉だ。シオウは無反応だが、アルスも反省している様子だ。

「まあ、せいぜい頑張って補習に励んで、点数稼げよ。ふん。全く……!」

「はい……」

プラグはしっかり頷いた。アラークは不機嫌そうに片づけをして去って行った。

エミールがにやにやと笑って、プラグの肩を小突いた。

「副長に怒られたな。でも六角虫退治ってどういうことだ?」

エミール、アラーク、プラグは模擬戦で同じ『青組』なのでエミールはアラークを副長と呼んでいる。副隊長、だと少し長いし隊長と紛らわしいので、そう呼ぶ組員も多い。

プラグは『副長』で慣れてしまうと、精霊騎士になった時に間違えそうなので『副隊長』で通している。


(そもそも、まだ、なれるか分からないんだよな)

プラグは反省しつつ、エミールに事情を説明した。

一昨日、抜け出し計画の罰則として六角虫――カメムシ退治を任されたこと。

夜、見回りしながら駆除をするように言われたので、たまに出歩くと言う事。


「へぇ。アプリアさんの罰則ね。意外に軽いな。未遂だからか。でもなんで一昨日、外に出ようと思ったんだ? 今日まで待てば休みなのに」

エミールの言葉にプラグはぐうの音も出なかった。

そう。今日は休日。つまり今日まで我慢すれば、普通に山に行けた。

……些細な『気のせい』で動揺し、夜中に抜け出した自分が恥ずかしい。

プラグは嘘を吐いて隠れている身だ。

これから何か衝撃的な出来事があっても、行動する前によく考えようと思った。


「なあ、補習って、俺も行っちゃダメかな?」

そう言ったのはマシルだった。

「マシル?」

「いや、その授業、かなり初めにあったから上手く行かなくて。捕まえられたのアドニスだけだったんだよ」

「え、そうなの?」

マシルの言葉に候補生達が「そう言えばそうだったね」と頷き合った。

するとアドニスが首を振った。

「いえ。そもそも、この辺りにあまり自然精霊がいないんですよ。ヒュリスでは良く見かけましたが、もっと山が深いですし。見つけられたのも、ここならいるかも、って勘が当たったからです」

「そうだったんだ。結果も聞いてなかったな――何の精霊がいたんだ?」

するとアドニスがプレートケースから、銅色の『赤プレート』を取り出した。


「これです『落ち葉』。ヒュリスでは良く見る精霊です。国に置いて来ましたけど、何枚か持っていて、捕獲のコツも知っていたんです」


赤プレートには『落ち葉』つまり、落ちた葉の絵が描かれていた。

落ち葉の自然精霊はその名の通り、深く積もった落ち葉や、不自然に落ちた葉に潜んでいる。

潜んでいると言っても、一部だけ『自然の落ち葉』に擬態して、精霊自体は、霊体で側にいる事が多い。

それを『見つけて』、弱らせて――この場合は、精霊が疲れるまで追いかけっこをしたり、不意打ちで掴んだりして『実体化の祝詞』を唱えると、上手くすれば捕まえられる。

火であぶる、水をかける、などの荒っぽい方法もあるが、やり過ぎると死んでしまう。


自然精霊は植物や昆虫に近く、高い知能や強い意志はないのだが、危険を察知すると反射で動いて逃げる。

弱らせると言うが、捕まえ方は、結局、抱きついて祝詞を唱える……体当たりが効果的だ。

祝詞は『ラ・フィカ・フェイ!』――意味は『捕まえた!』。

実体化の祝詞は効力が弱く、自然精霊にしか効かない。つまり意志ある精霊には使えない。


掴んでもするりと逃げて消えたり、近づいただけで逃げられたりする事も多いが、白プレートを持っていれば誰でも捕まえられるので、初めの頃に授業があったのだろう。


『落ち葉』の効果は、火を熾すときに火種になるとかそのくらいだ。

自然精霊の中でも『落ち葉』はどっさり出したとしても消える事はほぼ無い。持っていると重宝する……と言う程では無いが、戦いでは目くらましにもなるし、いざとなったら布団代わりにもなるので、あって損は無い。

自然精霊のほとんどは、こうしたささやかな効果を持っていて、サリーが持つ『洪水』のように、戦闘で使える精霊は珍しい。サリーの『洪水』は嵐の日に氾濫した川で見つけて、一時間にわたる追いかけっこの末に捕まえたとか。捕まえないと麓に被害が出るので必死だったという。

その他、戦闘で使える物には『落雷』『不審火』などの自然精霊もいる。分類は赤プレートなので、効果によっては役に立つ。

ただし、使いすぎるとプレートが壊れ、大地に還ってしまうので、適度に抑える必要がある。……これはカド=ククナがわざと壊れるように設定したのだ。消滅しているように見えるが、実際はぎりぎりで『魂(レフル)』に変化し、長い年月を掛けて、またどこかに宿り、復活する。アメルもこの状態と言える。


