起きて、朝

葛籠澄乃

6時03分

 眠るばあちゃんの手を、俺は握る。数日前まであんなに元気だったのに。


 日は今日も遠慮なく昇ってきている。窓から差し込むのは光ではなく影。皺が刻まれ、血管の浮いた分厚い手のひらを、俺は左手で握る。右手で甲を撫でる。


 俺が風邪を引いた時、ばあちゃんはいつもこうしてくれてた。大丈夫、ばあちゃん、ここにいるからね。おまじないのように言われていた言葉を、俺はずっと繰り返していた。


 6時03分。いつもこの時間に俺は起きて、ばあちゃんの作った朝飯を平らげに行く。俺好みの甘い卵焼きがあって、炊き立ての白米が置いてあって、具沢山の味噌汁がある。でも、今日からはもうそれがない。


 仕事を休んだ働き盛りの母さんが、料理を作ってきた。不恰好な形のしおむすび。食べられそうだったら食べて。とのこと。ばあちゃんの飯には敵わないけど、俺はそれをひとくち。あまりにもしょっぱくて、俺はそれが悲しくて泣いた。不味いわけじゃない。俺が始めてばあちゃんに作ったしおむすびも、このくらいしょっぱかったのを思い出した。ばあちゃんは笑顔で、おいしい、おいしい、ありがとうね。と、ゆっくり頬張ってくれたのだ。


 ばあちゃん。俺、あなたほどの素敵な女性はいないと思う。俺、ばあちゃんの飯ないと腹がたまらない。もう一回、作ってくれない? 無理でも、作り方だけ教えてほしい。


 日が昇ってきた。部屋にようやく光が差し込んでくる。


 俺はばあちゃんの手を握る。ばあちゃん。


 起きて。


 おきて、あさだってさ。

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起きて、朝 葛籠澄乃 @yuruo329

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