4-5
二日ほど過ぎた。
あれから特に新しい進展なんて何もなかった。そもそもが何もなかったのかもしれない。
ただ違うことといえば、ちょこちょこと歌音とメッセージのやりとりをしていることだろうか。
もっとも何か思い出したかというやりとりと、ほんの少しその日の出来事を書くだけで特別に何も変わったことはなかった。
特に新しく思い出したことは何もないし、歌音も特に何も言っては来なかった。
ただ僕は歌音のことを好きだったのかもしれない。そう意識してしまったせいか、歌音のメッセージが届くのを楽しみに待つようになっていたと思う。
そんなことを考えているうちに、歌音から新しくメッセージが届いていた。
『今日も特に何も思い出すことはありませんでした。まぁ、祖母の家と病院との往復しかしていないですから、当然かもしれませんが』
歌音から入ってきたメッセージに眉を寄せる。病院とあったけれど、どこか体が悪いのだろうか。
『病院って、どこか体が悪いの?』
気にかかってそんなメッセージを返すと、すぐに歌音から返信が届く。
『いえ、私じゃありません。姉が入院しているので面会にいってました』
歌音の返信に歌音が体が悪い訳では無いことに少しほっとして、でもすぐに入院しているという姉のことが気にかかっていた。
『お姉さん、病気なの? 大丈夫?』
『大したことないので大丈夫です。ご心配なく』
『それは良かった。お姉さん、早く元気になるといいね』
このメッセージを送ったあとから、しばらくの間、歌音の返信はなかった。
かなり長い時間を置いて、それから「そうですね」とだけ返信があった。
お風呂とか食事とか、何かしていたのかもしれない。
『拓海さんは何か思い出しましたか』
続いて届いたそのメッセージに、僕は少しだけ息を飲み込む。
僕が思い出したのは、ちょっとだけ意地悪な目をした可愛らしい笑顔だけだ。
どこで見たのか、いつ見たのかも思い出せない。
ただ歌音の笑顔であることは間違いないと思う。
それを歌音に伝えてもいいものかどうかわからなかった。変に思われたりしないだろうか。
でも今のところ他に進展はない。何もないままやりとりを続けていても、意味がないかもしれない。僕達は思い出すためにつながりを作ったのだから。
『一つだけ思い出したことがあるのだけど、変に思われないか少し心配している』
いちどそう返してみる。歌音の様子をみて伝えようとは思った。
『変になんて思いませんよ。そもそもこの状態が変なんですから。何でも言ってください。私も思い出したいんです』
届いた返信に、僕は覚悟を決める。
『思い出したのは君の笑顔なんだ。無邪気な感じで笑っていて、少しだけ意地悪な目をしていた。それだけ』
僕のメッセージに、しかしまたしばらくの間、返信が滞っていた。
もしかしてナンパか何かと思われてないかと心配になる。
しかし歌音から届いた返信は、意外なものだった。
『笑顔ですか? 私が? 笑っていたと? それは変ですね。私は、陰で笑わない女なんて言われてるくらい笑顔なんてもうずっと見せていないです』
笑わない女。確かにこの間くじら岩の前での歌音は、笑顔なんて遠い感じに見えた。
でも確かに思い出したのは確かに歌音の笑顔だ。あんなに可愛い子がその辺にほいほいいることはないと思うし、見間違いではないと思う。
そんなことを考えていると、すぐにまたスマホが音を鳴らしていた。
『その時の私はどんな感じでしたか? 例えば服装とか。わかったら場所とかも教えてください』
続いて届いたメッセージに僕は返信を送る。
『服装は、たぶんベージュのワンピース。場所ははっきりとはわからないけど、たぶん海辺の公園かな』
『私はワンピースを持っていませんし、あの時以外で海辺の公園に行った覚えがありません。だからその笑顔は私のものではあり得ないと思います。誰か他の人じゃないですか』
歌音から届いたメッセージは予想外のものだった。
歌音ではないとするならば、誰だと言うのだろうか。
でもあの笑顔は歌音のものだと思う。
『いや、でも思い出したのは君だよ。君の笑顔だと思う。もしそうじゃなかったら、ドッペルゲンガーか何かかもしれない。それだけはっきりと君と同じ顔をしていた』