「ああ、落ち葉! へぇ、どこにいたの? 山?」

プラグは尋ねた。落ち葉は捕まえようとすると、すぐ逃げるので捕獲にコツがいる。

「いえ、裏の森です。拓けたところなので他にはいなかったんです。山に行けばもっといるのかな……?」

アドニスが首を傾げた。

するとマシルが微笑んだ。

「だったら山、行こうぜ。暇だし」

マシルの言葉にゼラトが頷いた。

「あ! いいなそれ! 皆で行こうぜ! 飛翔もあるし、今なら捕まえられるかも!」

ゼラトの言葉を聞いて、他の候補生達も、予定が無い者は行く気になったようだ。

「でも、補習はどこでやるのかな?」

プラグが首を傾げると、シオウが答えた。

「ふつーに山だろ。この辺で見た事ねぇし」

「確かに。山にはたまにいるよ」

プラグは頷いた。

「何がいた!?」

食い付いたのは青髪のウォレスだ。

「清水とか、落ち葉もいたし、木陰もいたよ」

プラグは答えに、ウォレスは目を輝かせた。

「おおっ! すげー! 見たい! あ。そう言えばゼラトの妖精って山にいたんだよな。妖精がいるかも?」

「妖精は、どうだろう……?」

プラグは慎重に言葉を選んだ。

ホタルは『リズが見つけて遊ばせていたら、たまたま通りかかったゼラトに懐いた』と言う事になっているので、あまり詳しく話せないのだ。

ホタルは今もゼラトの左肩にいて、ゼラトの背後に浮かぶ、花嫁衣装のアール=ララフと共にすっかり馴染んでいる。


「じゃあ僕達は『自習』と言う事で。一緒に行きましょうか」

話がまとまりアドニスが微笑んだ。


■ ■ ■


引率はリズだけのようだ。

「隊長、これ印章です」「ん。ギィ、しまっとけ」

アルスはリズにさっさと領主印を渡していた。

ギナ=ミミムが受け取り、自分の胸に押し込むとレガンの領主印は箱ごと消えた。


候補生達は意外に集まり、三十人ほどの大所帯となっている。

その上、精霊もいるので騒がしい事この上ない。

おやつと水筒を持って行く気満々の候補生達、遠足気分の精霊達を見てリズが呆れた。


「補習だったんだが――まあいいか。よし、お前等、適当に捕まえて、部隊を潤せ。白プレートは十五枚しかねぇから、適当に組になれ。部屋ごとでいい。っとによー。おいアドニス、任せる。適当に仕切ってくれ」

「え?」

「お前、もう捕まえただろ。つか、お前等二回目だから、もうできるな? 今度は精霊もいるし。あ、山では火を使うなよ! そこだけ気を付けろ! 行くぞ」

リズは雑に話して、歩き出した。


アドニスがすぐにリズに尋ねた。

「あの、隊長。今回のプレートって、全部、部隊の物になるんですか?」

「ああ、数がねぇからな。あと、あんまり捕まえると怒られる。補習の三人には一枚ずつ渡すが、それも回収する」

「ああ。なるほど。分かりました。後はやります」

アドニスの言葉にリズが目を見張って、微笑んだ。

「おお。じゃあ頼んだ」

リズはアドニスに白プレートを渡した。


「では今日は部屋ごとに対抗と言う事で。プレートは回収されますが頑張りましょう」

アドニスが仕切り始め、部屋ごとに一枚プレートを渡した。

外出している候補生もいるので、人数の少ない部屋は別の部屋と一緒にして、班を調整する。決まったところで、そのままのんびりと歩き出した。


ゼラトが少々不安げに、リズに近づいた。

「今日って、近衛はいませんよね……?」

「ああ、いない。休みはズレてるからな」

「良かった」

ゼラトとリズの会話を聞きながら、プラグもゆったりと歩いた。


程なく厩舎について、それぞれ馬を借りて、遊歩道を駆け出した。

プラグはファータに乗ろうとしたが、アルスが興味深げに見ていたので譲った。

シオウは「これ俺の馬」と言ってチーカーに跨がった。


「楽しいわ!」

アルスが言った。少し短くなった後ろ髪が揺れている。

アルスは始めは乗馬があまりできなかったが、もうすっかりできるようになっている。

まだ慣れていない候補生もいるので、進みはさほど早くない。

シオウとアルスがどんどん走って行くので、アドニスは「あまり進みすぎないように!」と言ったのだが、「はぁい、でもこの子速くて!」と返事が来たので、諦めて「麓で待っていてください」と声をかけた。


並歩で進む候補生達を見て、リズが呆れた。

馬場で訓練したことはあるが、早駆けや全力疾走はあまりしていない。

「これじゃ飛翔の方が早いかも……」「えーっと、これでいいのよね?」「ああ、こら、落ち着いて」と言う女子達に、リズが苦笑する。男子も似たような物だ。

「なんだなんだ、まだ下手クソだな。もうちょっと練習しろよ。遠征は強行軍だぞ」

「馬の練習って、勝手にやっていいんですか?」

するとリズが目を丸くした。

「いいに決まってる。あ、そうか、説明してなかったな。ここの馬は自由に使って良いから。卒業までにどんな馬でも乗りこなせるようになれ。あとそうだ、明日から朝、最低距離走った後は、馬術とか、手合わせとか、苦手な物をやってもいいぞ。その辺は自由だから。ジユー。ただしサボるなよ。しゃーない。行きはゆっくりで行こう。帰りはもうちょい慣れてるだろ。あ、行けるヤツは先行け。引率はアドニス。遅いやつは私と行くぞ」


精霊達も各々、羽を使って飛んでいる。大半が花嫁ドレスなので賑やかだ。

アドニスが頷いた。

「じゃあ、走れる人は僕と行きましょう。リルカさん案内をお願いします。キールさん、殿(しんがり)を任せます」

「あ、うん」「あ、はい!」

リルカとキールは馬術の特訓を受けていたので、難なく操っている。リルカはアドニスの横に、キールは最後尾についた。

二人は今日も弓矢を持っているし、狩猟許可の札も下げている。狩る気満々だ。

半分ほどの候補生とその精霊達が走って行った。


プラグは急がず、ゆったり進む事にした。

プラグの馬は『ウィガ』と言う栗毛馬だ。初めて乗るがこの馬も良い馬だった。

牡馬、つまり雄の馬で、走れば早そうだ。散歩だと理解しているのか、のんびりと、機嫌よく進んでいる。


ちょうどリズが左隣にいたので、プラグは疑問を尋ねることにした。

リズは葦毛の馬に乗って、あくびをしながら進んでいる。

「隊長、質問をいいですか」

「んー、なんだ?」

「これから、俺達をどんな感じで鍛えていくんですか?」

「んー。予定、聞いてるだろ」

「ええ、ざっくりと」

「そうだな。今年は進みがいいから、そろそろ決闘の訓練をする。しばらく巫女とクロスティアに行ったり、教会に行ったり、結界の中で戦ったり、結界の中で模擬戦をしたりだな。忙しいぞ」

