4-4
「ただいま」
家に戻ってきていた。
「おかえり……って、拓海、何かあった? 変な顔してる」
帰ってくるなり七海が怪訝な顔をして僕を迎えていた。
「変なって。どんなだよ」
「んー。強いていうならタヌキに化かされて不思議なことがあったみたいな?」
「だからどんな顔だよ」
思わずつっこみをいれてしまうが、確かにそうとしか言いようのない不思議なことがあったのは確かだ。
くじら岩の前の崖で出会った歌音とは、どうしても初対面のような気がしなかった。
だけど僕は彼女のことを知らない。何も覚えていない。だから初対面であることに間違いないはずなのに、でも僕達はなぜか手を重ねていた。
手をつないでいたのならまだ理解ができる。いや、それも十分に変なのだけれど、二人で手を重ねるっていうのは、どんな状態だったら起きるのだろうか。
普通こういうのは、複数人数で誓いを重ねるときにおこなうものじゃないだろうか。そう、例えば野球で円陣を組んでいた時に絶対勝つぞと誓いを立てるようなときだ。
そこまで考えて、何かが頭の中に残る。
そうだ。僕は何かを誓った。確かに約束したんだ。
約束。誰と? 歌音と? 何を? わからない。思い出せない。
「ほら、また何か考え事してるじゃない」
「まぁ、それはそうだけど。だけど何に悩んでいるのかもわからないんだ」
「うーん。それは変だね。どうしたのかな。疲れちゃったのかな」
心配そうに語りかける七海の言葉は、でも僕の頭の中でぐるぐると回り続けていて、何かを思い出しそうになのに思い出せなかった。
なにか頭の中に黒いカーテンをしかれて、向こう側が見えないような気持ち悪さを感じて吐き気すら感じて思わず口を押さえる。
「拓海、大丈夫。もう休む?」
七海が心配そうに僕の顔をのぞき込んでいた。
僕は声には出さずにうなずくと、そのままふらふらと自分の部屋の方へと歩いていく。
七海は僕をじっと見ているようだったけれど、僕はとにかくこの場から離れたかった。
自分の部屋に入って深呼吸をする。少しだけ気分も落ち着いてきていた。
でも何を忘れているのかもわからない。
そうこう考えているうちにスマホがメロディを流し始めていた。慌てて取り出すと、凪からのメッセージが入っていた。
『拓海、今日綺麗な女の子と歩いていたね。もしかして彼女?』
どうやら凪には歌音と一緒に歩いているところを見かけられたようだった。
『彼女じゃないよ。たまたま一緒になっただけで、今日初めてあった子だよ』
とりあえずメッセージで彼女であることは否定しておく。
ただ凪のメッセージには変な違和感を覚えていた。
凪からこんなメッセージがくるなんて珍しいなと思うと共に、凪からはもう連絡なんてこないとばかり思っていたのにと少しだけ嬉しく感じていた。
それと同時に、なんでもう連絡してこないだなんてことを思ったのかがわからなくて、僕ははっきりと困惑していた。
凪とは長い付き合いの幼なじみだ。それほど頻繁にやりとりをしている訳では無いけれど、メッセージがくること自体はそれほど珍しくない。それなのになんで僕は凪からの連絡がきたことに驚いているのだろうか。
何かがおかしい。そう思うのだけれど、そのおかしさの正体には気がつけなかった。
『そうなんだ。まぁ拓海は女の子に興味なさそうだもんね』
凪から届いた返信に、さらに強い違和感を覚える。
何かが違う。何が起きているのかわからなかった。
混乱の中で、もういちどスマホが鳴っていた。
凪かと思いきや、木村太陽の名前がスマホに表示されている。太陽からの音声通話のようだった。
通話開始のボタンを押すと、すぐに太陽の声が聞こえてくる。
『よう、拓海。俺さ、この間言っていた通りに佐藤ちゃんに告白しようと思うんだ』
太陽の言葉に驚いて電話を落としそうになる。
「え、本気か」
『もちろん。上手くいくかはわからないけど、ちゃんと俺の気持ちを知ってもらいたいし、弱っているところをつけ込むみたいで悪い気もするけど』
