辺境兵士のちっぽけな勇気

とくのつき

第1話 辺境兵士のちっぽけな勇気

俺はダイン。この街で兵士をしている。

今は街の四方にある門、その西門の警備中だ。


大陸西岸に位置する小さな街で、今俺のすぐ目の前には海が広がっている。もうすぐ雪が降る時期なこともあり、海風が肌を刺してくるのが非常につらい。


18歳で王立の兵士学校を卒業したのち、お国のためせっせと働いてきたのだが、昨年の冬にこんな大陸の端も端。いわゆる辺境に飛ばされてしまった。兵士としてはかれこれ5年。今年でもう23歳になった。


特に何かをやらかした覚えもないが、いったい何が悪かったのか。


この街で働き始めて早1年。気づいたことがある。この街はいたって平和だということだ。強盗もなく暴漢もいない。魔物だって滅多に襲ってこないし、きたとしてもスライム級の雑魚。俺たち兵士のすることといえば、酔っ払いの喧嘩の仲裁に入るぐらいだ。


「はぁ…」


色々と思い返すうち今後の人生に不安を覚え、思わずため息がもれる。


「どうしたダイン。ため息なんかついて」


心配した同僚のポルクが声を掛けてきた。ブロンドの短髪で、いわゆる気の良いバカだ。


「俺、このままでいいのかなぁーって」

「なんだなんだ?やぶからぼうに…」


ポルクは途中で、何かにハッと気づいた様子をみせる。


「ははーん…そうか、そういう事か」


どういうことだ?

謎の納得をみせたポルクは俺のことなどもはや置き去りである。


「久々に行くか、いつもの酒場に!」


         *


街の中央部。大通りメインストリートに面する俺たち行きつけの酒場。蜂蜜の園ハニーガーデン


「いらっしゃいませ…あ、ダインさん!また来てくれたんですね!」


元気な挨拶で迎えてくれたこのの名はリリィ。この酒場の看板娘だ。茶髪のツインテールに赤いリボン。なにより眩しい笑顔が特徴的である。歳は確か17そこらだったはず。俺より若いのにしっかりしている。


