1-2
「星見くん。わたしはがっかりだよ」
「―――すみません、先輩」
俺はいま。
大学敷地内、五階建ての部室棟の一室。
天文地球同好会のソファの前で正座をさせられている。
星見というのは俺の苗字。
親から名付けられた立派な名前だ。
名付けた意味は特にないらしい。
フィーリングとのことだ。
「いや、たしかに暑い中アイスを買ってきてと頼んだのはわたしなんだけどさ。どうして、こんなにでろでろになっているのかな?徒歩十分くらいの距離だよね?なんで倍以上時間がかかっているのか説明してほしいな」
時空でも歪んだのかしら。
なんて、正座する俺の前で呆れ顔を浮かべている女性は
同じ大学、同じサークルの一つ上の先輩である。
面倒見のいい、頼れる憧れの存在。
そして、容姿において一二を争っているもう片方と言っておこう。
「その、いろいろとイレギュラーが」
「イレギュラーねぇ。じゃあ、聞かせてもらおうかな。それが本当に避けようのないものだったのか。それとも、ただ星見くんがいつもの悪い癖を存分に発揮しただけなのか」
行く道すべての信号機に引っかかり。
二回の宗教勧誘と格闘したのち、
困っているご老人の手助けをしただけだ。
特におかしなことはしていない。
「あのねぇ、百歩譲っておばあちゃんを手伝ってあげたのは仕方ないとして。宗教勧誘はなんとかなると思うよ?なんでわざわざ丁寧に相手をするのさ」
「や、それはやつらが変な事ばかり言うから」
「アレはそういう人を狙う商売なんだから、まともに相手したら思うツボじゃないか」
俺だってまともに相手をしたいわけじゃない。
ただ、どれだけ断ってもしつこく付いてくるのだ。
話の内容も論理性の欠片もないし、腹立たしい限りである。
「だから、無視すればいいんだよ。目を合わせずにその場を立ち去る。見えてないふりをするだけで万事解決なんだから」
彼女は何度目かのため息をつく。
こうやって、呆れられるのもしばしば。
二人しか部員のいないこのサークルの日常風景である。
「でも、それだけじゃないだろう?」
「へ?」
「他にも何か隠してるでしょ?言いなよ」
―――相変わらず鋭い。
別に隠していたわけじゃない。
ほんの少し足を止めただけだから、
アイスが溶ける要因とは無関係だと思っていただけ。
だから、大したことではないと彼女に伝えたのだが。
「ふーん、それ一目惚れじゃない?」
「は?」
何を言いだすのかと思えば。
驚いてあごが外れるところだったじゃないか。
「だって、気になるんでしょ?」
「いやいやいや、別に。容姿が良いなって思っただけで、それ以上でも以下でもないですって。それに、好きとか惚れるとかピンとこないっていうか」
「あぁ、ガキだもんね」
「辛辣!」
なんだかひどい言われようだ。
いったい俺が何をしたっていうのだろうか。
―――。
でも、実際のところ。
恋愛感情っていうのがよくわかっていない俺はガキなんだろう。
感情が欠落しているとまでは言わないが。
そういったものが必要だとはまるで思えないのだ。
これまでの十九年間ずっと。
「まぁ、いいや。時間までもう少しあるし、部室の整理でもしよう?」
時間というのは皆既日食のこと。
ニュースで見た情報的に、あと一時間ほどだろうか。
彼女は薄手のジャージの袖をまくり、
でろでろのアイスを冷凍庫に叩き込むとこちらに向き直って微笑んだ。
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