リズの言葉に「凄い」と言う声が上がった。

リズのすぐ右側にいたカトリーヌが、何かを考えながら、リズに話し掛けた。

彼女の長い黒髪が風に揺れている。今日は授業では無いので束ねていない。

「あの、クロスティアって……?」

「噂で聞いてるだろ。決闘(ゼラルート)の場所だよ。ま、ただの広い平原とか、海の近くとか、荒野とか、よくわかんねーところなんだがな。初めて見ると感動するぞ」

リズが遠くを見て言った。

「隊長が初めてそこに行ったのっていつです?」

プラグは尋ねた。

「私か? えーっとそうだな。五歳くらいか? 私の国、ガート国なんだが、そこでは決闘なんて当たり前だったからな。お遊びみたいな。何があっても決闘、決闘。毎日が決闘、じゃなきゃ普通の戦い、って感じでな。一方、クロスティアは穏やかで平和そのもの。ここに住めたらいいのに、って思ってたよ」

リズが自分の事を話すので、プラグは少し驚きながら頷いた。

「そうなんですね。へぇ……」


「あの、隊長はどうして、隊長になったんですか? ガート国って遠いですよね?」

カトリーヌの言葉に、リズが少し考えた。

プラグはリズが隊長になったのは、予言があったからと知っているが、リズは何と答えるだろう。

「そうだなぁ。ちょうど良かったのかもな。最初は断ったんだが。熱心に誘われてな。この辺は、お前等が隊士になれたら話してやる。何でこんな所にいるのかね」

リズが苦笑した。

「隊長はこの国が好きですか?」

プラグが尋ねると、リズが眉を顰めた。

「お前、こっ恥ずかしい事聞くなよ。あー、知らねぇ! おら、日が暮れる。ちょっと急ぐぞ? ついて来られるか?」

すると後方から「無理です~」と言う声が聞こえた。

「やれやれ……」

「じゃあ俺、後ろに行きます」

プラグは笑って後ろに下がった。


■ ■ ■


山に入った後は、各自、班に分かれて、霊体の精霊と行動した。

クロスティアの精霊達は、毎年候補生と山に入るので、精霊といれば、少なくとも迷うことはない。


プラグもアルス、シオウと合流して自然精霊を探した。

留守番の精霊達はプラグがよく行く滝の近くで、敷布を広げている。

「私達は、ここで待ってるミー」「頑張って下さーい!」

ラ=ヴィアが言って、ナダ=エルタと一緒に手を振った。二人は山に詳しくないので、道案内はウル=アアヤに頼んだ。

自然精霊は敏感なので、人数が多いと勘づかれて逃げられてしまうのだ。そうでなくても、候補生の半分ほどが来ている。ちなみにアラークの姿は無い。

プラグは手を振って少し離れた所を探しはじめた。

と言ってもただの山で、木が無数に生えているだけだ。


アルスが周囲を見回した。

「確か――違和感とか、霊力を感じるのよね。心を落ち着けて、静かにしているとふっと出会う事が多い……? ってリーオさんは言っていたけど。散歩しろって事かしら? 二人は分かる?」

するとシオウが首を振った。

「サッパリ」

「シオウは会ったこと無いのか?」

プラグの言葉にシオウは頷いた。

「ああ。幽霊には良く会うけど、自然精霊は見たこと無いな……何でだろな?」

「俺に聞かれても。って言うか幽霊が見えるの?」

「え? いやいや。そんな事は無い! 絶対見えない!」

シオウは激しく手を振った。

「シオウは知らないのね。じゃあ歩きましょうか。プラグは捕まえたことあるんでしょう?」

もはや断定だが、実際にあるので頷くしかない。アルスは悪戯っぽく笑っている。

「うん……」

「山に詳しいのよね。どの辺りにいそう? どんな精霊を狙うの?」

アルスに尋ねられ、プラグは考えた。

「そうだな。でも自然精霊はあまり一カ所には留まらないから、やっぱり散歩かな。それでおかしいな、って所とか、気配を感じたら立ち止まって、よく観察する。後は木の陰に隠れる。で、そっと近づいて、ふわっと捕まえるか、落ち葉とかなら踏んでみて――、水だったらすくい上げるようにして捕まえて、風だったら引き留めるみたいに。本体は人型をしているから、見極めるんだ」

「でも、目に見えないんでしょ?」

「いや、アルスの霊力なら、良く見れば、何かいる気がする……ってなるはずだよ。見つけたら『ラ・フィカ・ククナ!』って叫ぶと姿がはっきり見える」

「ああ『精霊、見つけた!』でしょ? ふーん。分かったわ。ちょっと、分かれて探しましょうか」


その時、よそ見をしていたシオウが「ラ・フィカ・ククナ?」と呟いた。


「シオウ?」

「見えた。いた……」

シオウはさっと木の陰に隠れた。

「えっどこ?」

アルスが同じ木の陰に入ったので、プラグも慌ててシオウの後ろに移動する。

「――どこ? 唱えた人にしか見えないから……。一分くらいで見えなくなるよ」

「あそこ。向こうの木の根元。風の何かがいる。草の動きがおかしかった。姿が見えたけど、どうすりゃいいんだ?」

シオウが指差したのは、五メルトほど先の木だった。その木の根元に、葉の茂った植物が群生している。高さは中腰になったアルスと同程度だが。良く見ると確かに、その葉の先端が不自然に揺れている。まるで何かが触れて、揺らして遊んでいるようだ。