「そうか。がんばれよ。でも弱っているところって?」
『そりゃ、お前。言わせんなよ。佐藤ちゃんがお前に振られたからだろ』
「え、俺が? 凪を振った?」
『そうだよ。自分でそういったろ』
「え、いや。そう言われれば、そんな気がする」
そうだ。僕は確かに凪を振った。振ったけれど、どうして告白されたのか、なぜ振ったのが思い出せない。でもそう考えれば、凪からメッセージがくるのに驚いた気持ちもわかる気がする。
なのにどうしてそんな流れになったのか、わからなかった。
「ごめん。でもなんか思い出せないんだ。僕はその時にどんな話をしていたんだ」
『大丈夫か、お前。そりゃ……あれ、なんだっけ。いや、確かに佐藤ちゃんに告白されて振ったって言っていたけど、その時に何か話をしたはずなのに、俺も思い出せない』
「太陽もなのか。実は僕も何かを忘れているみたいなんだけど、思い出せないんだ。何かがあったはずで」
『まて。まってくれ。前にも何かこんな話をしたような。それで俺が何かを思い出したんだ。確かに何かあった、なのに思い出せない。なぁ、俺はあの時何を思いだしたんだ』
太陽も何か困惑しているのが電話越しに伝わってくる。
そうだ。確かに以前に太陽と話をしていて、太陽は何かを思い出した。
何を思い出したんだっけ。そのことに僕は深く感謝をしていた。忘れてほしくない何かを思い出してくれた。あのとき確かに小さな奇跡が起きたんだ。
『いや、そうだ。拓海は誰か女の子と一緒にいたはずだ。それで。佐藤ちゃんは拓海のことが好きみたいだったから、拓海が他の子と付き合うなら、俺にもチャンスがあるかもって。そう思って。そうだよ。そうだ。拓海が他の子と付き合ってくれたらいいのにって、嫌なことを思って。俺はそれがすごく嫌で。でもそうあってほしいって思って』
太陽が何かを思い出していた。
その言葉に僕の頭の中に、何かが走っていた。
そうだ。太陽の言う通り、僕の隣には誰かがいた。大切な女の子だ。
太陽が言う通り、僕はその子のことが好きで、一緒にいたいと思った。
でもその子は、誰なんだ。
混乱する頭の中に、突如僕の中に笑顔の女の子の姿が思い浮かべていた。
その笑顔は、僕が知っている人、歌音と同じ顔だった。
歌音? いや、僕達は初めて会ったはずで。いや、でも重ねていた手や、どうしても初対面な気がしなかったのは、本当は初めてあったからではなかったのかもしれない。
歌音のことを忘れてしまっていたのだろうか。
「……歌音?」
思わず太陽に訊ね返してしまっていた。
『うーん。なんかそんな感じの名前だった気がする』
太陽の言葉に、やっぱりそうなのかと何か納得できていた。
僕は歌音のことが好きだったのだろうか。なのに何かがあって忘れてしまったのだろうか。わからない。何かしっくりとはこないけれど、思い出した歌音の笑顔にはきゅっと胸が締め付けられるような気がしていた。
それは好きだという気持ちに他ならないような気がする。
僕は歌音のことが好きで、だから凪の告白を断ってしまったのだろうか。
そんな気がする。確かに僕は好きな人がいるから、凪の告白を受け入れられなかったはずだ。
『なんか、あれだな。どうも俺も混乱しているみたいだ。告白する前に、拓海に話をしておきたかったんだけど、なんかこうしっくりこない。いったん保留にして、ちゃんと思い出してからにしようと思う』
太陽はそれだけ告げると、僕との通話を切っていた。
何かがおかしいのだけど、どうにもはっきりとしなかった。
歌音に今の話を伝えるべきかどうか迷ったけれど、もし僕の推測が当たっているにせよ、違っているにせよ、変なことになりそうだとは思った。
だから何か思い出したなら伝えてほしいといわれたけれど、歌音には連絡しないことにしようと思う。
だけど僕の中に、思い出した歌音の笑顔が何か染みつくように残されていた。
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