『私達が無くした記憶の中で、そんなことがあったのでしょうか。でも私は七年前からずっと笑うことはありませんでした。だからきっと記憶違いじゃないかと思います』
詩音はもうずっと笑っていないらしい。七年もの間、笑うことが無かったというのはずいぶん長い時間だ。歌音は僕と同じくらいの年齢に見えるから、小学生くらいからずっと笑うことなく過ごしてきたのだろうか。
こどもの頃から笑うことは無かっただなんて、何が一体あったというのだろうか。それだけ歌音にとって辛いことがあったのだろうか。
七年前。何か心の中が痛む。頭の中がぐちゃくちゃとして、思わず息を飲み込む。
『そんなに笑っていないだなんて、よほど辛いことがあったの?』
虐待されていたとか、何か悲しい事件を想像してしまって、胸が締め付けられるような気がしていた。だけど歌音からはそのメッセージへの返信はなかった。答えたくないのかもしれない。
『何があったかはわからないけど、一人で抱え込まないでいいと思うよ。何の力にもなれないかもしれないけど、話くらいなら聴くし』
『ありがとうございます。大丈夫です』
このメッセージにはすぐに返信があった。やっぱり笑えなくなった原因については話したくないということなのだろう。
正直、僕達の関係はよくわからない。
だけどこうしてメッセージのやりとりをしていて、歌音のことが気になってきていた。でもその感情の正体まではわからなかった。
僕が思い出した歌音の笑顔は、それだけで人を惹きつけられるようだった。もしかすると僕は失った記憶の中で歌音に惹かれていたのかもしれない。
僕達はこの後も失った記憶について、何度もやりとりを重ねていった。
でもあの日のことは今以上には思い出すことはなかった。
何も思い出せないまま、僕達は会話を重ねた。次第にあの日の記憶とは関係ない話も続けるようになっていって、メッセージのやりとりをするのが日常のように変わっていた。
僕はあまり筆まめな方ではないから、今までメッセージのやりとりをするなんてことはほとんどなかった。凪や太陽、他の友達とも必要なときにしかメッセージを送ることはなかった。
だけど歌音とは記憶を思い出したかどうかの確認の意味もあったけれど、自然とメッセージのやりとりを続けていた。
時にはたわいもない話や冗談を言ったり、ただの日常の話も増えてきていたと思う。
そのやりとりが楽しく感じて、僕はいつの間にか歌音のメッセージを楽しみに待つようになっていた。
『今日は祖母と一緒に買い物にいってきました。祖母が私の好きなオムレツを作ってくれて、美味しかったです』
歌音から今日の報告が入ってきていた。
日常のやりとりをするようになったのは、関係ない会話でもしている間に何かを思い出すかもしれないという歌音の言葉からで、だから僕もちょっとした話をメッセージで送るようにしていた。
『オムレツ好きなんだ?』
『はい。大好きなんです。見ただけでよだれがでるくらい好きです』
『へー。いいね。僕も好きだよ』
『じゃあもし美味しいところ知ってたら教えてください』
『海辺の公園の方に美味しい洋食屋さんがあって、そこのオムレツが絶品だよ』
『そうなんですか。それならこんど連れて行ってください』
『僕とでいいなら』
『普段はこの町に住んでいる訳では無いので、一緒にいく友達いないです。だから貴方で我慢します』
『我慢って、おい』
『冗談です。でも時間があれば本当に連れて行ってくださいね』
次第にそんなやりとりも交わすくらいの仲になっていた。
いつの間にか無くした記憶を探すなんて理由もおぼろげになりつつあったかもしれない。
もっともこれだけ可愛い異性とのやりとりに心弾まない理由もないとは思う。だから楽しいのは当たり前だろう。
ただその中で、何か違和感を覚えていたのも確かだった。
何かが違っている。何かを取り戻さなきゃいけない。
思い出したいのに、思い出せない。何かを忘れている。
忘れている気はするのに、それが何かはわからない。
歌音ともういちど会えば、何かを思い出すだろうか。
僕は楽しさと共に、どこか不安を覚えていた。
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