「ほんとだわ……顔が見えるの?」

アルスが声を潜めて言った。シオウが頷かずに小声で答える。

「髪とか、体が白っぽい半透明の、青目の精霊……どうすりゃいい?」

「白プレートを持って……捕まえた状態で『ラ・フィカ・フェイ』って言って、プレートをかざす感じ。風の精霊なら、ふわっと飛んで逃げようとするから、引き留める感じで、どこか掴むといいかも」

「……やってみる、静かにな」

シオウの言葉に、プラグは頷いて、アルスと二人、静かに見守った。


シオウはプレートを持って、びっくりする程、何気ない様子で歩いて行き――。


「ラ・フィカ・フェイ」

と言ってプレートをかざし、手を伸ばした。シオウの手は何かを掴んでいる。


するとシオウが左手に持ったプレートが光って、何かの姿が一瞬見えた。

何か――風の自然精霊は驚いているようだ。

「ほら、来いよ」

シオウが優しく言うと、あっさり光は収まった。


「えっ――捕まえたの?」

アルスがプラグに確認する。プラグは頷いた。

シオウがプレートを見る。

白かったプレートは赤色に変わっている。シオウは目を輝かせた。

「よっしゃ! 捕まえた! えっ、完璧!?」

「わぁあっ!」「きゃあーっ!」

プラグとアルスは歓声を上げて駆け寄った。

「凄い! 見せて! 何だろう!?」

「凄いわ! シオウ、見せて!」

「えーっと『風』しかないな。何風だ?」

「風……? んんん……?」

プラグは首を傾げた。風で多いのは、つむじ風、そよ風……。

つむじ風やそよ風の精霊はいるのだが、それとは別に自然の風から同じ名前の自然精霊が生まれる事がある。プレートの名前はかなり大雑把なのだ。自然精霊は似たような力を持つ物は、皆同じ名前で認識されるが……『風』とだけ入る事は無い。


姿は前髪を真ん中分けにした、十七、八歳くらいのとても可愛らしい女性だ。髪は長く、目は猫のような形だった。どことなくラ=ヴィアに似ている気がする。プレートの絵には色がついていないので、髪の色や目の色は分からない。

「可愛いわね」

アルスが言ったが、プラグは眉を顰めた。

「ちょっと、良く見せて。おかしいな……? 姿が映ってる。赤プレートなのに?」

プラグの言葉にシオウがはっとする。

「そういやそうだ。物の絵が映るもんじゃないのか?」

「普通はそうだけど。髪の色は何色だった? 透明?」

「かざしたときは真っ白っぽかったな。目は青」

「うーん。ちょっと使ってみようか。ル・フィーラって言って」


「ル・フィーラ」

シオウが何気なく言うと、ふわりと精霊が出て来た。

今度はプラグ達にも姿が見える。

肌は真っ白で、髪も真っ白。髪は途中から透き通っているが、確かにそこにいる。

ドレスは白色の首元が詰まっている物で、袖はなく、肩は空いている。スカートはたっぷりしていて、ふんわりと広がっている。ウエストは共布のリボンで軽く結んでいる。

透き通った羽衣を腕に引っかけて、少し浮かび、微笑んでいる。

「君はだれ?」

「……」

精霊は無言だ。


「喋れないのかな。意志はあるのかな? シオウ、軽く頭を撫でてみて」

プラグの言葉に、シオウが手を伸ばして自然精霊の頭を撫でた。

自然精霊は反応しなかった。

「意志はないのかな……?」

するとシオウが首を傾げた。

「いや、こいつ、捕まった時、俺の方見た気がする」

「そうなんだ……? 何ができる精霊かな? 風は吹かせられるのかな。シオウ、頼んでみて?」

「頼むって?」

「風を吹かせて下さい、ル・フィーラで。って言うとか?」

「――風を吹かせて下さい。ル・フィーラで? どういうことだよ」

シオウが言うと、優しい風が吹いた。とてもささやかだ。


「あ、風……」

アルスやプラグの髪が揺れた程度だ。

シオウは精霊を見た。

「何だできるのか。じゃあもっと強く、そこの草を揺らすのは? ル・フィーラで?」

するともう少し強めの風が吹いて、草が軽く揺れた。

「おお、凄ぇな。こうやって使うのか」

「他にも、手に持ったままで使う事もできる。意志がないからそちらの方が多いと思う。この精霊はただの風……なのかな? リズに聞いてみよう。とりあえずシオウは完了、後は俺とアルスだな」

