【BL】甘ったれな魔術師と堅物騎士の滑稽な交わり

七天八狂

第1話 区別される存在

 知った顔が二割に知らぬ顔が六割、見る気すら起きない顔が二割。

 パーシヴァルはうつむかせた顔を少し上目にして、人にぶつからないよう慎重に歩みを進めていた。

 真っ昼間の城下町へは、滅多に来ることがない。どれほど目を背けようと、透過術で姿を消していようとも、他人の気配が充満していては怖気が走る。どこもかしこも人ばかりで、客寄せの甲高い声や挨拶などのお喋りでいっぱいの街など、地獄の底のようなものだ。

 森の奥に佇む寂れた小屋のような家屋に住むパーシヴァルは、近くの村へはおろか家から出ることも必要に駆られなければ極力しないたちだった。

 腹が減り、喉が乾いても耐えればいい。怠惰極まりない男である。翌週に成人を向かえるうら若き青年であるというのに、世間と交わろうとしない。それはパーシヴァルが、魔力を使役できる魔術師という、特殊な存在であることも理由だった。

 

 この国では、魔法能力を持つ者が生まれてくるのはごく稀なことだった。そのため、子が生まれたら届け出さねばならず、王室専任魔術師がやってくるのを迎え入れねばならない。国法として定められた義務だが、拒否する者はまずもって一人もいない。魔力があるかを確かめ、才能のある子が発見されれば、国預かりの待遇となり、両親には莫大な謝礼金が支払われるからだ。

 子は国に保護され、衣食住のすべては国庫でまかなわれる身となる。そして年配の魔術師の師事のもと、魔術の修行に励むことになる。

 ただ、特権というものは妬みを誘うものである。

 働かずに生きていけないものや、功績を得るべく努力しているものにとって憎悪の対象となるのは当然で、魔術師の特権の中には、それらを耐え忍ばなければならない覚悟も含められていた。

 

「気をつけろ! ……あれ?」


 苛々と内心で毒づいていたパーシヴァルは、意識散漫にも人にぶつかってしまった。中年の農民のようで、きょろきょろと辺りを見渡している。

 透過術を発動しているせいでパーシヴァルの姿が見えず、困惑している様子だ。


 ──だから嫌なんだ。


 魔術師であるかぎり、どのような目に遭っても耐えねばならない。それが嬉しいやつなどどこにいる? パーシヴァルは嫌でたまらず、人目に触れないよう姿を消していたのだ。

 なのにと自分でぶつかったことも忘れて腹立たしくなり、何度しても飽きることなく繰り返してきた呪詛を吐き出した。


 ──他人を見下し、争ってばかりいる生物など、死滅したほうがいい。人間すべて滅んでしまえ!


 極力他人に見られたくないどころか関わりたくもないパーシヴァルァルの望みは、成長過程の若者が抱くものとおよそ正反対といえるものだった。

 成人したら国防に従事しなければならないことはわかっている。生涯の生活を保障された代償として魔術師たちに課せられた義務であるからだが、パーシヴァルにはまだ猶予があった。たかが一週間とはいえ、パーシヴァルにとっては貴重とも言える期間だ。結局は誤差と捉えられ、拒否する権限も口の巧さもない彼は承諾するしかなく、苛立ちはいつもの何倍もに膨れ上がっていた。

 だとして誰にぶつけることができる?

 ああ、腹が立つ。

 苛立ちはやむことなく、しかしおくびに出すことなく透過術をかけたまま口を閉じ、パーシヴァルは王城へとたどり着いた。

 城門の前にまであと、術を解いて衛兵のまえに姿を現した。


「パーシヴァルです」


 いきなりのことに目を丸くした衛兵は、びくっと肩を震わせた。じろりときつくパーシヴァルを一瞥し、聞かずとも知っているというように憎々しげな顔で目を逸らして一歩後ろへ下がった。

 魔術師は希少かつ国に従事する存在として全国民に顔を知られている。入城を証明する書類など必要なく、許可も要らない。

 ただ、王城は王室専任魔術師せんぱいによって、防衛術がかけられている。入った瞬間にどんな魔法も無効になるため、無断での入城を試みるととたんに透過術が解除され、無礼というより反逆の罪を問われかねないのである。

 パーシヴァルは城門を通り抜け、中庭へと進んだ。

 馬車道の横に歩道として整備された石畳の道はあるが、パーシヴァルは遠回りになる面倒よりも草木を踏みしめて突っ切るほうを選んだ。

 無礼だが、知ったこっちゃない。もし咎めてくるやつがいたら、はいわかりましたと快く自宅へ帰ってやる。

 城の入り口が見えてくると、ドアは開け放たれており、大広間へと続くフロアには人がごった返していた。

 城下町よりひどい。あまりの混雑ぶりにパーシヴァルは息を呑み、思わず足を止めて後ずさった。

 すると何かにどんっとぶつかり、驚くと同時に、物ではなく人だとの気づきに青ざめ、顔を強張らせながら振り返った。


「……」


 一瞬間、視線を交わした。しかし互いに無言のまますぐに逸らし、パーシヴァルがさらに一歩後退りして空いた道を、彼はまっすぐに歩き去っていった。


「リアムだろ、待てよ」


 続いて巨漢の男が彼を追いかけていった。がしゃがしゃと鋼のこすれる音を響かせ駆け寄る様は耳うるさい。しかし、嬉しげに頬を染めた様はまるで忠実なる飼い犬のようで、その呆れ果てるような表情からパーシヴァルは確信を得た。


 ──リアムとは、もしかしなくともリアム・ボーウェンのことじゃないか?

