22.夏期休暇と恐山②

 賽の河原を通り過ぎたボクたちが次に立ち寄ったのは朱色に塗られた木製の橋。

 橋の長さは短いけど、急勾配でくまなく見れば所々老朽している節が見られる。


「だいぶ古そうですねぇ」

「そのようだね。しかしまぁ下を見たまえよ。かなり透き通っていて綺麗だよ」

「おぉ……めっちゃ綺麗っすね」

「こんなに綺麗なのは初めて見たかも」


 水深は浅めだろう。しかし流れる川はとても綺麗でこれでもかとキラキラ陽光を反射している。


「あ、そういえばこちらの橋ってあっちとこっちでどう違うんです?」

「あぁ、それは簡単だよ愛理あいり。銅像が見えるだろう? あっちが此岸しがんでこの橋を渡れば彼岸ひがん。違いはそれだけだ。それで」


 千織ちおり部長は若干砂利のある地面を軽く踏んで、赤い橋──三途橋さんずばし太鼓橋たいこばしと言うらしい──横の細かな砂利を敷き詰めた橋をズンズン進んで行った。


「この橋を渡るには六文銭払う必要がある。なぜ六文銭なのかだが、これは仏教由来の六道が関係していてね。死後、三途の河を渡る際に渡し守に払い渡るんだけど、六文それぞれが地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天道の6つそれぞれの世界を救済する六地蔵に一文ずつ供えるという意味があるから六文銭なんだそうだよ」


 スラスラと説明しながらも千織部長は三途橋手前の2つの銅像の前で立ち止まった。


(あ、やっばいかも……こういったので顔見れない久々だ)


 千織部長の背中から銅像に目線を向けた途端に変わらない表情のはずなのに、にぃ〜と笑みが深まったように見えて息を呑んだ。


「どうした?」

「……あ、う、うぅん。なんでもない」


 きっと気のせいだ。そう思いながら宗馬の耳打ちに首を横に振って答える。


「そしてこのふたつの銅像は左が奪衣婆だついばあ、右が懸衣翁けんえおうと言ってね。先に言った六文銭を払って地獄を渡るんだけど、もしその六文銭を持っていなければ身包みを剥がされ、脱がされた衣の重さで地獄を決める役割をしている……っと、どうしたんだい? 狐に摘まれたような顔してるけど何かあったかい?」


 あくまで平静を保っていようとしてたけど、こっちを振り返った千織部長がすぐに見抜いた。ボクは隣を見てから正直に言うしかなかった。


「この土地が特殊だからか分からないけど……この二柱生きてるなって」

「ほう……? 生きてるというのはどんなふうに感じたんだい?」

「銅像自体は動いてないよもちろん。けど、顔を見るとねより深く笑うんだ二柱とも」

「私にはよく分からないものだが……なるほど。今も変わってるのかい?」


 今にもこっちに近づいてきそうな威圧感を感じつつも千織部長の声に頷く。


「あの、話の腰を折ってごめんなさい。質問なんですけど二柱ってなんです?」


 ちょこっと左手を挙げながら申し訳なさそうに笑って上目遣いで見てきた。千織部長に目を向けると察したようで説明してくれた。


「二柱というのは神様の数え方でね。かつて古代では樹木崇拝というものがあって、大きく聳えている樹木等に神霊とかが宿っているだとかで崇拝することがあったんだ。

 そして時を経て、神道での考え方は似たようなものでね、特定の場所に宿ると考えられていてその場所を象徴する「柱」で数えることで、神様の存在をより具体的に表現している。というわけだね」


 スラスラ説明し終えたあとカーディガンのポケットからラムネ駄菓子を取り出して1粒口に入れるのを横目に見ながら、なぜかボクの体が銅像に向けて歩き出していた。


(なんで体が動いてるんだろう? ボクはこの銅像が少し怖いって思ってるのに……)


「そうだったんですね。またひとつ賢くなれた気がしますねぇ……ってどうしたんですか?」

「おい。大丈夫か?」

「……へっ? え、あ……えぇと? 大丈夫、だけど……?」


 宗馬に肩を掴まれて振り返る。愛理先輩が心配そうな顔をしていた。


(どうしてそんな顔してるんだろう?)


 ボクが首を傾げていると肩を掴んでいた宗馬が身を屈めて顔を覗き込んでくる。


「なんともないか?」

「へ? ……っと? どうして止めたの?」

「どうしてってお前が急にそっちに歩き出したからだろ。なんでそうしたか分かるか?」

「…………」


 懸衣翁の像を見てから顔を伏せる。

 ボクはどうして歩き出したりしたのか。近づきたくないというか……怖い存在が近づいてきそうだからとか思ってたはず。なのにどうして……。


「分からない、か?」

「……ん、ごめん」

「いや、謝らなくて良い。ただもっかい聞くぞ。なんともないか?」

「うん。意識はしっかりしてる、と思う。試しに何か質問して」


 取り憑かれたりして自分の意識がないとその時の言動の記憶がなくなるとどこかで聞いた。

 だから自分がしっかりとあるかどうか、何か聞かないと落ち着かない。


「それじゃあわたしから質問しても良いですか〜?」

「うん。良いよ愛理先輩」

「今いるここの名称は?」

「青森県はむつ市にある恐山。日本三大霊山のひとつでもある活火山」

「即答ですね。じゃあもうひとつ。わたしたちオカ推研の活動目的は?」

「部の名前にもあるようにオカルトに関することを研究したりして霊的なものかどうかを推理すること」


 そこからちょこまかと愛理先輩の質問に答えていく。満足したのかにんまり顔で頷いていた。


「ちゃーんときみですね」

「私からも良いかい? とはいえ聞きたいことはひとつだけどね。無意識かそうでないかは分からないが、体が動いている間はどんな感覚だったのかな?」


 顎に手を置きながらずいっと身を乗り出されて反射的に後ろへ体を仰け反る。


「どんな、って言われても…………よく、分からない」

「ふぅん。そういうものかな。まぁあまり追及出来そうにないしここに居続けるわけにもいかない。もう少し道なりに進んでいくとしようか」


 フッと笑って身を翻して軽い足取りで歩いて行った。

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私立魁聖高等学校オカルト推理研究部 海澪(みお) @kiyohime

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