プラグは言った。

「ふーん、精霊って面白いな」

「シオウは結構、精霊使いの才能があると思う。ルルミリーにも逆指名されたし。やっぱり混血だからかな」

プラグの言葉に、シオウがプラグを見た。

「お前」

「――あ、ごめん!」

プラグは慌てて口を押さえた。アルスだけなのでうっかり言ってしまった。

「別に良いけどよ……ったく」

「混血?」

アルスが首を傾げた。

「あー。まー、お前には言っとくけど。俺の……えーっと、とにかく俺、精霊の混血。ほら、先祖に火の精霊がいたって言う話しただろ」

シオウはかなり濁して言った。

「ああ……そう言えば言っていたわね。そうなの。それで上手いのね。私も頑張ろうっと」

アルスは気を遣ってか、それ以上は聞かずに精霊を探し始めた。

「……俺も探そう」

プラグは言って、周囲を見た。

風の精霊がどんな物かはさておき、プラグも自然精霊を見つけなければならない。

「ん。俺は見学。見つけたら教える」

「見つかるのかしら……?」

「場所を変えようか」

「そうね」


プラグとアルス、シオウは山を散策して自然精霊を探した。

しかし中々見つからない。

見つかったのは青髪のウォレスとアドニス、金髪のイアンチカの二十一号室組で、鉢合わせて苦笑した。

「見つかりましたか?」

アドニスが言った。シオウが微笑む。

「ん、一つ捕まえた」

「えっ凄いですね……! 見せて貰っても?」

「アドニス、これ、分かるか?」

シオウが『風』のプレートを見せた。

「風……あれ? 普通の精霊ですか? 姿がある」

「なんか変なの捕まえたのかも?」

シオウの言葉にアドニスが目を光らせた。

「貴重な物かもしれませんね。後でリズ隊長に聞きましょう。今は捜査を優先で」

「だな。お前等は? そっちは居たか?」

シオウがプラグに尋ねた。

「それが全然」

プラグは答えた。アルスもあちこち探している。

「見つからないわー! 分からない!」

「諦めたときにふっと出て来る事が多いんだけど――あ」

プラグが見上げた時、気が付いた。


「ラ・フィカ・ククナ」


プラグの声にアルス達が一斉に固まる。プラグが見ているのは木の上にある、蜘蛛の巣だ。

蜘蛛の巣には主の蜘蛛がいるのだが、木漏れ日に照らされて……木の幹に映る蜘蛛の影が、二つある。

――プラグの目には、空中で蜘蛛を眺める黒髪黒目の自然精霊が見えた。


これは『木陰』ではなく、『日影』の自然精霊だ。

視られた事に気づいていない。


「ル・フィーラ……」

プラグはそっと『飛翔』を起動させて、木の裏側から、音も無く木に登って、蜘蛛の巣よりも少し上の枝に行き、葉の陰に隠れながら白プレートをかざし、飛び降りて、急にばっと抱きついた。

「ラ・フィカ・フェイ!」

「!」

精霊が驚いたが、しっかり捕まえた。しかしプラグは落ちて、しかも蜘蛛の巣も壊してしまった。蜘蛛も一緒に、落ちた下にいるのは――。

「ウォレス! 受け止めて!」

「えぁあっ!?」

ウォレスが咄嗟に両手を広げてプラグを受け止めた。プラグは飛翔で衝撃を和らげる。

しかしプラグには蜘蛛がくっついているので、ウォレスが悲鳴を上げて尻餅をついた。

プラグは慌てて、ウォレスが頭を打たないように抱き込みながら倒れ、ウォレスを押し倒す格好になった。

「うわあああぁ、蜘蛛!」

「あ、ごめん、蜘蛛……!」

プラグは自分の頭から頰に降りてきた蜘蛛を手ですくった。

「ぎゃぁあああッ! 俺、蜘蛛は駄目ぇ!」

ウォレスは更に震え上がっている。

「ごめん!」

プラグは慌てて退いて、蜘蛛にも「ごめん、巣を壊して……ごめんな。すみませんでした」と良く謝って、元の木に戻した。蜘蛛は嫌そうに木に捕まり、やがて上に登っていった。


