✦✦Episode.29 私の“オリジナル” ✦✦

✦ ✦ ✦Episode.29 私の“オリジナル”





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 ミレアは倒れた鍋に手をかけると、ゆっくりと持ち上げ――そっと焚火の外へ下ろした。 空になった器を見つめながら、静かにため息をついた。 せっかく出来上がった野菜たちを無駄にしたのだ……ため息をついても仕方がない。


(いくら、力加減が分からなかったとはいえ――さすがにやりすぎたなぁ)

「なんか、悪かった……本当にせっかく野菜も美味しく育ったのに……」

「へいきへいき、最初はこんなもんだから、気にしないで?」


 ミレアはニッと笑って、鍋の中に落ちて行った食材を拾って入れなおした。 一体何に使うのかと思えば、突然中身をつぶし始め――何か得体の知れない物をこね始める。


「なっ……何してるんだ!!まさか、それ食うわけじゃないよな!?」

「えっ? ないない!もったいないから、混ぜて団子にして……新しい獲物でも釣ろうかと思って」

「そういう事か~!よかったぁあ!」


 クロトはホッと胸をなで下ろして、鍋の中身の行く末を見守っていた。 ミレアが団子を楽しそうに丸める姿を、ふっと後ろで見ていると、微かに空気の流れが変わった気がして、何かの気配を感じ――バッと後ろを振り向いた。


(何もない……確かに何かを感じたのに)


 確かに背後に何かの気配を感じたはずなのに、そこには何一つ変わらない岩壁と砂の景色が永遠と続いていた。 張り詰めた空気の中――シアンが突然「危ない、離れろ!」と叫んだ。


――突然、黒い閃光が地面を切り裂いて、砂煙が辺り一面に舞い上がり、全員がその場から慌てて後方に飛び上がった。 クロト達は舞い上がった砂に咳き込みながら、何が起きたのかを確認しようとした。


『――ククッ…』

「誰だ!!」


 砂煙の中、どこからともなく聞こえて来る不気味な笑い声。 警戒するように周囲を確認していると――遥か高い岩壁の上方に何者かが佇む姿が、ぼんやりと揺らめいている。


『魔力の反応をたどってみれば――こぉんなところに、まだ生きている奴がいたとは……』


 舞い上がった砂煙がゆっくりと晴れて行くと、そこに現れたのは――神反軍と呼ばれた、あの“黒いローブ・・・・・・”の奴らが、岩の上に風に揺られながら怪しく立っていた。 奴らは、舌なめずりをしながら……遥か高みから、砂の上に散り散りになったクロト達を見下ろしていた。


「くっ……くくく、なんてことだ、まぁだお前が生きているとはなぁ……!“黒い翼の英雄”さん? くぁっはっはっは!!!」


 ローブの中から聞こえる男の声は、まるで、誰かの真似をするように一瞬だけ可愛らしい声を出し――クロトを英雄とふざけて呼ぶ。 そして相手により苦痛を与えようと、あざ笑うような奇声をあげた。

  

「てめえら……また現れやがったな……」

「やぁだ、そんな怖い顔…しないでぇ? でもぉ~あなたに会うのは初めてじゃないものねぇ?」

「……お前らなんかに、会った覚えは無い!!」


 ローブの集団の中から――さっきの男とはまた別の、女の声が響き渡った。 聞き覚えの無い声――記憶を手繰り寄せても、その声の主を見つけることが出来ない。


「忘れられちゃったなら、しょうがないわねぇ~! はぁじめまして! セレアよぉっ、今度は、覚えてねぇっ?」

「くっ……ハハッ! お前が覚えていなくてもよぉ、俺様は、よぉく覚えてるぜ? あの日、お前を大穴に落とした日をなぁ!!ブッハハハハ!!」

「何だと!」


 奴らは笑いながら、黒いローブを脱ぎ捨て――ハタめきながら落ちて行く黒い布が、バタバタと音を鳴らして地面へ落ちて行く。 


「――は!? に、兄さん‥‥っ!?」


 シアンは、驚いて目を丸くしていた。 彼らの本当の姿――その中に現れたのは、シアンと同じ色の髪をした男。

 蒼い髪に、青い瞳――翼は彼らと同じ実験によって焼かれた翼。 奴らは、狂気的な笑みをニヤニヤと浮かべている。


「ククッ…しぁんん~、生きてたのかぁあ…そうだよ、お前の兄ベラス・ラルトだよ、クククッ」

「やだぁ、ベラ君の弟ぉ~? チョーかわいい~!」

(なっ……ミレアが、もう一人……!?)


