第2話

数日後――。


翔のもとに届いた検査結果に、彼の手が震える。


(……まさか)


検査画像には、正常ではない影。血液データにも説明のつかない異常があった。そしてその特徴は、彼が最近、都市でまれに目にしていた「花の病」の症例に酷似していた。



病院の屋上に立ち尽くす翔の心を、冷たい風がすり抜けていく。



その夜、葵はリハーサルを終えたあと、ひとり控え室に残っていた。鏡に映る自分の顔に、ふと手を当てる。


「……ごめんね、翔くん。あの頃みたいに弱音を吐けたら、どれだけ楽かな」


翔はいつも通り、冷静な眼差しで葵を見つめていた。彼女の顔に浮かぶ笑顔とその目の奥に隠された悲しみを感じ取ると、翔は心配でたまらなくなる。しかし、葵はそれを隠すかのように笑顔を見せ、言った。


「大丈夫です。私は大丈夫だから。ファンのために、私は笑顔でいなきゃならないんです。」


翔はその言葉に引っかかりを覚える。だが、あえて問い詰めることはせず、彼女の意志を尊重した。



葵の秘密:


数週間後、葵は翔に会いに病院を訪れる。あの時とは違い、彼女はどこか疲れきった様子だった。翔はすぐに彼女の異変に気づいた。


「葵?」


葵は一瞬、目を伏せる。そして、ようやく口を開いた。


「……あのね。」


小さく、震える声だった。翔は静かに頷き、彼女が言葉を続けるのを待った。


「……私、『花の病』にかかってるの。ずっと前から分かってた。でも、誰にも言ってない。言えなかったの。」


その瞬間、時間が止まったように感じた。病院の時計の針の音すら、遠くなる。



翔の声は冷静を装っていたが、その手はわずかに震えていた。


「……もう、ステージに立てるのも、あと数回……って、お医者さんには言われたよ。」


言葉を紡ぐたび、葵の目にうっすらと涙が浮かぶ。それでも彼女は笑った。いつものように、強がるように。


「でもね、私、最後まで歌いたいの。ファンのみんなの前で、ちゃんと笑っていたいの。」


「……死ぬかもしれないって分かってて、なおさら?」


「うん。だから、笑っていたいの。夢を見せるのが、アイドルの仕事でしょ?」


その笑顔が痛いほど眩しかった。翔は拳を握った。悔しかった。どうして彼女が、そんなに背負わなきゃいけないのか。


「だったら……俺が、何としてでも治療法を探す。奇跡でも何でも、絶対に見つけてみせる。」


「……ふふ、翔くんってほんとに変わらないね。昔から、一度決めたらまっすぐ突き進むんだから。」


「変わらないのはお互い様だよ。俺にとって、君はずっと……守りたい人だから。」


葵はその言葉に、一瞬だけ目を見開き、そっと微笑んだ。


「ありがとう、翔くん。……ほんとに、ありがとう。」



その瞬間、翔の心は痛んだ。彼女の強さ、そしてその背後に隠された痛みを知り、翔は心の中で誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る