初恋タイムリーパー

阿沙木

1章 盛夏の始発点

1-1

 大学近くのコンビニから一歩足を踏み出せば、

 灼熱と表現するにふさわしい熱気がどっと押し寄せてきた。

 過剰なまでにエアコンの効いた環境にいたのはたったの数分。

 にもかかわらず、どうやらその涼しさに俺の身体は慣れてしまったらしい。

 だらだらと吹き出す汗によって湿ったシャツに不快感を覚えつつ。

 ビニール袋に詰め込まれた補給物資を届けるため足早に歩を進める。


「―――あっちいな」


 目を細めて天を見上げれば、

 主張の激しい太陽が網膜を焼き切らんばかりに輝いている。

 ウィンウィンと耳につくセミの声に抱く苛立ちという感情は、

 きっとこの国のすべての人間から共感を得られることだろう。

 何が言いたいかと言うと。

 大学生になって二回目の夏がやってきたということだ。


 本日、七月二十二日水曜日。

 試験期間直前の執行猶予期間である。

 あと数日もすれば、不真面目な学生たちはみな罪に問われることだろう。

 勉強不足、怠惰という名の罪である。

 まぁ、そんな些細なことはさておいて。

 本日は特別な日らしい。

 らしい、というのはあくまで人から聞いただけだからだ。

 

 ―――皆既日食。

 太陽と地球の間に月が入り一直線に並ぶとき、

 太陽が完全に月によって隠されてしまう現象。

 地球のある場所で観測できる機会が訪れるのは平均して三百六十六年に一度だそうだ。

 随分と壮大じゃないか。


「わ、すみません!」


「うおっ」


 曲がり角。

 ふいに正面から勢いよく出てきた人影におもわずよろめいてしまった。

 態勢を整え視線を合わせてみれば、たたらを踏む少女の姿。

 オーバーサイズの白シャツからのぞく細長い脚。

 なにも履いていないように見えるが。

 おそらく、膝上丈のデニムパンツかなにかを履いているのだろう。

 ワンポイントのロゴが入ったキャップから肩にかけて伸びる綺麗な黒髪になんとなく目を奪われた。


「ごめんなさい!バイトに遅刻しそうで急いでて」


「いや、気にしないでくれ。俺も前方不注意だったし」


 前に進みたそうな、謝りたそうな。

 その場でジョギングを続ける彼女に向かって手のひらを向ける。

 気にせず職場に向かってくれたまえというサインだ。


「あ、えっと!私、この先の喫茶店で働いてます!」


「え?あぁ、そうか」


 彼女はそれだけ言い残して走り去ってしまった。

 働いているから何なのだろう。

 何かサービスをしてくれるのか。

 それともただの客引きか。


「何だったんだ?」


 帽子のつばからのぞく容姿を思い出す。

 整った顔立ち、をしていたと思う。

 今まで見て来た中でも一二を争うレベルで。

 普段、あまり人に見惚れることはない。

 童貞の分際ではあるのだが、

 生意気にも美人は見慣れているのだ。

 ちょっとした偶然。

 たまたまの縁というやつだ。


「やベッ!こんなところで突っ立ってる場合じゃなかった!」


 少しの間。

 間抜け面を晒していた俺は補給物資の存在を思い出し。

 早足にその場を後にした。


 これが、大月文おおつきあやとの初めての出会い。

 長い長い夏休みの始まりだった


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