「蜘蛛はもういないよ」

「……うわあああ……お前……信じられない! 近寄るな!」

ウォレスに避けられた。

「ごめん、でもおかげで、ほら」

プラグは申し訳無くなったが、自然精霊を捕まえることはできた。

プレートは赤に変わり『日影』と書かれている。絵は蜘蛛の巣と、蜘蛛の影が二つ。


「! 面白い絵が付いた。驚かせちゃったかな」

プラグは微笑んだ。自然精霊の絵柄は一定では無く、捕まえた状況を映す事が多い。

効果も全く同じでは無く、微妙に違いが生まれる。


イアンチカが歓声を上げた。

「おお! やったな、でも近寄るな。俺も蜘蛛は駄目!」

「凄い。やったわね! ちょっと真似はできないけど!」

アルスも遠巻きにしている。シオウは固まって『正気かコイツ』と言う目で見ている。

「あははは。蜘蛛の巣がついてますよ」

アドニスは笑いながら優しく払ってくれた。

「アドニスは平気なの?」

「得意では無いですけど。蜘蛛の巣くらいなら。ヒュリスにも良くありましたから。――それにしても、驚きました。ここ、結構いるのかな?」

アドニスは楽しそうだ。プラグは頷いた。

「いる。たまに来るけどこの山は元々、結構いる。それに今日は『当たりの日』かもしれない。天気がいいし、風も気持ちいいから」

自然精霊は出てこない日は全く出てこないのだが、当たりの日にはよく出会う。

それぞれ得意な季候があって、今日は条件が良いのだろう。空は高く、時折涼しい風が吹く。絶好の捜索日和だ。リズもそう思ったのかもしれない。

「それなら、もっと探しましょう。アルスちゃんも。――今度はどこに行きます?」

アドニスがプラグに尋ねる。

「水辺で見た事があるから、たぶん向こうにいると思う」

プラグは指で示して答えた。この近くに川がある。

「行きましょう」「ええ」

アドニスに言われてアルスが頷いた。

プラグ、シオウ、ウォレスとイアンチカも付いていく。

「俺達も探す。って言うか、変な所にいるんだな……!」

「感じは分かったけど、難しいんだよなぁきっと。とりあえず探そう。静かに散策だな」


■ ■ ■


「そんなあっさりいるわけ無いわよね」

アルスは川を眺めた。傾斜に沿って綺麗な水が流れている。

左右に木がまばらに生え、草むらがあり、あちこちに大きめの岩がある。

川幅は五メルト程度で、流れる水を見ているだけで清々しい気分になる。

先程からあちこち見ているが、おかしな感じは無い。


何か動いた気がして、石を退けてみたが、沢蟹がいただけだ。

「あ、沢蟹!」「おお、蟹だ」

プラグとシオウはしゃがんで余裕だ。


「そんなあっさり、いるわけないわよねー……」

もう一度言って、川の真ん中の岩を見ると奇妙な感じがした。

「ラ・フィカ・ククナ……?」

まさかと思って呟くと。いた。

アルスが声を出したので、皆が固まる。

「蟹だなー」「蟹だー」

プラグとシオウは沢蟹を眺めて気付かない風を装っている。


薄水色の髪と同じ色の瞳を持つ、下半身が魚の尾びれになった自然精霊が見える。

服は着ていなくて、髪で胸を隠している。耳にはヒレ……。とても綺麗な自然精霊だ。

天気が良いので、尾びれを干しているのだろうか? 座ったまま、あまり動かない。

どうやって捕まえよう。

「ル・フィーラ……!」

アルスは覚悟を決めて飛翔を起動させて、白プレートを用意して、プラグと同じ方法を採った。


■ ■ ■


アルスが岩に飛びついて、盛大な水しぶきと共に川に落ちた。


「アルス!?」「大丈夫か!?」

プラグとシオウが立ち上がると、アルスはがばりと起き上がり、プレートを掲げた。

「やったわ! 捕まえた!」

転んだのでアルスはすっかりずぶ濡れだ。

この辺りは傾斜になっているから、思ったより浅く、膝が浸かる程度の深さだった。

「おおお!」「大胆!」

ウォレスとイアンチカが歓声を上げた。

近くにいたアドニスが喜びつつ、川に入って手を貸した。

「やりましたね! 大丈夫ですか?」

「ええ、ありがとう!」

アルスがアドニスの手を取って戻ってくる。


プラグ達は駆け寄ってプレートを見た。

「何がいた!?」

「『清流』ね。可愛かったから捕まえたくて。やったわ! でも精霊の絵は出ないわね。これってどんな違いがあるの? 意志のあるなしでいいのよね?」

アルスがプラグに尋ねた。プレートには水中を泳ぐ魚の絵が浮かんでいる。

「うん。意志ある精霊とそうじゃない精霊。自然精霊は自我を持たない霊力(フィーラ)の塊で、凄く水が綺麗だと水の霊力(フィーラ)が集まって、精霊の姿になる。形だけだなんだけど。この世界の、全ての物に霊力が宿っていて、それが長い年月を経て精霊になって、たまに妖精になることもあるんだって」

「へええ、そうなの。改めて考えると、不思議ねー」

「そういや、さっきの精霊って意志があるってことなのか?」

シオウが言った。プラグは首をひねって考えた。

「シオウが見つけたのは多分珍しいやつだよ。風そのもの……ううん……聞いた事ないけど、まさか四大精霊って事は無いだろうし……隊長に聞いてみよう」

するとアドニスが「見せてくれます?」とシオウに言った。


シオウはプレートケースから、先程の『風』精霊を取り出した。


「ああ、なるほど。これは確かに珍しい。隊長もご存じないかもしれませんね。――そういうときはこれです!」

アドニスは自分のプレートケースから一枚の赤プレートを取り出した。

絵柄は本棚……どこかの図書館だろうか。支給された物では無いようだ。ゼクナ語で『知識(ミラル)』と書かれている。

「それは?」

プラグは尋ねた。

「知恵一族、知識の精霊『ミラル=リンド』様の赤プレートです。本物は国宝なんですけど、これは精霊結晶(フィカセラム)から作ったいわば『分身』です。留学の時に持って行けって。色々な事が分かってとても便利ですよ」

「へえぇ、凄い」

プラグは感心した。授業で『ミラル=リンド(知恵/知識)』がヒュリスにいると聞いていたが、彼女の赤プレートを見るのは初めてだった。実際に見ると感動する。

「ル・フィーラ!」

アドニスが発動させると、プレートが光って、精霊が現れた。

ミラル=リンドは女性精霊で、長い茶髪、茶色目に、落ち着いた紺色のドレスを着ている。耳は尖り、背中には鳥のような白い翼がある。


赤プレートなので、この『分身』には意志がない。

姿は本体と同じで誰にでも見えるが、触れる事はできないので『幻影体』とも言われる。


「ミラル様。このプレートについて何か分かりますか?」

アドニスが尋ねると、『ミラル=リンド(赤)』は淡々とプレートの説明をした。

前半はプラグが言ったこととほぼ同じだったが……。

『この精霊は四大精霊の一柱、風の精霊、またはその分身である可能性があります。四大精霊の姿は確認されていませんでしたが、どこかにいると言われています』

と言った。

「おおッ!?」「ええ!?」

プラグもそれは考えたのだが、まさか、そこら辺にいる物とは思わなかったので、あえて言わなかったのだ。

ミラル=リンド(赤)はそこで説明を終わらせた。

「大発見かも!?」「だよな!?」「本当なら凄いよ!」「おおっ」

ウォレスとイアンチカ、もちろんプラグもシオウも興奮している。

アルスもアドニスも目を輝かせている

アドニスが追加で質問をする。

「分身か本体かどちらか分かりますか?」

『情報がありません』

ミラル=リンド(赤)が言った。

「では他に分かる事はありますか? どうしてここに居たかとか……」

『可能性として考えられるのは、散歩、通りすがり、発見場所が特別である、気候の変動、何らかの事象により召喚された、等です。原因の特定はできかねます。分身である私に分かる事は以上です』


