第40話 感情

〈sideルーク〉




「まあ、行かないってことならいいよ」




 まあ、ここまでフィーアに止められたら行かないほうがいいのだろう。フィーアは僕の中の人間なのだから、僕が行かない方がいいって思ってるってことだろうし。




「そうそう。君の深層心理では君の⋯⋯には行かないほうがいいって言ってるの」




「そこまで知ってるんだね⋯⋯」




 まあ、彼女は僕なのだから知っていて当然ではあるのだろうけど。




「私が君って表現はいやだなぁ」




 フィーアが僕の心を読んでそうぼやいているが、事実そうなのだから仕方ないだろう。




「まあ、ここが君の心の中ならここにいるのは本来君だけのはずだしね」




「⋯⋯フィーアはどうやって生まれたの?」




「ミステリアスな女の子のほうがモテるんだよ?分かってないなぁ」




 いや、僕の中にある人格にモテるも何もないだろうに⋯⋯。




「まあまあ、その辺は適当にさ」




「はぁ⋯⋯。適当に納得しておくよ」




「それでよし!!」




 相変わらず大雑把な少女である。




「よーし!今日はハードモードだね!」




 自分への悪口には敏感である。






 それから、僕は目を覚ました。




「おはようございます」




 目覚めた僕にフィールが挨拶してきた。⋯⋯全く、フィーアと比べて優しさにあふれた行動である。というか、容姿は全く一緒なのにフィールとフィーアは性格が違いすぎて、違和感がある。もちろん、フィーアのほうに。


 ⋯⋯あまりこういうことを考えていると深夜の特訓がスパルタモードになってしまう。気をつけねば。




「そういえば、体と腕を集めたけど記憶に変化はないの?」




「そうですね⋯⋯。記憶はよみがえっていないですね」




「そっか⋯⋯」




 あと、まわっていないダンジョンは二つと、折り返し地点まで来たのに記憶がよみがえる予兆はなしか⋯⋯。フィーアの言葉から推測するに、崩壊したダンジョンにもあるなら、あと三つだけど。まあ、こうなると、どこかに記憶単体で封印されているのかもしれないな。


 早めに記憶に関しては取り戻せてほしい。自分が何者かも分からないままに生きるってことはかなりしんどいだろうし⋯⋯。




「記憶がないことがつらいとかはないので気にしなくてもいいですよ」




 僕の心を読んだかのように反応されるものだから少し動揺してしまう。ただ態度に出ていたのだろうけど、フィーアがいつも心を読んだ発言をしてくるので、本当に心を読まれたのではと錯覚してしまう。




「今までのことを忘れていても、私が私だと実感できるようになったので」




「⋯⋯どういうこと?」




「私は、フィールでほかの誰でもないってことですよ」




 そうか⋯⋯。フィールは今までの記憶がなくともフィールはフィールだと思えるようになったのか。記憶がなくても、自分というものを忘れたわけではない。だから、フィールは大丈夫だと言っているのだろう。




「そっか。それは良かった」




 僕の心配は無用なものだったのだろう。悪い意味ではなく、むしろ良い意味で。




「いまだに、感情とかそういうものにはなれませんけどね」




「そのうち、分かるようになるよ」




 感情、フィールは基本表に出さないので初めは存在しないと思っていたけど⋯⋯。


 こう言ったけど、僕にも感情が何なのか、具体的にはわからない。だから、気が付けば身についているようなものなのか、人間元来の機能として備わっているのか分からないけど、フィールを見ていると前者のように身についていくようなもののような気がする。




「そう思うようにします」




 フィールはそう言って、少し微笑んだような気がした。








 あれから、一か月以上が経った。




「⋯⋯快適な旅路だった」




 そう、ほとんどフィールのおかげだがとても快適な旅だった。深夜のフィーアのしごきはしんどいものが多かったが大変だと感じたのはそのくらいで、フィールの魔法講義や実践はそれと比べると天と地ほどの差があり、とにかく優しかった。


 衣食住はフィールとフィールから教わった魔法で服はきれいに保てるし、食材も集まるし⋯⋯なんだったら食料となる魔物は向こうからやってきていた。家も立派なものはないが椅子とテーブルが空間収納に入っているし、フィールが異空間を作ることもできるので全く不便はなかった。雨が降ってきても屋根を張るか、異空間に入ってしまえば問題なかったし。


 そうして、僕らは次の街、レグルの目の前まで来ていた。




「予想では数か月はかかるはずなんだけど」




 フィールのスピードを加味してもその程度かかると思っていたが、一か月と少し程度でたどり着いてしまった。




「街道からは逸れてまっすぐ来ましたからね」




 そう。早く街に行こうと街道を辿るのではなく、森の中を突っ切ってこの町までやってきた。フィールがいればどんな道だろうと大差はない。むしろ、フィールの規格外な能力が外に漏れないのでメリットしかなかった。




「街道作る時、もう少しまっすぐ作ろうとは思わなかったのかな」




 道がグネグネとしすぎである。あれでは本来の数倍の距離があるのは当然だろう。




「馬車の轍とかをたどって作ると思うので、木のない道を選んだ結果ああなったのでは?」




「まあ、そうなんだろうけどね⋯⋯」




 森を突っ切る道を一度通ってみると、どれだけ遠回りしている道なんだと思ってしまう。そして、僕らが空間収納だとかで荷物がほとんどないからああいった、森の中を通れたのであって、荷物をもって森の中を進むと木などに引っかかって進みずらいことこの上ないだろう。




「まあ、この辺りは僕らにはどうしようもないか」




 ⋯⋯やろうと思えばフィールが一夜くらいで道を切り開いてくれそうだけど。


 やってもらおうとは思わないけど。


 まあ、僕らは何事もなくレグルの街にたどり着いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る