とても短いお話集

永沢錦

死にたがり

「お前が死ねばよかったんだ」

今日も言ってやった。

俺の兄はこいつを庇って死んだ。こいつが窓から飛び降りて死のうとしてるのを止めようとして二人で落ちた。それで、こいつだけ生き残りやがったんだ。

兄は俺の自慢だった。頭も良くて優しくて、俺なんかにはもったいない、本当に良い人だったんだ。落下しながら自分が下になって庇うぐらいには。

それなのにこいつは、「生き残っちまった」とかほざきやがる。「頼んでないのに」とか、「死なせてくれればよかったのに」とか、終いには生き残ってラッキーとか思ってやがるんだ。

こいつが死ねば良かったんだ。俺は兄のようにはなれない。こいつの代わりに兄が生きてたら、どんなに…。

…なんで俺を睨むんだよ。俺には分からないんだ。兄はどうしてこいつを生かした。兄はこいつに何を期待したんだ。

イライラしてくる。頭に血が昇ってるのを感じる。こいつを殺したら俺は兄を否定することになる。けど、そのプレッシャーに耐えられそうにないんだ。

頭の中がぐちゃぐちゃになって、気がついたら俺は思いっきりそいつを殴ってた。

拳に割れたガラスが突き刺さる。何をやってるんだ、俺は。

あぁ。本当にお前が死ねば良かったのに。

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