第4話
病院の屋上。翔の胸に顔をうずめたまま、葵の肩がかすかに震えていた。
「……せっかく……また会えたのに……」
小さな声だった。けれど、その言葉には、今まで葵が一人で抱え込んできた痛みと寂しさ、そして翔への想いがすべて込められていた。
「ずっと……ずっと、会いたかったよ……。子どものころみたいに、ただ一緒に笑って……くだらないことで喧嘩して……そういう日々が、また戻ってくるって思ってたのに……」
ポロポロと、涙が翔の白衣を濡らす。
「なのに、再会したと思ったら……こんな形なんて……」
翔は何も言わず、ただ彼女をそっと抱きしめた。
「……葵」
その声には、言葉では伝えきれないほどの想いがこもっていた。
「今からでも遅くない。俺たちは、これからだよ。病気も、運命も、俺が全部ぶっ壊してやるから……絶対に、お前を一人にはしない。」
葵は目を閉じた。翔の言葉が胸の奥深くに染み渡る。
「……ずるいなぁ、翔くん。そんなこと言われたら……生きたくなっちゃうじゃん……」
夜空には星が瞬き、ふたりの影を静かに照らしていた。
—
この夜を境に、葵の中にひとつの決意が芽生える。
「――私、歌う。最後まで、諦めない。翔くんが命を懸けて守ってくれるなら、私も……私の歌で、誰かの心を守りたい。」
やがて訪れる“最後のステージ”が、ただの別れではなく「祈り」と「希望」の場になることを、葵はまだ知らなかった
数日後、葵は翔を病院の庭に呼び出した。
春の夜風が、優しく二人の髪を揺らす。
「ねぇ、翔くん……私、お願いがあるの。」
葵は、どこかはにかんだような、それでいて覚悟を決めた顔で言った。
「私と、“疑似恋愛”してくれない?」
翔は一瞬、驚いて葵を見た。
「……疑似恋愛?」
「うん。本物みたいに……だけど、嘘でもいい。最後まで、私に“恋をしてるふり”をしてほしいの。」
葵は少し笑ってみせたけれど、その声はわずかに震えていた。
「だって、きっと私……これからもっと弱くなるから。泣いたり、怖がったり、きっとたくさん醜いところ見せちゃう。……そんなときに、“好きな人”が隣にいてくれたら、私、頑張れる気がするんだ。」
翔はぎゅっと拳を握った。
(なんで“ふり”なんだよ。本気で好きなのに……)
でも――葵の願いを、断る理由なんてなかった。
「……わかった。じゃあ、俺は今日から君に本気で恋してるふりをする。」
翔は、少し照れながら笑ってみせた。
葵の頬がほんのり赤く染まる。
「ありがとう、翔くん。」
二人の距離は、ほんの数センチだけ近づいた。
けれど、その「ふり」は、どこまでも本物に近く、どこまでも切なかった。
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