 自分をセレアと呼んだ女は、まったくと言っていいほど、ミレアと同じ顔をしていた。 クロトが二人の顔を交互に見比べてみても、瓜二つの彼女たちは、声色すらも双子のようにそっくりだった。 


「あっ…あぁ、ボクの……“クローン”…まさか、本当に目を覚ましていたの…っ?」

(く、クローン!?)

「ん、んふふっ、ミレア…っ? はぁん……私の“オリジナル”!!こんな所に居たのねぇ?あぁ……っあえて光栄だわ」

「ボクは会いたくなんか無かった……っ」


 いつもの無邪気なミレアとはまったく違い、恐怖に震え……怯えた表情をしながら、セレアに向かって刺すような眼差しを向けている。 シアンもまた、ベラス・ラルトに向かって、複雑な表情をしていた。


「しああん、お兄ちゃんに会えなくて寂しかったか?あぁん……?俺様はよぉ~寂しかったぜぇ~?」

「くそっ…!! 兄さん…なんで、神反軍なんかになったんだ…っ!!貴方は随分と変わってしまった!!」

「くぁっはっはっはぁ!!あぁあ、その表情、たまんねぇよおお~」



 楽しいのか、興奮しているのか――ベラスは、体を抱えてフルフルと震えている。 その姿は、本物の悪魔のようにクロトの瞳には映っている。


「なぁ、俺様は変わったか? アッハハハハハ!そうだよぉ、変わったよぉ……あの日――お前らと別れた後になぁ!!拾われたんだよぉ、神反軍にさぁ!!」

「兄さん……っ!」

「もぉ、ベラ君しゃべりすぎィ、調子乗るとすぐそうなるんだからぁ~! さぁ、始めましょう?アッハハハハハ!」


 セレアが両手を振りかざした、その時――後ろに立っていたローブの集団が一気に輝きを放った。  地下世界の中で、響き合獣の鳴き声。 沢山の怪しい瞳が、こちらに向かってすごいスピードで、完璧の上から一気に駆けおり始めた。





✦ ✦ ✦


 



「――ウォオーン!!」


 押し寄せる獣たちが、こちらへ到達するよりも早く――クロトとアザンは地面を蹴って、飛び掛かるように剣を手に取り、身を低く屈めて姿勢を整えた。


「ミレアの名において命じる。 魂の器より召喚せし大鎌よ――我が前に姿を現せ」


 空間に手をかざし、言の葉を呟くと……胸元から、光となって、彼女の背丈よりも少し大きな鎌が姿を現し、それを手に取った。 シアンも同じように呪文の言葉を呟いて行く。 光り輝くビャクダンの長い杖がその姿を現した。


「このビャクダンの杖は――私の魂の源が作り出した土の魔力……大地の鼓動と共に!!」


 獣の群れは一気にクロト達を周りをぐるりと取り囲み、一斉に飛び掛かって来た。 クロトの持つ剣に噛みつくと、その力はすさまじく、歪んだ瞳は一層の恐怖を煽り立てる。


「グァアオ!!」

「うあっ!! くそっ、これは、オオカミの群れだっ!!なんて力だっ……!!」

「クロト君、援護します、耐えてください――!!」


 シアンは、思い切りオオカミを左右に振りほどいて、鋭い目を向け、静かに詠唱を唱え始めた――大地が揺れ、辺り一面に黄色い魔法陣が現れる。


「――かの者をとらえよ、アルロック!!」


 土はメキメキと音を立て土埃が舞い上がる。 伸びた地面は、オオカミたちの身体をぐるりと一周回り込み、がっしりと捕らえた――と、同時にその後方からすぐに黒い閃光が放たれ、地面がえぐられていく。


