第35話 世界最強の実力

〈sideルーク〉




 少女が地を蹴った瞬間、彼女の姿が僕の前に現れる。




「はやっ!」




 目で追うこともできなかった。動き出したと同時に、僕の目の前にまで接近してきている。




「早くはないよ」




 彼女はそう言って、僕に拳を突き出す。それを避けることもできずに僕は地面を転がる。




「うっ⋯⋯」




 現実ではないってのに、じくじくと殴られた部分が痛む。




「まだまだ行くよ」




 少女がそう告げた瞬間、また彼女の姿が消える。


 どこだ?


 先ほどのように目の前にいるわけではない。




「っ!」




 後ろから迫る少女の攻撃をぎりぎりで回避する。


 が、間を置かずフィーアは回避した後の僕の懐に潜り込んで、再度攻撃を繰り出す。回避で体制が崩れていたこともあって、僕はそれを躱すことはできない。




「がはっ」




 その攻撃をもろに受けて、再度僕は地を転がってしまう。




「⋯⋯魔法も使っていくよ」




 フィーアはそう言って、手を掲げる。瞬間、周囲に魔法陣が浮かんでそれらが倒れたままの僕に殺到する。


 僕は地面に向かって魔法を放つ。




「へぇー、そうやって躱すんだ」




 僕は自分の放った魔法の反動で飛び、フィーアから放たれた魔法を回避する。




「でも、タイミングが少し早いかな」




 フィーアがそう言葉をこぼした瞬間、僕が躱したはずの魔法がその向きを変え、僕に向かって飛んでくる。




「⋯⋯さすがにずるくない?」




 僕はそんな言葉を残して、魔法に直撃する。数々の魔法は僕を消し炭にせんとばかりに押し寄せ、僕の意識は闇に飲まれるのだった。






 ⋯⋯。




「お、目が覚めた?」




 気が付けばフィーアが僕のことを覗き込むように見ていた。




「⋯⋯気絶したら目が覚めたりはしないのかぁ」




「まあ、君が気絶して、数分だからね」




 夢の中で気絶したら目が覚めるってベターな展開だと思うけどなぁ。




「というか、あの魔法は僕死んでいると思うんだけど?」




「死にはしないよ。この場所では死とか生とかないから」




「まあ、夢にはそんなものはないか」




 自分が死ぬ夢を見るとかも聞くし、夢の中で死んでも現実で死ぬわけもないか。




「死んでも生き返るし、魔法を使っても魔力消費はない。修行にはうってつけの場所だよ」




 それでも、あんまり死ぬ経験はしたくないものだけど。




「へぇ、死ってそんなにしんどいものなんだ」




「少なくとも心地よいものではないよ⋯⋯。というか心も読めるんだ」




「まあ、そういう場所だから。君も私の心を読めるようになるかも?」




「なぜ疑問形なのさ⋯⋯」




 多分、フィーアの言動も僕の想像なんだから読めて当然な気はするけど。




「まあまあ、気分ってやつだよ」




 気分で言っていることがあやふやになると困るんだけど。




「じゃあ、読めるようになるだろうってことで」




「雑だね⋯⋯」




「そういう性格なもんで」




 まあ、おおざっぱな性格ではあるんだろうけど。




「まあ、これから毎夜会うことになるんだし、少しずつお互いのことを知っていけばいいよ」




「毎夜って⋯⋯」




 毎晩、フィーアと話したり特訓したりすることになるのか⋯⋯。先ほどの戦闘がデフォルトなら、僕の精神が持つのだろうか?




「いやいや、さっきのはあくまでも君と同等の身体能力と魔法力でしかやってないからね?」




「同等とは思えないんだけど」




 さすがに、あれで僕と一緒の戦闘能力ではないでしょ。最近フィールの動きをみられるようになったのに、フィーアの動きは完全に見えなかったし。




「あくまでも私のは技術ですー。視線誘導して逆方向に動けば割と人間の目は騙せるからねぇ」




 いやまあ、フィールの攻撃よりは強くはなかったけど、スピードは異常だったような気が⋯⋯。




「はぁ⋯⋯。じゃあこれでどう」




 フィーアはゆっくりとした動作で体を傾けた後、僕の背後に回る。




「え?」




 一瞬で見失い、気づかないうちに後ろに回られていた。




「君の眼はいいけど、それだけ。視線を外してしまえば、目がよくても捕らえることはできないよ」




 本当に技術だけでやっていたのか⋯⋯。なんだか、納得できないけど、理解はできた。




「そういう技術を身に着けろと」




「いや?別の技術でもいいし、雑談するだけでもいいよ?」




「だったら、殺さなくても⋯⋯」




「それじゃ、きっと満足できないでしょ?あの子に並びたてるくらいの実力が欲しいなら。殺すくらいでいかないと足りない、そうでしょ?」




 確かに、それはそうだ。僕がフィールと同等まではいかなくとも、足手まといにはならないためには、死んでもいいくらいの覚悟で力をつけるしかないだろう。




「そうそう。まああの子に実力で勝つっていうのは厳しいだろうけどね⋯⋯。君ならある程度はついていけるはずだよ」




 やっぱりフィールは規格外の実力ってことなのか⋯⋯。




「そうそう。あの子は人間の範疇を優に超えている」




 人外みたいな言い方だな⋯⋯。




「人外かぁ。案外そういうものなのかもね」




 実力という意味では確かに、人間という範疇は超えている。




「それ以外は案外、人だと思うけどね」




 フィールは確かに、異常な実力を持っている。けど案外、人間らしい感情もある。最初は全くそんなものは見せていないけど、時折、そういうものを感じていた。


 それを聞いたフィーアはなぜか、笑みを浮かべた。




「じゃあ、特訓を再開しよっか?さっきみたいな模擬戦でもいいし、君がやりたいことでもいいよ」




 フィーアは笑みを浮かべたまま、そう言い放つ。スパルタな師匠が増えたもんだなぁ。


 僕はそんなことを思いながら、戦闘へ思考を切り替えるのだった。




「スパルタって言うなら、本気で行くよ?」




 フィーアは笑みのまま、そう言い放つ。目は笑っていなかった。多分、僕は死ぬんだろうなぁ。


 と僕は未来に思いを向けるのだった。






〈side⋯⋯〉




 彼が去った後で私は、周囲を見回す。




「全く壊れてないんだね」




 割と本気で暴れたのだけど、この空間は全くの無傷だった。


 ⋯⋯まあ、どうでもいいのだけど。




「にしても、そっか、私は⋯⋯なんだろうね」




 先ほどの彼との会話で確信した。もう私という存在は⋯⋯のだと。まあ、全く後悔しているわけではないけど。


 せめて、これだけは祈っていようか。彼女が幸せになれますようにと⋯⋯。


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