「なるほど。ありがとうございます。ル・レーナ」

アドニスが言うと、ミラル=リンドの分身は消えた。


「すげー! 珍しいプレートなんだ!?」

ウォレスが言った。

シオウは嬉しそうに頷いたが、首を傾げている。

「って事は、つまり、たまたま通りすがったか、この山が凄いのか? 何らかの事象ってなんだろうな……?」

……力のある精霊がいると、他の精霊や自然精霊が引き寄せられる事がある。プラグは『まさか、俺が散歩したせい?』と思ったが「なんだろうな」と言っておいた。


「他の皆はどうだろう?」「あ、いた……!」

プラグが呟いた時、ウォレスが木の枝を指さした。

「――かも? ラ・フィカ・ククナ……?」

「えっ?」

イアンチカが驚いて「どこだ?」と言ったがウォレスは焦っている。

「捕まえないと! プレート貸して! 俺がやっていいの?」

「ああ、やれよ!」

イアンチカが慌てて白プレートをウォレスに渡した。

「えーっと、あの枝の上に浮いてるな。どうやって……ええい、ル・フィーラッ!」

ウォレスは考えるのを放棄し『飛翔』で飛びかかった。

しかし「あっ!」と声を上げた。

「逃げた!」

「追って!」

プラグは言った。ウォレスは一度、着地し、再び大きく飛び上がり、空中で何かを捕まえた。白プレートが光る。


「やった――やばっ」

ウォレスは捕まえたらしいが、体勢が厳しくそのまま地面へ落下した。

ここは行くしかない――プラグは飛翔で駆け出して、ウォレスをしっかり横抱きにして受けとめた。


「大丈夫!?」

「おおお……びっくりした……! ありがとう」

「ううん。さっきのお礼」

「ありがとな!」

「ううん。俺こそ。さっきはありがとう。この前も格好良かった」

「この前って、模擬戦? あれは偶々だって」

ウォレスが苦笑する。

「捕まえられた?」

「ああ、バッチリ!」

「何のプレートだった?」

「枝!」

ウォレスが苦笑する。

「おお! 枝は便利だよ。そのまま薪にもなるし」

「へぇ。なるほど。変な枝の上に浮いてたんだ」

「あそこにあった枝だよな。よく気付いたなぁ」

プラグはウォレスを褒めた。ウォレスは笑顔で照れている。

するとシオウが声を掛けてきた。

「お前等ー、キャッキャしてないで、合流するぞ。アルスが風邪引く」

「風邪を引いてみるのもいいかしら?」

「そんな事言ってるとホントに引くぞ。アドニスも濡れたし。リズはどっちだ?」

「たぶん、滝壷にいると思いますけど。動いてるかな?」

アドニスが言って、プラグ達は滝壷に戻る事にした。


■ ■ ■


プラグ達が戻ると、半分ほどの候補生達が戻っていて、リズにプレートを渡したり、敷布の上で休んだり、精霊と一緒にお菓子を食べたり、手合わせをしていたりした。


ラ=ヴィア、ナダ=エルタは実体化して、敷布に座って寛いでいる。

その近くにイル=ナーダや、コル=ナーダも霊体でいるようだ。

コル=ナーダは手だけ実体化させてクッキーを盗み、ラ=ヴィアに『火気厳禁!』と怒られていた。

イル=ナーダと喧嘩が始まったらしく、光が移動し、風が吹いている。


――リズは滝壷から少し離れた所、拓けた場所の一番大きい敷物の上にいた。

左右に精霊達を侍らせて、腕や肩を揉ませている。

「おお、来たか。穫れたか?」

リズが手を上げて言った。

「ばっちり! 皆、穫れました!」

プラグは微笑んだ。


「そうかそうか。よし補習は合格だな。つか、もっと持ってくりゃ良かったな。今日はスゲーあちこちにいる。そこにも、あ、あそこにもいる」

リズがあちこち指さした。まだ捕まえていない候補生は、どこです? と聞いて捕まえに行った。

滝壷にもいるようで、今はペイトが狙っている。ちょうど真ん中辺りらしく、ペイトは慎重に狙っている。女子達が小声で応援している。

「がんばって!」「そーっと、捕まえて!」「そっとよ」

「よし――ラ・フィカ・フェイ!」

ペイトは『飛翔』で飛びかかり、空中で見事に捕まえて反対側に着地した。


「隊長、捕まえました!」

「おおー! お見事! 何だ?」

「『滝壷』です」

「そのままだな。よし、持ってこい」

「はーい」

ペイトは少し助走をつけて跳んで、軽々と戻って来た。ペイトも『霊力調整(フィカルテ)』が上手い。軽やかな着地は大したものだ。彼女の精霊は雷かつ人体強化型の『ディツ=ヴィス(雷/帯電)』なので、調整が下手だと、勢いが付きすぎてどこかにぶつかることが多い。彼女は調整をエメリン隊士に教わって特訓していて、成果はもう出始めているようだ。彼女は霊力も高いし剣も相当強いので、隊士の有力候補だ。


