第42話 恋人

〈sideルーク〉




「何度もダンジョンに入るとこの景色にも飽きてくるね」




「……まあ、空間そのものを変えているわけではないですからね。どのダンジョンも景色は地下のままですよ」




 僕は近寄ってきた魔物を切り裂きながら、フィールと雑談する。フィールと出会う前だったら、向かい合えば決死の覚悟をもって挑まなければならない相手だ。僕もかなり強くなったってことだろうな。


 フィールと出会ってから数か月しかたっていないだろうが、かなり僕の戦闘能力はかなり大きく向上していた。それでもなお、フィールには及ばないけど……。




「……フィールなら景色を変えられる?」




「変えられますよ」




「……やっぱり」




 予想通りというべきか、フィールがダンジョンを作るなら景色を変えることくらいはできるらしい。


 そんなことを話しながら歩いていると……。




「……人が近くにいますね」




 フィールがそう言って足を止めた。




「敵意とかはなさそうですね」




「それならとりあえず警戒する必要はないね」




 まあ、出会った瞬間に攻撃される可能性も……。と一瞬考えたけど、そんなことはないか。前回は偶然にもあの、僕らに敵対の意志を持っていた貴族の男にあっただけで、確率としては人と会ったからと言って対立する可能性のほうが低い。




「どうしますか?隠れます?」




「そこまでしなくてもいいでしょ」




 わざわざ人がいるからと言って隠れる必要はないだろう。まあ、僕はフィールと出会う前殺されたはずの人間なのだけど、まあそれを理由に隠れるってのも変な話だし。




「まあ、でしょうね」




 というか、フィールはなぜ隠れるかと聞いてきたんだろう。




『前回のパターンがあるからね。あの子自身、ダンジョンで人と会ったのは初めてだっただろうし』




 ああ、確かに。フィールは実力以外の点では知識だったりそういう面が足りていない。そんな中でダンジョンで会った初めての相手があんな男ならダンジョンで会う人間に警戒するのも納得できるか……。




「そろそろ、近づいてきますよ」




 フィールはそう言って警戒心を露にする。僕もフィールほどではないけど多少構える。




「ん?君たちは初めて見る人だね」




 前から現れた人はそう声をかけてきた。その言葉や彼の目線に敵意はない。




「別の街から来たもので……」




「おお、そうなのか。これからよろしくな」




 現れたのは男女二人組だった。二人だけで探索するのは珍しいな……。僕とフィールが言えたことではないかもしれないが、ダンジョンに立った二人で潜るというのはかなり珍しい。片方が崩れればそのフォローがあまりにも大変すぎるからだ。それに、人手も足りない。そもそも僕らのように日帰りでダンジョンに行くというのは冒険者になってすぐくらいで、ある程度慣れてくるとダンジョンでの寝泊まりが基本になる。その時に見張りやら料理やら、そんなことをしていたら二人ではさすがに人が足りなくなってくるものだ。




「二人で探索しているんですか?」




「そうそう。君たちも一緒でしょ?」




 まあ、僕らも二人だけど、それはフィールがいるからできていると言っても過言ではない。




「割と私たちは強いし、料理とかも得意だからね。それに二人のほうが気が楽だし」




「僕たちもそんな感じです」




 フィールの規格外さは伝える必要はないだろう。珍しいとはいえ、二人組の冒険者はいるし、要領よくこなせばダンジョンでの寝泊まりはできないわけではない。怪しまれるほどではないだろう。




『そもそも、あの子の能力を隠す必要があるのかは疑問だけどね』




『戦闘能力だけならまだしも、魔法が珍しすぎるんだよ。いろいろ探られかねない』




 あの魔法一つでも漏れたら研究者が殺到してくるだろうし、そんなことになったらダンジョン巡りなんて到底できないだろう。




「でしょうねー。君たちも恋人?若いねぇ」




「……いやいや、そういう関係じゃないですよ!」




 フィールは可愛いし、性格もいいのでそういう関係になりたくないわけではないけど……。




「ですね。そういう関係ではないです」




 フィールは淡々とそう告げる。全く感情を感じられないし脈はないんだろうな。




『私はどう?』




『フィーアは僕の人格でしょ!』




 フィーアと恋愛をするのはちょっと……いや、完全に痛い人になってしまう。




「恋人でパーティーを組んでるんですね」




 これは本当に珍しいパターンだ。いや、そういう関係があるパーティーメンバーもいないわけではないけど、信頼をもって関係を作っている人はかなり少ない。仮にできたとしてもすぐに別れてしまう。ダンジョンで一緒に過ごすということで、自分をさらけ出す機会があまりにも多いのだ。だから、それに幻滅してしまって別れるカップルが多い。




「私たちは相性がいいみたいでね。喧嘩しないわけじゃないけど、相当愛し合えてるの」




 そう言って、ふふっと笑う女性。だいぶ仲は良好のようだ。……僕は男性のほうに目を向ける。すると、顔を赤らめて背けている姿。まあ、こんなこと言われたらね……。




「私と彼はね……」




 女性がさらに話をしようとした瞬間。




「そこまで言わないで!」




 男性が勇気を振り絞るように、そんな声を上げた。うん。このままいくと僕らが惚気話を聞かされそうだったからナイス!




「えぇ?あ、そっか、二人だけの秘密にしたいってこと?」




 そう言って女性は男性を抱き寄せる。そして、その口にキスを落とす。




「……あの、見えないんですけど」




 フィールからそんな抗議の声が聞こえてきた。僕が彼女の眼をふさいでいた。……多分、フィールにはこの手の知識はないだろうし、見せるのは避けたほうがいい気がする。




『……まあ、それが正解かな?もしかすると友好の証的に捉えられるかもだし』




 そう捉えられると僕にキスされるかもしれない。さすがにそんなことをされたら理性が持たないし、かと言って僕が説明できるとは思えない。




「ちょっ!離し……」




 そんな声を上げながら沈んでいく男性。ご冥福をお祈りします。


 きっと彼は将来、尻に敷かれるタイプなんだろうな……。そんな二人の様子に僕はそんなことを思うのだった。




「あの、そろそろ離してください」




 フィールがそんな声を上げるのを無視しながら。

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