終末世界の運び屋さんと、眠り姫アンドロイド
猫森ぽろん
第1話 遺跡の眠り姫と、プロの流儀
ひんやりとした空気が、肺を満たす。埃と、カビと、それから…なんだろう、これは。遠い昔に失われた時間の匂い、とでも言うのだろうか。ヘッドライトの頼りない光が、崩れた壁や、床に散らばる正体不明の機械の残骸をぼんやりと照らし出している。
「…チッ、今回もハズレかよ。見渡す限りガラクタばっかじゃねえか」
アタシ、レンは、瓦礫の山を蹴飛ばしながら悪態をついた。もちろん、独り言だ。こんな、文明の墓場みたいな場所に、話し相手なんているはずもない。運び屋稼業の合間に見つけた、旧時代の研究所跡地。外れにあるにしては保存状態が良いってんで、少しは「お宝」にありつけるかと期待してきたんだが、どうやら見込み違いだったらしい。
「プロの勘も鈍ったかねぇ…いやいや、プロはこういう時こそ諦めないもんだ。きっとまだどこかに…」
ぶつぶつと自分に言い聞かせながら、アタシは更に奥へと進む。愛用の小型オートマチックを握る手に、汗が滲む。暗闇は嫌いだ。何が潜んでいるか分からない。ミュータント化したネズミか、あるいはもっと厄介な「何か」か。…まあ、プロだからな、アタシは。どんな状況でも冷静に対処できる。…はずだ。
崩れた壁の向こうに、妙に綺麗な金属質の扉が見えた。旧時代の自動ドア、ってやつか? 周りの荒廃っぷりとは不釣り合いなほど、傷一つない。罠か? それとも、本当に「当たり」がこの奥に?
「…こういう時、慌てないのがプロってもんなのさ」
独り言で自分を鼓舞し、慎重に扉に近づく。センサー類は死んでいるようだ。手動でこじ開けるしかないか。サバイバルナイフを隙間に差し込み、テコの原理で力を込める。…重い。だが、プロは諦めない。
「…ふんっ!」
渾身の力を込めると、重い金属音がして、扉がわずかに開いた。その隙間から、内部の様子を窺う。中は…部屋? それも、かなり重要な区画だったらしい。壁には複雑な計器類が埋め込まれ、中央には、見たこともない流線形の白いカプセルが一つ、鎮座していた。
「…なんだ、これ? 旧時代の…コールドスリープ装置か? それにしては小さいな…」
アタシは警戒しつつも、部屋の中へと足を踏み入れた。カプセルは、まるで昨日作られたかのように滑らかで、傷一つない。表面に触れると、ひんやりとしているが、内部で何かが稼働しているような、微かな振動を感じる。
制御パネルらしきものが側面にあった。いくつかのランプが、弱々しく点滅している。まだ生きている…!
「へえ…こいつは掘り出し物かもな」
アタシのメカニックとしての血が騒ぐ。まあ、アタシは運び屋が本業だが、こういう旧時代の遺物をいじるのも嫌いじゃない。それに、こいつがもし本当に稼働するなら、高く売れるかもしれない。プロは常に利益を追求するもんだ。
愛用のツールキットを取り出し、制御パネルのカバーを外す。中の配線は複雑だが、基本構造はアタシが知っている旧時代のシステムと似ている。
「ふん、これなら…プロなら、ちょちょいのちょいだ」
独り言で解説しながら、持ち出した小型端末を接続し、外部からのアクセスを試みる。いくつかのセキュリティロックがかかっていたが、それもプロの腕にかかれば問題ない。ピ、ピ、という電子音と共に、ロックが解除されていく。
(…よし、開いた!)
制御パネルのメインディスプレイに、「SYSTEM ONLINE」「INTERNAL SCANNING…」といった文字が表示された。そして、「BIOLOGICAL UNIT STATUS : STABLE」…生体ユニット? 中に誰か入ってるのか?
ゴクリと唾を飲む。人間? いや、この時代に、こんなカプセルで眠っている人間がいるとは考えにくい。だとすれば……。
期待と、少しの不安を胸に、アタシはパネルの「OPEN」コマンドをタップした。
プシューッ、という軽い空気の抜ける音と共に、カプセルの白いハッチが、ゆっくりと、静かに上方へと開いていく。
そして、アタシは息を呑んだ。
カプセルの中に横たわっていたのは、人間ではなかった。
透き通るような白い肌。陽の光を反射して輝く、プラチナブロンドの長い髪。閉じられた瞼の下の、長いまつ毛。シンプルな白いワンピースに包まれた、華奢で、完璧なまでに均整の取れた少女の姿。それは、あまりにも美しく、そして、どこか人間離れしていた。
「……アンドロイド…か。それも、とんでもなく高性能な…」
旧時代の遺物の中でも、完全な状態で残っているアンドロイドは滅多に見つからない。しかも、これほどのレベルのものは、天文学的な価値がつくかもしれない。
(…大当たり、だ。プロの勘は間違ってなかった!)
内心でガッツポーズする。だが、同時に、言いようのない不安も感じていた。こんなものが、なぜこんな場所に? 起動したら、一体どうなる? 危険はないのか…?
いや、弱気になるな、アタシ。アタシはプロだ。プロはリスクを恐れない。それに、このままにしておく方が、むしろ危険かもしれない。
「…まあ、見てるだけじゃ何も始まんねえ。プロは行動あるのみ、だろ!」
自分に言い聞かせ、アタシは再び制御パネルに向き合った。震える指で、「AWAKENING SEQUENCE START」のコマンドを選択する。
カプセルの内部が、淡い青白い光で満たされた。アンドロイドの体に、微かな電流が流れるのが見える。ピクリ、と指先が動いた。ゆっくりと、胸が上下し始める。まるで、永い眠りから覚める、おとぎ話の眠り姫のように。
長い、長いまつ毛が、ふるりと震えた。
そして、ゆっくりと、その瞼が持ち上げられていく。
現れたのは、吸い込まれそうなほど深く、どこまでも澄んだ、青い瞳だった。何の感情も映さない、ガラス玉のような瞳。
その瞳が、カプセルの淵に立つアタシの姿を、静かに、捉えた――。
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