 

 人嫌いで世情に疎いパーシヴァルでも、少ないながらに知った名はある。ボーウェン公爵家の三男であるリアムは、国で一二を争うほどの腕前を持っているとして広く知られていた。魔術師がいくら希少とはいえ、国に二十一人もいるのだから、国最高レベルの騎士と比較しては劣る。


 ──あいつが、リアム・ボーウェン……

 

 広間へと入っていく姿をまじまじと見ると、すらりとして引き締まった細身の体躯が、なにやら輝かしく見えてきた。

 最強といえる強さを持ちながら、人々に敬われ、愛されている。

 しかしてパーシヴァルが不快な気持ちにならないのは、リアムもまた親しいと言える友人がいないからとの噂があるからだった。人嫌いなわけではなく、単に寡黙で真面目すぎるだけだが、見知った相手でもないのになぜか奇妙な親近感を持っていた。

 しかも一瞬だけ目を合わせたリアムの相貌は、美を決定づける尺度があるとすれば、それと寸分違わぬものだろうと思わせるものだった。凛々しくもぱっちりとした秀眉の下に覗く瞳は、心を吸い上げるような緑翠の光を帯びていて、地上の光をすべて集めても足りないと思うほどに輝いて見えた。

 美というものは、心を閉ざした者にも効くらしい。

 パーシヴァルは、生まれて初めての感覚に戸惑い、同時に感心していた。人嫌いであると自覚している自分さえも見惚れさせるほどの美があることに。

 

「おまえ、パーシヴァルか?」


 ふいに名を呼ばれ、パーシヴァルは意識を知覚の外へと向けた。まったく見知らぬ凡庸な風采の男が、半笑いの顔でパーシヴァルを覗き込んでいる。


「見てわかんないのかよ?」

「……ふん。噂に違わず嫌なやつだな」


 軽く舌打ちをして、男は城の中へと入っていった。ぞろぞろと絶え間なく人が続いていく。波から離れ、立ちすくんでいるのはパーシヴァルだけだった。リアムにぶつかったことで放心して歩みを止め、変に目立ってしまっていたらしい。

 羞恥に襲われ、パーシヴァルは逃げるように人の波へダイブした。うつむく以外にどうしようもなく、小さな体躯をさらに丸めて人の目に触れぬよう縮こまった。

 ただでさえ魔術師のローブは目立つ。深い藍色で上等な生地のローブは、魔術師であることを示すためのもので、公式な場でなくとも外出する際には身にまとうよう義務づけられている。

 魔術師は国のため、ひいては国民のために従事する存在だ。近くで事件があれば駆けつけ、収束させるために尽力しなければならない。だからこそ一目でわかるよう設えられたものなのだが、区別するというのは偏見と思い込みを同時に携えてくるものでもあった。

 言葉を交わして親しくなったあとになって、あなたはと驚かれることはないのである。名と顔だけでなく、経歴さえも包み隠さず知られている。どこへ行っても魔術師であるとわかる格好で、偽ることや隠すことは絶対にできない。


「あいつらの誰かと組むことになったらどうする?」

「……アビゲイルとかだったらいいけど、パーシヴァルだったら嫌だよな」

「パーシヴァルって、あいつは確かまだ成年してないだろ」

「そうだっけ? じゃあまだ王都にいるのか。早く辺境あたりに飛ばされてくれないかな」

「見かけるだけで腹立たしくなってくるやつだしな」


 せせら笑う声が聞こえ、パーシヴァルはちらと目を向けた。まったくもって見覚えがない。


 ──俺がおまえに何をした? 魔術師おれたち人間おまえたちにいったい、何をしたって言うんだ?


 人間たちは誰もがもれなく、魔術師を嫌悪している。

 敬い畏怖しながらも、異能力を持っていることへの嫉妬が抑えられないらしい。未知の能力に対する恐れもあるのだろう。

 魔術師は隠れることもできず、いつ何時でも国民を助けなければならない。他にやりたいことがあっても義務として優先しなければならないし、生まれながらに魔術師となるべく人生を決定づけられている。

 生活も命さえ、なにもかもを捧げているのに、守るべき対象全てから疎まれ、あげくに憎まれている。

 本人たちにはどうすることもできない、パーシヴァルたち魔術師の現実は理不尽極まりないものだった。

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