第45話 神業

〈sideルーク〉




『もう一人いた冒険者のほうは無事っぽいね』




 なんでそんなことが分かるんですかね……。フィーアがつぶやいたその言葉に僕は突っ込む。無事であってほしいとは思っているが、無事だと断定できるとは思えない。




『彼女の武器には血がかなりついているけど、大きな傷を与えた様子ないからね』




 人を刺し殺せば、武器には血だけでなく肉片なども付着するってこと?それは、時間がたてば落ちるのでは?




『まだ、彼女の武器からは血が滴ってるでしょ。切りたての武器ってことだよ』




 その言い方はどうなのよ……。まあ、だとすれば彼女を何とかした後にそっちに向かえばよさそうだな。




『それでいいと思うよー。致命傷は受けていないだろうからね。まあ、三日三晩戦い続けたら別だけど』




 神話の勇者対魔王じゃないんだから、流石にそんなにかからないでしょ。




『勇者と魔王でもタイマンでの勝負なら一日以上かかってないだろうけど』




 そりゃまあ、物語だからな。


 それはそうと、僕もそろそろ動いたほうがいいか。フィールがタイミングを示してくれるまで棒立ちってわけにもいかないだろうし。




『アップくらいしかすることないでしょー。君は隠れて不意を突く役なんだから』




 あの戦いの中に突っ込んでいったら、ただただフィールの足を引っ張るだけだからできることもないんだけどね……。やはり、直接の戦闘だとフィールには敵わないからな……。




『君の才能はせいぜいかけら一つ分くらいだからね。まあ、別ベクトルならそれ以上の才能があると思うけど』




 かけら一つ分って相当な力なんだけどな……。フィールがあまりにも規格外すぎて霞むんだろうな。




『っと、そろそろ、君が合わせるべきタイミングなんじゃない?』




 フィールと女性冒険者の戦いは一方的なものだった。それこそ僕らがのんびり雑談できるくらいには。


 そして、僕も地を蹴りその戦いの場に近づく。




「いいタイミングですね」




 昔と違ってフィールの動きも目で追えるし、それに合わせるくらいはできる。リンクの副作用で多少の動きは読めるし、タイミングくらいは分かる。




『ふつうは合わせられない気がするんだけど』




 フィーアのつぶやきを聞き流しつつ、僕はフィールの正面、女性冒険者の死角に入り込む。




「3」




 フィールが僕に聞こえる程度の音量で声を発する。確かに、今の冒険者には意識がないみたいだし、分かりやすくカウントダウンすればいいのか。僕としても合わせやすくて助かる。




「2」




 冒険者との距離を詰め、空間収納から剣を取り出す。兎角、薄さだけを求めた剣。普通に使えば、すぐに折れてしまうだろう。




「1」




 その声とともに、僕はその剣を上に掲げる。


 冒険者のほうに剣の影が差し、僕の存在に気づかれる。が、すでにフィールの準備は終わっている。




「0」




 冒険者の周囲から光の鎖が現れ、冒険者を縛り付ける。


 目を細め、冒険者を観察する。感覚で彼女をとらえる。




「見えた」




 僕はそう一言つぶやいて、剣を振り下ろす。




「……何をしたんですか?」




 剣は何の抵抗もなく、振り下ろされ、そして。


 後に残ったのは、倒れた冒険者の姿と。……そして、光を放つかけらだけだった。




『意味わかんないよね。切っているのに何も切られてない。私もそんな反応したよー』






〈sideフィール〉




「0」




 私のその声に合わせてマスターは剣を振り下ろした。ここまで私はとどめを刺すだけだと思っていた。けれど……。


 その剣は確実に、冒険者の脳天に振り下ろされた。鎖の拘束から逃れることなんてできずに、剣が突き立てられる。そのはずだった。


 しかし、剣はまるでそこに何もなかったかのように進む。魔力的なものは全く感じない。簡単に折れてしまいそうなその剣は何もない場所に振り下ろされるかのようにまっすぐと、地へと向かう。




 ……そして、冒険者は倒れ、私の一部と思われるかけらが地面に転がっていた。




「……何をしたんですか?」




 冒険者に目を向けると、私と戦っていたときについた傷以外には傷はなかった。そして、何より不可解だったのは、彼女はまだ息があったということだ。


 私の一部を取り込むということは、言ってしまえば魂と力をつなげるような行為である。一度取り込んでしまえば私の一部と命は同一のものになると言ってもいい。だから、殺さずに取り出す、それはできるようなものではない。


 ……そういうことですか。


 そこまで思考して私はようやく理解した。マスターの本当の才能。


 それは、心への感受性。とでもいえばいいだろうか。物語で感情移入するとかそんな次元の話じゃない。私たちがリンクと呼んでいる技だってそうだ。あれは、私とマスターの心をリンクさせるもの。今回はそれを相手に行った。魂レベルで同調して、私の一部と魂の境を切り裂いた。


 ……めちゃくちゃな技だ。魂なんて視認できるようなものでもなければ、物質として存在するのかも不明だ。だというのに、マスターはそれを切り裂いた。私にはできない。いや、できるはずもない。私は力に任せて戦っているスタイルだ。その力の大きさが規格外というレベルなだけで。


 しかし、マスターは違う。力とかではなく、技、とまとめていいのだろうか。そうだ。言うならば、まさに神の所業、神業だ。


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