「リ、リリィちゃ〜ん。一応俺もいるのよ〜」


ボソッと消え入りそうな声でポルクが発言するも反応は返ってこない。並んで入店したのに何故なぜかいないことにされるポルク。かわいそうに。


「前回来店して下さってから結構経ってますよね。もう来てくれないかと思って、私寂しかったんですよ!」


満面の笑顔の次は上目遣いでこちらを見てくる。心臓に悪い可愛さだ。


「あ、ああ。悪かった。このところ忙しくってさ。いつもので頼むよ」


思わず素っ気なく答えてしまった。変に思われていなければいいのだが。


「はーい!お好きなお席へどうぞ!」


俺たちは目に入った空いてる席に適当に座った。


しばらくして。

ビールを片手につまみを囲んでいる最中さなか


「今日、んだろ」


ポルクが俺に言ってきた。


「何をだ?」


発言の意味がわからずたまらず問い返した。


「おいおいとぼけんなよ。警備してる時言ってたろ。このままでいいのかって」


ポルクが残ったビールを一気に飲み干し、続ける。


「リリィちゃんにアタックするんだろ?」


おいおい。的外れにも程があるぞポルクよ。

確かにリリィは可愛い。控えめに言って天使。結婚したい。

だがそんなの無理に決まってる。分かりきっているし、割り切っている。

予想外の答えに、俺は慌てて誤解を解こうと試みる。


「いや、あれは別にそういう意味じゃ…」


その瞬間。


「邪魔するぜー」


見慣れない男3人組が店に入ってきた。

向かって右に小太りのチビハゲ。

左にヒョロヒョロの緑モヒカン。

真ん中で堂々としてる筋肉質な茶髪ロン毛。

3人の第一印象はこんな感じだ。


腰に一振りの湾刀サーベルを帯剣した長髪の男が店内をジロジロと見回してこう言った。


「ち、しけた店だな」

「そうですねえ。ガレスのアニキ」


小太りのチビハゲが相槌を打つ。


「おいマスター!酒だ。一番上等なヤツを持ってこさせろ」


店内中央の丸テーブルにドスンッと腰掛けながら、ガレスと呼ばれる男は乱暴に言い放つ。


「たくッ、依頼でなきゃこんな辺境きてられるかっての」


冒険者なのだろう。ギルドの依頼を受け、この街の周辺まで来ていたといったところか。

やれやれ。こんな、な奴らでもやれるんだから冒険者ってほんと無法だよなぁ。


「おい、あいつら大丈夫かな」


そんな事を考えていると、ポルクが心配そうにたずねてくる。


「まぁ、多少言動は目立つがまだ何かしたって訳じゃない。このまま何も問題を起こさず帰ってくれることを期待しよう」


そうだ、まだ奴らはなんにも…。


「おいネーちゃん。コッチ来いよぉ」


緑色のモヒカン野郎が近くで給仕していたリリィを呼びつける。


「わたしは給仕の仕事がありますので…えへへ」


リリィが貼り付けたような笑顔で対応する。


「あん⁈ 俺たちとじゃあ酒が飲めないってか⁈」


やんわりと断られたモヒカンは、声を荒げてまくし立てた。


「こ、困りますお客様。店内でそのような大声を上げられては…」


気丈に振る舞ってはいるが、震える手が彼女の心境を物語っている。


「いいから、ここ座れよ!」


モヒカンがリリィの腕を強引に掴もうと手を伸ばした、その時。


「おい、嫌がってるだろ」


俺はその手を掴み、低い声音で告げた。


「ダインさん…」


咄嗟とっさだった。女の子が助けを求めていたのだ。いやそもそも、街の安全を守る兵士として当然の行いだ。断じて私情などではない。のはずだ。てか涙目のリリィもくそ可愛いな。


「んだテメェ⁈やんのか!!」


だが、まずいな。何も考えず席を飛び出してきてしまった。この後どうしよう。殴られるのかなぁ。


「おい待て。そいつの胸のバッジをよく見ろバカが」


鎧こそ着ていないが、制服に身を包んでいる俺の左胸には、王国の紋章が刻まれている。


「これはこれは兵士さん。すまんな、うちのバカが失礼した」


両手を挙げて、おどけたようにガレスは謝罪する。


「ああ、わかってくれればいい。お互い面倒ごとは避けたいだろう?」


俺とガレスの視線が交錯する。目線を少し下にやると首元に光る物が目に映った。にぶく輝く銀色の小さな板が、首から下げられている。


(シルバープレート!?こいつが銀等級シルバーだと⁈)


冒険者には銅等級ブロンズ銀等級シルバー金等級ゴールドの大きく3段階の階級があり、各々自身の階級と同色のペンダントをギルドより支給される。コイツはその真ん中の銀等級シルバーということことになる。ちなみに、王国兵士は一般に銅等級ブロンズ相当と言われている。


俺は密かに冷や汗をかきながら、ガレスを見つめ続ける。少しの間があって。


「…リリィ、もう向こうにいっていいぞ」

「え、でも…」

「いいから」


リリィはコクン、と頷いた。


「いいんですかい、アニキ?」


チビハゲがガレスに問う。


「いいんだよ。…それに、やりようはいくらでもある」


ガレスは小走りで奥にはけていくリリィを見つめ、邪悪な笑みを浮かべながら静かに呟いた。



「ほんっとうに、ありがとうございました!」

「いいのいいの、仕事だから」


結局、冒険者3人組が店を出るまで監視も兼ねて店に居続けた俺とポルク。その帰り際にリリィがわざわざ挨拶に来てくれた。なんか嬉しい。


「また絶対来てくださいね!うんとサービスしますから!絶対ですよー」

「はいはい、わかったよ」


営業トークと分かっていてもなお火力の高い彼女の笑顔に、自慢のポーカーフェイスも破顔寸前だ。


「またねーリリィちゅわーん」

「はーい、お休みなさーい!ダインさーん!」


またしても無視されるポルク。大丈夫お前。なんかしたの?



翌日。


朝陽あさひ、もといもう西に傾きかけている太陽の光で俺は目を覚ます。今日は非番のため昼過ぎまで寝ていた。ゆうべのお酒も相まってか体がだるい。


だが今日こそは買い出しに行かねば、我が家の食料がそこをついてしまう。重い体に鞭を打って、なんとか俺は出掛けることに成功した。


街の大通りメインストリートを北上すると市場がありやがて住宅地となる。買い物を終え、ぶらぶらと帰路につく中、ふと路地裏の方に目をやると、疾走する複数の人影を発見した。



「やめて下さい!離して!」

「うるせぇ、喋んな。殺すぞ」


リリィは両腕を頭の上でガレスに押さえられ、もう一方の腕で口を塞がれてしまった。


(おいおいマジかよ。リリィと昨日の3人組じゃねぇか)


路地の突き当たり。少し開けた場所にいる4人を、俺は物陰から見ている。


「コイツは上玉だ。奴隷商に売ればかなりの値がつく」


(奴隷だと⁈噂には聞いていたがやはり裏では横行しているのか)


いまだ蔓延はびる世界の闇を思うもつかの間。


「ギルドの依頼もしょぼ過ぎて大した金にもなんなそうなんでな。てめぇにはわりぃーがちょいとついてきてくれや」


このままではリリィが何処かに連れ去られてしまう。


「どうせこんな辺境の町娘1人いなくなったところで誰も構いやしねぇさ」

「アニキも悪いっすねー」


ゲラゲラと取り巻きが下卑げびた笑いをこぼす。


分が悪すぎる。取り巻き2人はなんとかなるとしても、あのガレスとかいうやつは別格だ。俺に勝ち目があるかどうか。援軍を…でもそんなことしてたらリリィは…!


「だ—か、た——け—てッ…」


助けを呼ぶ声が、聞こえた気がした。


俺は魔王を倒した勇者なんかじゃない。

俺は世界を救った英雄でもない。

だけど…!!

目の前の女の子1人救えない、臆病者にはなりたくない!


