第25話 後味の悪い勝利

〈sideルーク〉




「これが最強だ!」




 先ほどまで圧倒していたフィールがダメージを受けたことで、貴族の男は笑っている。実際、僕という足手まといを抱えたフィールではあの冒険者に勝つことは難しいだろう。仮に僕がいないとしても、ぎりぎりの戦いだろうとフィールは言っている。




「⋯⋯マスター、本当に私の力を制御できると思いますか?」




 フィールは、冒険者から目を離さずに言葉をこぼす。確かに、フィールの力を完全に制御するというのはダンジョンの動力そのものを制御するということと等しい。人ひとりの力を制御するということとは規模が違うのだ。そんな力を制御できるのか。先ほどの騎士もおそらくフィールの力に耐えられずに意識を失っていたのだろう。それも、フィールの力すべてを使っていたわけではなく。




「出来ない可能性が高いと思う」




「私もそう思います。生まれた時から力を持ってでもいない限り、力をなじませることは難しいものです」




「⋯⋯時間稼ぎさえできればいいってこと?」




「それは何とも言えないです。異常な量の力を埋め込まれた人間は自爆するのか、暴走するのか」




 なるほど。だったら、あまり時間をかける余裕はないのか。




「どうした?私の研究成果との力の差に絶望でもしたのか?」




 男がそう声を上げた瞬間、轟音が響き渡る。同時に、貴族の男が吹き飛ばされる。




「⋯⋯」




 先ほどまで貴族の男がいた場所には女性冒険者が立っていた。フィールが言っていたのはこういうことか。貴族の男にフィールの力を取り込んだ相手は制御できないだろう。




「⋯⋯なぜ、だ」




 貴族の男は満身創痍の姿で立ち上がる。そこに、冒険者は接近して一瞬にして貴族の首はねじ切られる。


 地面にごろりと転がる貴族の男の首。首からはだらりと血が流れた。




「マスター、こちらに来ますよ」




 フィールからそう声をかけられて、我に返る。そして、眼前まで迫っていた冒険者の攻撃を間一髪で回避する。




「あぶなっ!」




 回避して直後にすぐに地を蹴り冒険者から距離をとる。冒険者は標的をフィールに切り替えるが、フィールはその攻撃をはじいて、冒険者に一撃入れる。そして、冒険者と僕らの距離は離れる。


 そして、フィールはその隙をついて離れていた僕との距離を詰める。




「⋯⋯手がしびれました」




 手をパタパタと振ってフィールはつぶやく。


 フィールにダメージを入れられるほどの攻撃。おそらく僕が受けたら死、だろう。かといって、僕への攻撃をフィールにすべて防いでもらうのは無理だろう。


 つまり、僕はフィールに頼らずに攻撃を避けないといけない。




「フィール、僕は自分で防ぐから攻撃に集中してもらっていい?」




 僕は冒険者からの攻撃を防ぐので精いっぱいだ。そんな僕をフィールがかばっていたら防戦一方となるだろう。幸いにも、冒険者の攻撃は集中してみれば動きは見える。耐えるだけならばなんとかできるだろう。




「⋯⋯分かりました」




 不服そうな様子だが、フィールはそう言葉を残して僕の前から姿を消した。




「⋯⋯」




 冒険者はすぐに体勢を立て直すと、地を蹴り僕らの前まで急接近する。




「⋯⋯っ!」




 仕掛けられる攻撃を僕は避けて、足払いをかけようとするが全く体制は崩れない。


 そんな状態の僕に、冒険者は攻撃を仕掛けようとする。そんな冒険者の横腹ににフィールが蹴りを叩きこんで、吹き飛ばされ僕らから離れる。




「⋯⋯」




 フィールは冒険者に追い打ちをかけるように、その後を追う。そして、フィールは冒険者にこぶしを叩きこむ。


 が、その一撃を冒険者は受け切って、フィールに向かってこぶしを叩きこむ。




「ぐっ!」




 フィールはその攻撃を腕をクロスさせて防ぐ。


 そして、フィールは地を蹴って冒険者から距離をとる。




「⋯⋯僕は見てることだけしかできないな」




 思わず僕はそう言葉をこぼす。僕には冒険者に攻撃を加える手段はないし、あの場所に突っ込んでいっても邪魔になるだけなのだろう。だからこそ、無力感に苛まれた。




「⋯⋯そんなことはないですよ」




 気づけばフィールは僕に向かってそんな言葉を返していた。そう言われて、はっと我に返った。




「⋯⋯だね」




 フィールに任せていれば何とかなる。そんな状況ばかりで感覚が麻痺していたのかもしれない。僕が今までやってきたことがあったじゃないか。唯一、フィールも認めた僕の特技。


 僕は、フィールの動きに意識を集中させる。フィールの一挙一動を読んで、それに合わせて最適に合わせる。今までは感覚でやっていたことを意識してやる。以前のバフを超えたバフ魔法を。






 ⋯⋯そして、フィールの動きが冒険者の動きを超える。今まで互角だった戦況は一気にフィールに傾く。




「⋯⋯さすがですね」




 フィールは一言そう呟いて、冒険者の攻撃をかわし、カウンターを叩きこむ。それに合わせてさらに僕は、フィールの攻撃にもう一段階、衝撃を与える。




「がっ⋯⋯」




 冒険者は初めて明確にダメージを受けたような反応を返す。その隙をついてフィールは冒険者の体を蹴り飛ばす。そのままフィールはその後を追って、地を蹴る。僕はそれに合わせて、フィールの動きをさらに加速させるのだった。






 そして、それからはフィールの一方的な蹂躙が続いた。冒険者はすでにぼろぼろの姿になっており、すぐに決着がつくだろう。しかし、僕がバフ魔法を切らしてしまうと状況は互角に戻る。だから、僕はフィールの動きに集中し続ける。




「マスター!」




 だから失敗した。フィールのほうに意識を向けすぎて、冒険者がこちらに矛先を変えたことへの反応が遅れた。追い詰められている状況になれば獲物を変えるという判断は可能性として考えられるだろうに、その可能性を意識していなかった。


 確かに現状の身体能力ではフィールが勝っている。だが、不意を突いて、僕に向かってきている冒険者を止めるのは間に合わないだろう。


 僕はとっさに回避行動をとろうとするが、間に合わない。目の前に迫る死の気配に思わず僕は目を閉じて⋯⋯。






 そして、冒険者はその動きを止めた。




「今、よ」




 冒険者は何かにこらえるように、そんな言葉を絞り出す。瞬間、その冒険者の体を何かが貫く。


 それをしたのはフィールで、この隙を逃してはいけないと考えたのだろう。




「ふふ、ありがと」




 崩れ落ちる冒険者はそう言葉を残して、地面に倒れこむ。


 勝った、それはその事実だけを映していたが、ひどく後味の悪いものなのだった。

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