「しああん、お前も偉くなったもんだなぁ~!ケッヒャッヒャッ!!」

「兄さんっ…! あれから私たちはずっと、あなたを探していたんですよっ! なのに……神反軍に入るなんて許せません!!」

「くっ…くくくっ……お前にはぁ~……俺様の事なんて分からねえよぉ…。 分かって、たまるかよおぉお!」


 闇の閃光が、シアンの近くを通り過ぎた。 その勢いにシアンは一気に吹き飛ばされ――後方の岩場の陰へ思い切り吹っ飛んでいった。


「し、シアン君――――!!」

「し……シアン!!ちくしょうっ!!」


 シアンが落ちて行った先で、ガラガラと岩が崩れて落ちていた。 彼の安否も分からないまま――戦いはより激しく進んでいく。 クロトは必死になって剣を振りかざし、こちらに向かってくる闇の閃光を黒い翼をばたつかせてよけながら、何とか残ったオオカミ達を組み伏せて行く。



「――なぁ、おまえがクロト?」

「っ‥‥だったら何だっていうんだ!!」


――突然、クロトの懐にめがけてベラスが飛び込んで来た。 ベラスの剣を受け止め、重なり合った剣は激しい音を立てながら、お互いに力を込めてカタカタと揺れている。


「クロト・アルテスタ――お前を大穴に落とした時は興奮したなぁ」

「おまえっ……あの時の!!(俺を拘束していた奴だ!!)」

「イッヒヒヒッ、ルシルフィアのお嬢様がよぉ――お前を突き落とすところなんて悲劇的で快感だったよぉ……生きてるとは思わなったけどなぁ?」

「んなっ‥‥!!てめぇええっ!!」


 ベラスの力は、圧倒的に強く……今のクロトでは到底かなうはずもなく――精一杯の力を込め、その剣を受けているしかなかった。 額から冷や汗が流れ落ちる……。 ベラスが剣を握る手に力を注ぎこむと、ピシッピシッと音を立てながら――クロトが持つ剣にヒビが入り始めた。



「あぁ…お嬢様も可哀そうに。 操られ、お前を裏切る――悲劇的なあの顔がよぉ、たまらなかったよぉ。 いぃ顔してたぜぇ……?くっくっく」

「くっ…うぅ…操られていた、だと…?」

「なーんも疑わないで、渡された飲み物を飲み干した……“悪魔の液体”だって知らずになぁ!! あの時、光はとうに自分を失っていたんだよ、こんな悲劇的な事があるかよぉ!!アッハハハ」


 目の前で、笑っている男――ベラスの言っていることが本当だとすれば……。 シエルは、自分の意思で、クロトを裏切ったわけではなかった。 その事実が今……この不気味な瞳をした男の口から語られている。


(――あの時、一瞬だけ悲しそうに俺を見た瞳は……シエルの本心……?)

「んん~?あんな所に、たんぽぽ・・・・ねぇ……季節外れの――“花”」

「くっ……」


 畑に咲いた、季節外れのたんぽぽの花――その中に混ざった白。 その色は、この地ではとても珍しい色で……狙って摘み取るのは、なかなか難しい。 きっとどこかに生えていて、小さな生き物たちによって、この場所に運ばれてきたのだろう。


「お前、知ってるか……?あの花の意味」

「何のことだ!」

「“私を探して” だ。 くっくくく……お嬢様は、今もなお、お間を“探して”彷徨い続けてるかもなぁ?」

「んなっ…(シエルが俺を探してる……?)」


 敵の挑発に、クロトは思わず気が緩み、剣を持つ手から一瞬、力がフッと抜け――目の前に闇の閃光が現れた。 必死になって後方に飛び上がるも、その威力にシアンと同じように遠くまで飛ばされていく。 風力に抗いながらも、遠くの地面まで吹き飛ばされ――そのまま流れるように岩壁に叩きつけられ……その衝撃に体が硬直して動けなくなっていた。


