第34話 世界最強
〈sideルーク〉
僕の声にフィールはちらりとこちらに視線を向けた。戦線離脱ができる余裕はなさそうだ。
「合わせて!」
ぶっつけ本番にはなるけど、やってみるしかないだろう。
僕はそう声を上げて、魔力を放つのだった。
〈sideフィール〉
マスターからかけられた声に私は目を向ける。今は返事をする余裕もない。周囲の鉄塊を魔力で押さえつけつつ戦っているからか、思考をこれ以上割くことができなかった。
「合わせて!」
と声がかかった瞬間、私の体に何かが入ってくる感覚があった。
なるほど。これに合わせろってことか⋯⋯。私の体を操って動かす、あの男の魔法から思いついたのでしょうけど、これは操るだけではない。私の意識とマスターの意識が混ざり合っているような感覚。この状態ならマスターが動かす体に合わせることもできる。それに、体の主導権が奪われたわけではないので、私の意志でも動かすことはできる。とりあえず、今はあの鉄塊や魔法のほうに集中し、体のほうはマスターに動かしてもらうことにしましょう。
そう考えて私は体を預ける。
なんでこんなことができると思ったのかも分からないし、やろうと思ってできることではない。まあ、できてしまっているのだけど。
「分かりました」
私は、そう答えて意識を集中させる。マスターが私の体に干渉して、動かす。だったら私は、その動きに合わせて鉄塊を押さえつければいい。確かにこの方法なら意識を一つに集中させることができる。
「なっ!」
私の動きが急に変わったからか、目の前の男に動揺が浮かぶ。
「⋯⋯こういうこともできるんですね」
私は小声でそんなことをつぶやきつつ、その男に向けて魔法を放つ。私の体が剣を振ると同時にその魔法は命中する。意識がつながっているということは攻撃のタイミングも分かる。だから、マスターの意識に合わせて、攻撃を当てればよい。
完全に形勢はこちら側に傾いた。だったら、一気にとどめを刺してしまいましょうか。
〈sideルーク〉
フィールの体と僕の意識をつなぐ。すると、フィールの見ている景色が頭に入ってくる。視点が二つあるという感覚。そして、フィールの思考もなんとなくだけど伝わってくる。
僕とフィールの意識がリンクすると言ったらいいだろう。
さて、ここからフィールと僕の体同時に動かさないといけない。フィールは僕のしたことを理解したようで、完全に体を預けてくれている。
二つの体を同時に動かすことはそこまで負担があるわけではなかった。フィールも、鉄塊を押さえるだけではなく、魔法での追撃での援護をしてくれている。この調子なら押し切ることもできるだろう。
僕とフィールで、男を追い詰めていく。僕が剣で攻撃し、フィールが魔法を放つ。
「このまま長期戦をするつもりか?」
男が僕らに向かってそう声を出す。じりじりと男を追い詰めることはできているが、男も負けず致命的な攻撃は受けないように立ちまわっていた。
「そうですね」
確かにこのまま続けるだけでも男を倒すことはできるだろう。現状、男は致命傷を避けるだけで精一杯だ。
「は⋯⋯?」
男は自分に突き立てられたナイフを見てそう言葉をこぼす。
「余裕がなくなると視野が狭くなるって言うからね」
僕が突き立てたナイフを引き抜き、男は崩れ落ちる。あのまま続けても勝てはしただろうけど、僕が狙われてしまえば一気に戦況はひっくり返る。フィールと相対しながら僕を狙うことは難しいだろうけど、不可能ではない。だから、それに気づかれる前に決着をつけてしまいたかった。
僕とフィールは、あの男を僕の近くかつ、僕の死角となる位置に誘導した。あの男に気づかれないように接近して、心臓を一突きする。
「僕たちの勝ちだ」
僕はその男にナイフを突きつけ宣言する。その言葉を聞いてか、男は辛うじて僕らに向けていた目を伏せ、そのまま崩れ落ちた。おそらく、死んだのだろう。
フィールがその男に歩み寄って、その体に手を突き立てる。今更だけど、人の体を手刀で貫通できるんだね。
「今回は腕みたいですね」
男の体の中から、光っている球を取り出して、それを取り込む。
「腕って両腕?」
「そうです」
封印されるにしても右左分けていないのは謎だなぁ⋯⋯。
「⋯⋯そろそろ、これ切ってくれませんか?」
フィールにそう言われて思い出す。先ほどの戦いでフィールの体と僕の意識をリンクさせたままだった。僕からすれば、フィールの考えが多少伝わってくる程度だけど、フィールは体を僕とフィールで共有しているから変な感覚だろうな。
「だね⋯⋯」
僕がリンクを解除した瞬間、僕の意識は闇に落ちるのだった。
⋯⋯そうして僕は目を覚ました。
「フィール?」
辺りは闇、そして僕の目の前にはフィールの姿があった。
「君の言うフィールとは別人だよ」
目の前の少女はまごうことなきフィールの姿だが、そう口にする。
「そうだね⋯⋯。彼女の姿を借りているだけと思ってもらえたら」
「なるほど。じゃあ、ここはどこ?」
この少女が何者なのかは気になるが、今はそれよりも状況確認のほうが優先だろう。
「君の深層意識の中だと思うよ。私にも詳しいことはわからないけど」
「深層意識?」
「心の中⋯⋯っていうか、夢の中っていうか、まあ少なくとも現実ではないってこと」
「夢の中ってことは、僕は気絶してる?」
「そう。死んではないから安心して」
少なくとも死後の世界ではないと。
「だったら、帰る方法はある?」
「多分そのうち目が覚めるんじゃないかな?」
「つまり、明晰夢的なものなんだね」
目が覚めるまでここに居ないといけないのかぁ。周囲には何もないし、暇だな。
「それで、君はどういう存在なの?」
「⋯⋯さあ?幽霊とか別人格とかじゃない?」
「なぜ投げやりなの」
はっきりしない物言いの少女に僕は軽くため息をつく。
「まあ、いいのいいの、気にしちゃ負けだよ」
「はぁ、じゃあなんて呼んだらいい?」
さすがに名前も知らないと不便なので僕はそう問いかける。
「んー、なんにしよっかな⋯⋯」
名前って悩むものだっけ?
「そうだなぁ、あの子の体を借りてるから名前も近くして、フィーアとかでいいよ」
「雑過ぎない?」
「まあ、私の名前なんてあっても意味ないしね」
名前に意味も何もない気がするけど⋯⋯。
「そうだなぁ、どうせここに居ても暇だろうし、君があの子とやってるように特訓でもする?」
「夢の中で特訓って意味あるの?」
「まあ、肉体的な成長はないだろうけどね、技術的には意味があるはずだよ」
まあ、暇ではあるから特訓できるというならしたほうがいいか。今回の戦いで技を身に着けたわけだけど、まだフィールと釣り合うとは言えない。
「分かった。やろう」
「りょーかい。言っとくけど私強いよ」
そうして一拍を置いて彼女は告げる。
「なんたって、世界最強だからね」
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