アルスといい、ペイトといい、リルカといい、ナージャといい……皆、驚く程才能がある。プラグもうかうかしていたら追い抜かれてしまう。

ペイトはリズにプレートを渡した。その間にまた、別の候補生達が戻って来て、リズの前に列ができた。

「ははは。大量、大量!」

リズはご満悦だ。次はアルスが渡した。

「んっ。お前は清流か」

「はい。可愛かったです」

「こいつ魚みたいなんだよな。すばしっこいのに良く捕まえた――っていうか、だから濡れてるんだな? 潜ったのか?」

「いえ、岩の上にいました」

アルスが苦笑する。

「そりゃ珍しい。だいたい水に入ってるんだ。捕まえようとすると泳いで逃げる。お前、あとアドニスも先に戻れ。風呂入れよ」

「はーい――じゃあ私、先に戻るわね」

アルスがすぐ後ろのプラグに言った。

「うん」

プラグは頷いた。

「鞍が濡れちゃうわ。大丈夫?」

アルスが尋ねてきたので、プラグは急がせた。

「大丈夫だよ。それより早く戻って着替えて。お菓子は残しておくから」

「はいはい」

アルスは微笑み、アドニスと共に歩いて行った。

そしてプラグもリズにプレートを渡した。

「おっ、日陰かー。なんで蜘蛛?」

「蜘蛛の巣で遊んでました」

「へぇ。どんな効果が付いたか、楽しみだな。使ってみたか?」

「まだですけど、蜘蛛の影が出るかもしれませんね」

「うぇ。まあ、驚かせるにはいいのか?」


そしてシオウの番になった。

「これなんですけど」

「ん……?」

リズは一目見て眉を顰めた。そしてプレートを良く見た。


「風……これ、どこにいた?」

「ふつーに、葉っぱの上に浮かんで遊んでました。何が楽しいのか、風で揺らしてて」

「……ううん……ちょっと後で調べよう。アドニス――はもう行ったな」

「アドニスに調べてもらったんですけど、四大精霊か、それの分身の可能性があるって。その辺にいたんですけど」

シオウの言葉にリズが、唸った。

「いやー、うん。実はな。今日補習するかって思ったのは、ちょっと前、この山で変な光が見えたからなんだよな。謎の発光現象があったって、目撃情報が幾つか。その調査も兼ねてきたんだが? こいつがその原因かもなーぁ……?」

リズは言ったが、原因はククナだ。そういうことにするつもりらしい。プラグは素知らぬ振りをした。

リズは続けた。

「精霊は群れるから、強い精霊がいると、自然精霊とか普通の精霊が集まる事があるんだ。やたら出て来るのも多分それだな。しっかし、この風、もしかしたら大発見かもな? 良くやった。さ、次!」


もしかしたら四大精霊、と聞いて候補生達がシオウに話し掛けている。

「四大精霊って、見つかってないんだろ?」「ホントに発見かも!?」「スゲー、さすがシオウ、ルルミリーも見つけるし、精霊運がある!」

「やっぱ、ご先祖様のご加護だよなー。あと日頃の行いがいいから」

「おまえ、調子に乗って」

シオウは珍しく軽口を言って、紅茶色の髪の少年――フォンデに小突かれている。

初めシオウは得体の知れない雰囲気で恐がられていたが、今ではすっかり馴染んでいる。

模擬戦が始まってから、特に緑組とは仲がいい。

プラグの青組だって負けていないと思うが、アラークは真面目なのでたまに喧嘩する事がある。プラグは真面目なつもりだが、アラークからするとそう見えないらしい。

実際のところ候補生相手ではまだ手加減する余裕があるので、アラークはそれを感じ取っているのだろう。

それでも紐の数は着実に稼いでいて、暫定一位になっている。二位はシオウ、三位がアドニス。三人の差はあまりない。紐の数はどうしても隊長が有利になってしまうので、次くらいから隊長を順番に変えてもいいと思っている。ここにいる候補生達は皆、将来有望なので指揮の練習は必要だ。


「シオウ、少し休もう」

プラグは敷布に腰を下ろして呼んだ。

「ああ」

シオウは男子達と分かれてプラグの隣に座った。

プラグは水筒を開けて水を飲んだ。水筒は筒状になっていて、蓋をコップにできる物だ。

「――でも、天気……」

一口飲んでしまった後、ひりりとする感覚があった。


「! この水!」

プラグは口に入っていた残りをコップに吐き出した。シオウがぎょっとする。

「!? どうした」

「飲まないで!」

プラグはすぐに走って滝壷で口をすすいだ。

「毒か!?」

シオウがプラグの残した水筒を見る。リズが駆け寄って来た。

「吐けるか?」

「――皆、飲むな! 食べるのもやめて!」

プラグは警告した。

……本来出るべき症状は、手足の震え、意識混濁、呼吸困難。かなり強い毒だ。

何度も口を漱いだが痛みは引かない。シオウが駆け寄ってくる。

「何の毒だ! 分かるか」

「この刺激はアオジ類、匂いは無かった。ケホッ、結構、強い……俺の水筒だけ?」

言った後、プラグは何度も咳き込んだ。喉が爛れ、声が掠れている。息が苦しい。

「! 調べる。皆、飲むなよ!」

シオウははっと立ち上がって、自分の水筒を取った。

「治療する、ル・フィーラ!」

リズが治療のプレートを使った。しかし光はすぐ消えた。

「――すみません、ちょっと待って、もう一回お願いします……」

プラグは呼吸を乱しながら訴えた。冷や汗が凄い。

その間に、体の中身を整える。今は喉と肺しか作っていなかったので、そこにしか症状が出ていないのだ。

しかし『頭』はあるので、意識が混濁してしまう。

治療の必要があるが、中身を全て揃えないと、プレートの治療は効かない。

……『体の中身』が一部だけではその分の治療しかしてくれないのだ。

プラグは体を全て作った。

途端に目眩がして、リズの膝に倒れ込む。


「ル・フィーラ!」

二度目のプレートは発動して、体が楽になっていく。


「……ふう、はぁ。ああ、もう、大丈夫です……」

プラグは息を吐いた。喉も治っている。精霊の毒で無くて良かった。プレートを作った自分に感謝だ……。

「――他は大丈夫か!」

リズが候補生達を見る。

「大丈夫です! 水も問題なかったです! 飲んだ子も無事です!」

「お菓子も大丈夫です!」「俺も飲んだけど平気です!」「俺も」

「プラグ、しっかり!」「大丈夫!?」

ペイト他、数名が答えた。

他は問題がないらしい。シオウが自分の水筒に、幾つか細い紙を垂らしている。

「俺のも入ってる。ヘイズアオジってことは、やっぱり俺だ。……って、やば、アルス!?」

シオウの言葉にプラグははっとした。


ヘイズアオジの毒は南が原産で、花の根に強い毒がある。

おそらくシオウ狙いで、水に毒が入っていたが、既に水を飲んでいた候補生達は無事。

しかし同室のプラグが無事では無い。

――つまり、毒が入っているのは『二十五号室の水筒』だ。


出かける前の事を思い出し、プラグは愕然とした。


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