第6話
葵はその後、翔に少しずつ自分の過去も語り始めた。彼女の両親は、無関心だった。
「お母さんが不倫して」
「それから……父が私のせいだって言い始めた。
お前がいるから、こんな家になったんだって。」
最初は怒鳴るだけだった。
けれど、そのうち手も出るようになった。
殴られるたびに、葵は心を閉ざしていった。
「痛かったけど……それ以上に、誰にも必要とされてない気がして、怖かった。」
「……トイレに閉じ込められたこともあった。
鍵をかけられて、丸一日……誰にも助けてもらえなかった。」
寒さと孤独に震えながら、ただじっと、朝が来るのを待つしかなかった。
空腹も、喉の渇きも、泣き疲れた声も、やがて何も感じなくなっていった。
「私、あのとき……心の中で、自分に言い聞かせてたんだ。
“私は大丈夫、私は大丈夫”って。」
それが、葵が強く生きるための最初の呪文だった。
翔は、何も言わず、ただ彼女の痛みを受け止めた。
葵は微笑みながら、涙を隠すように空を見上げた。
彼女の指先が、無意識に震えていた。
翔は、その手をそっと包み込んだ。
「葵……」
葵はかすかに笑って、涙をこぼした。
「だから、私は……ファンのみんなの“好きだよ”が、世界で一番うれしかったんだ。」
翔は黙って彼女の話を聞いていた。その言葉に込められた深い痛みが、胸に響いた。
「でも、今は違うよ。私は自分の力で生きていかなきゃいけない。だから、私、今は自分で稼いでるんだ。」
葵は翔に、何度も心の中で思っていたことを打ち明けた。
「私、優菜が結婚したら、その結婚式に参列したかったなぁって思う。妹が、幸せな人生を送ってほしいって、本当に思ってるんだ。今まで、私も優菜も辛い思いをいっぱいしてきたから。」
その言葉は、葵の中で最も大切な想いだった。妹・優菜(5)は、場面緘黙症という障害を持ちながらも、優衣を支える存在であり、葵の心の支えでもあった。
「優菜には、幸せになってほしい。私ができることは、最後まで彼女のそばにいて、笑顔を届けることだけなんだよ。」
「その気持ち、きっと優菜ちゃんにも届いてるよ。……俺が、彼女の未来を見届けるよ。だから、今だけは、葵が笑っていられるように、俺がそばにいる。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます