第3話 ヒューマン・シールド

〈ゼロ01〉は、音もなくオーヴァス・レジデンス地下搬入口に滑り込んだ。

 居住者専用のスマートアクセスゲートを、都市中枢の緊急権限で強制解除する。


「制御信号、確認。ドアロック解除。セキュリティは中枢AIから一時切り離し済み」

 沢渡の声が、静かに車内に響く。


 メンバーは無言のまま、装備の最終確認を終えた。


 各自の腕部インターフェースには、現地の居住フロア構造と、異常行動が確認された住戸のデータがリアルタイムで同期されている。

 篠原が手首のスクリーンを指先でなぞり、スキャンモードに切り替える。


「ターゲット反応、複数。居住者の体温・心拍・行動パターンが一致。やっぱり“何か”に従って動いてるわね」


「中枢から切り離した分、制御がきかない。通信も途切れるかもしれん」

 高城がそう言いながら、静かにマスクを引き上げた。


「制圧は非致死優先。だが、必要ならためらうな。あくまで都市防衛の範囲だ」

 真鍋が短く指示を出し、ゼロ隊の隊員たちは頷く。


 彼らが相手にするのは、もはや“人”ではないかもしれない。

 自らの意志で行動していない——それこそが、もっとも厄介なのだ。


 オーヴァス・レジデンスの自動ドアが、音もなく開いた。

 その向こうには、照明が奇妙な間隔で点滅する廊下と、無言のまま立ち尽くす数人の住民の姿。


 無表情。焦点の合わない瞳。

 誰もが、脳のどこか別の回路にアクセスされたかのように、静止している。


「突入開始」

 高城の合図と共に、ゼロ隊は無音の構えでビル内部へと滑り込んだ。

 

            *

       

  ゼロ隊は42階の最奥、管理用エリアへと到達した。

 そこには通常、整備員以外立ち入らないはずの区画があり、ドアの前には「機械室」とだけ記されている。


「発信源は、この奥で間違いない」

 沢渡が確認する。


「……電磁ノイズが強い。中の映像、センサーじゃ拾えてない」

 篠原が眉をひそめる。「開けるわよ」


 真鍋が手で合図を出し、矢吹がドアの側へ。

 金属製の扉は通常のカードキーでは開かず、物理ロックを併用した設計だ。

 しかし矢吹の手元の小型ユニットが数秒で解除を完了する。


「開ける」


 ドアが左右に開いた瞬間——


 耳をつんざくようなノイズが、壁面スピーカーから噴き出した。

 同時に、天井部の小型機構から閃光と高周波音が散弾のように発射される。


「くっ——! フラッシュ! 伏せろ!」


 光学センサーが一瞬飽和し、視界が白く塗り潰される。

 室内からは何かが激しく回転する音と、低い機械音が響いてくる。


 高城が咄嗟に遮蔽シールドを展開し、隊員たちは瞬時に態勢を整えた。


「トラップだ。音波じゃない、完全に軍用規格の迎撃システムだ……!」


 真鍋が呻く。


 部屋の奥には、人間が入れるような操作端末はなく、代わりに、

 配管とケーブルにまみれた小型の筐体が一つ——おそらく、発信源と思しき機器だ。


 そしてその機器の周囲には、住民と思しき数人が立ち尽くしていた。


 だが、彼らは動かない。ただ、その場に立っている。


 どの目も焦点が合っていない。皮膚は蒼白で、薄く汗をかいていた。

 しかし彼らは、明らかに何かを「防ぐ」ように、発信源の前に立ちはだかっているのだ。


 その様子は、まるで“人間の盾”——。


「人間を、シールド代わりに……?」

 篠原が息を呑む。


 敵意はない。だがこの状況では、突入が一歩遅れていれば誰かが犠牲になっていたかもしれない。


「導かれている……のか」

 真鍋隼人がつぶやく。「自律行動に見えて、実際は制御されてる。外部からか、あるいは内部からか……」


 矢吹蒼一が低くつぶやいた。「……自律的な移動とは思えない。あれは“誘導”されてる」


「音だな」真鍋が応じる。「さっきからノイズの周波数が身体に響く。明確に、脳波に影響を与える帯域だ」


 篠原が端末を操作する。「記録されてる周波数、超音波帯の変調。知覚できるぎりぎりのライン……。都市条例で制限されてる“音響操作”の仕様と一致するわ」


「人間を操るための“音”か……」高城が低く言う。


「EMPユニット、使えるようにしておく。干渉波を強制遮断できるかもしれない」

 篠原が小さくうなずく。「もし装置側がそれに依存してるなら、有効な対抗手段になる」


 高城は短く「準備しておけ」とだけ応じた。


 車両は滑るように停止する。

 ゼロ隊は一斉に車外へ。そこからは無言の手信号で動く。


(続く)

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