「かはっ…!!」

「――だめええっ!! クロトおぉお――!!」


 ミレアがクロトを助けようと、大鎌を振りかざしてオオカミたちを退け、走り出した――その時。 セレアがミレアの脇腹に飛び込んで、ぎゅと彼女に抱き着いて、その勢いで足がもつれて地面にともに倒れ込んだ。


「なによっ……!!」

「ねぇ…ミレア……私の“オリジナル”……貴方の血液を――私にちょうだい……?」

「絶対嫌!! っ離してぇっ!!」


 ミレアの上にそっとセレアが乗り上げると、指先を絡めてじーっとミレアの事を見据えている。 溶液に満たされた巨大なガラス瓶の中で――毎日研究員によって自分の傍に連れられてきたミレアの姿をそっと思いをはせた。


「何でぇ……だって、だってぇ……毎日私にくれたじゃない! なんでダメなの……?」

「そんな事……あの研究所の中でやらされていただけ!! 離しなさいよ!」

「悲しい――お友達だと思っていたのに……」

「友達なんかじゃ――ない!!」


 ミレアは、手を振りかざし、バシンとセレアの手を払った。 突きつけられた現実……友達だと思っていたのはセレアの勝手な妄想で――悲しそうな顔をミレアに向けて、上から静かに見下ろしている。


「――セレア、その辺にしておけ…もういい。 用事は済んだ…帰るぞ」

「えぇ…獲物、せっかくオリジナルを見つけたのにぃ~。 ベラ君のいじわるぅ」

「今回はドムナスが生きてるかどうかを確かめに来ただけだ――俺様の言うことが聞けないか?」

「んふふ、言われたとおりにするわよぉ……でも、抱っこしてね……?」


 セレアは、ゆっくりと立ち上がり、ベラスの腕の中に抱えられ霧のように消えて行った。 岩壁の上で、様子を眺めていたオオカミたちも、遠吠えを上げるとそのまま走り去り、辺りは元の静寂に戻っていった。





✦ ✦ ✦



「うっ……ミレア、大丈夫か……?」

「シアン君!無事だったんだね!」


 片腕を抑えながら、シアンはゆっくりとミレアの元へ戻って来た。 吹き飛ばされた瞬間――瞬発的に自分に魔法を張り、大地が彼を優しく包み込んでくれたおかげで、大した怪我にならずに済んだ。


(うん、シアン君は意外と大丈夫そうね。 あとは――)


 そっと、静まり返った地面の先を見ると、アザンは一人…息を切らせて砂の上に横たわったオオカミを抱き寄せながら……オオカミたちを抱き寄せていた。


「はっ…はっ…お前たち…なんで…」


 オオカミ達は、ゆっくりと淡い光に包まれ、その形を人の形へと戻していく。 そこには、白に黄金の装飾をまとった鎧を着た騎士たちが現れた。


「これは――?」

「神聖軍、犬族第二部隊の仲間たちだ――くそっ!!」


 倒れた戦士たちもまた、あの“悪魔の液体”を飲まされ操られていた。 犬族の種族的な力――その姿を本物の犬に変え、隊列を図り陣形を組む。 神聖軍直属の誉れ高き騎士たちを、神反軍の駒として、動くように利用されていたのだ。


「よかった、まだみんな生きてる。 シアン君は分かっていたんだ――傷一つないように、手加減したんだね」

「良かった…本当に……っ」


 アザンは仲間たちをそっと仰向けに寝かせ、一人ずつ誰かを探す様にその顔を確認していった。 穏やかな吐息…その中で、アザンが探している者は見つからなかった。


「ティオン‥‥ティオンは…いないのか…? くそっ‥俺の部隊の皆もこうなったのか…?」

「残念だけど…今はそう考えるのが妥当だね……」

「くっ……!!」


 ミレアは慰めるように、アザンの肩に手を置くと……彼の肩は悔しさに小刻みに震えていた。 やがて、遠くにクロトの姿を見つけ――静かに歩み寄った。







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