俺はなりふり構わず飛び出した。


「なッ、お前は昨日の——」


チビハゲが足音に気づき振り返るが、振り返りざまの顔面をとらえて吹き飛ばす。


「お、お前よくも相棒を——」


その光景に一瞬動きが止まったモヒカンを、流れるままの回し蹴りでどうからぐ。


「…おいおい、雑魚過ぎんぜお前ら」


やれやれと頭を抱えるガレス。

どうやら2人とも一撃でのすことができたようだ。


「ダインさんッ!?」


ガレスの拘束が緩くなり、言葉を発することが可能となったリリィが俺の名を呼ぶ。


「あー、これは、その、違うんだ。決して君をストーカーしてたとかそういう話ではなくて…」


急に謎の言い訳を始める俺。何してんだマジで。


「助けに、来てくれたんですね…グスッ——」


安堵あんどしたのか、リリィの瞳から涙がこぼれる。

プツンッと。俺の中で何かが切れた音がした。


「なぁおい、いいのか?兵士さんが無抵抗の国民を問答無用でぶっ飛ばしてよぉ」

「あ?どこに目を付けてやがるゲス野郎。今の俺はただの一国民だぜ」


今日は非番で制服も着用していない。したがって


「つまりこれはただの…女をめぐった痴話喧嘩だ」


頭に血が上って変な屁理屈へりくつをかましているが、まぁいい。


「…お前、覚悟出来てんだろうなァ」


ひどく低い声色で静かに俺を睨むガレス。リリィの拘束は完全に解き、腰の湾刀サーベルを抜き放つ。


「そいつは…こっちのセリフだァ!」


そうだ。この男を、ガレスを倒せば済む話なのだから。


瞬間。銀のやいばが俺の眼前を切り裂いた。


一歩。あと一歩下がるのが遅れていたら、俺の首はその辺りに転がっていたことだろう。


「——ッ!?」


声にならない声が喉の奥から漏れ出る。


「ほう、けるか。ただの兵士にしては上出来だな」


後方へ飛び退きながら近くの資材置き場に転がる鉄パイプを手に取る。

怒りで我を忘れていたが、何度も言うように今日は非番。当然


今この時、この鉄の棒だけが頼みのつなだ。


「ハァ——、ハァ——」


確実な死の恐怖を感じ、呼吸が浅くなる。命を預けるには到底心許ない鉄パイプを、何かにすがるように握りしめる。


そんな心の内など知るはずもなく、ガレスは一息に間合いを詰めてきた。

嵐のような剣撃の応酬。一撃一撃に、馬に蹴飛ばされるほどの重さがある。


「オラオラどうしたァ!そんなもんか!最初の威勢はどこいったんだァ?!ハハハハッ!」


ガレスの攻撃は止むどころか苛烈かれつさを更に増し、俺の命をり取ろうとしてくる。


死ぬのだろうか。何一つ残せず。好きな相手も守れず。みじめに死ぬのだろうかと。

己の心に、返ってくるはずのない問いを投げかける。


しかし答えは意外にも与えられて、いや案外既に手にしているもので。


——それはありし日の記憶。


ある日、兵士学校の特別講義で『勇者』が講演をしてくれた。ほとんど内容なんか覚えちゃいないが、一つだけ記憶に残っていることがある。


『いいですか。僕は勇者などと呼ばれていますが、あなた方と変わらないただの人間です。痛いのは嫌だし、死ぬのは怖い。強そうな魔物を前にしたら震えて逃げ出したくなります』


——そう、どんな人でも俺と変わらない人間で。


『それでも何かを成し遂げることが出来たのはきっと』


——何かを成し遂げるためには。


『勇気を持って一歩を踏み出せたからです』


——ただ、勇気があればいいのだと。



「うおおぉぉぉッ!!」


豪雨のごと剣戟けんげきをぬい、銀閃ぎんせんをいなしながら、俺は相手のふところへと一歩踏み出した。


「なッ、コイツッ!?」


押し込まれるだけだった弱者の思いがけない反攻に一瞬判断が遅れるガレス。


刹那せつな

いなした衝撃を殺さないよう、身をかがめながら反転し一閃いっせん。下から上へ天をくように、銀白色の半円を描きながら、鉄のきっさきがガレスの顎をかちあげる。


「くはッ——!」


意識を刈り取るには、その一撃だけで十分だった。


ドサッと。

ガレスが倒れるのと同時に俺はしゃがみ込んでしまう。極度の緊張感からの解放。全身から力が抜け、当分動けそうにない。


「ダインさんッ!!」


急に倒れ込む俺を心配してか、リリィが駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか!お怪我は?!」


今にも泣き出しそうな顔で俺の安否を訊ねる。


「大丈夫だよ。それより君の方だ」


何かされていたら大変だと。内心焦りつつも、俺はいつもと変わらぬポーカーフェイスで問う。


「わたしは大丈夫です!ダインさんのお陰で!」

「そうか、それは良かっ…た…」


安心感がとどめとなり、俺の意識はそこで途切れた。



         *


「ふあぁ〜ぁ」


暖かな陽気に当てられて思わずあくびが出てしまう。


「おいダイン!そんな調子じゃあ門番なんて務まらないぞ!」


いつもと変わらない調子で、このバカは俺の隣にいる。


「大丈夫だよポルク。この街は変わらず平和なんだから」


今日も今日とて辺境の街は平和なのである。


「ダインさーん!お疲れ様です!」


いつも通りの平和を噛み締めていると、門の外側から護送の馬車に乗ったリリィがやってきた。


「やあ、リリィ」

「リリィちゃんじゃないか!どうしたんだい?」


「隣街まで出掛けていたんです、ダインさん」


あくまで俺に言ってるんだよとでもいうように、俺の名をわざとらしく付け加えるリリィ。いい加減ポルクと会話したげて。


「そうか、無事で何よりだよ」


あの日、冒険者に襲われた時はどうなることかと思ったが、あのあとすぐに騒音を聞きつけた兵士が駆け付け、冒険者たちはおなわになった。万事解決である。そう全ては元通り。


「はい!」


何一つ変わらない、彼女の眩しい笑顔がここにはある。


「そうだ!」


ただ、一つ変わったことがあるとすれば…。


「夕飯作って待ってるので、早く帰ってきてくださいね♪」


季節がめぐり、春になったことぐらいだろうか。


「え?え?どゆこと?……そゆこと?えぇぇぇ?!!」


ポルクのアホみたいな絶叫が、暖かな春風とともに舞う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

辺境兵士のちっぽけな勇気 とくのつき @Tokuno_tuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