✦✦Episode.28 魂より授かりし力✦✦

✦ ✦ ✦Episode.28 魂より授かりし力




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「あ~、そんなこと、あったよねぇ」

「ハッハッハ、いやーあの時ばっかりはクロトに助けられたなぁ~」


 焚火を取り囲んでいた4人は、過ぎ去った日々を思い出しては、パチパチと燃える炎に目を移した。 料理の下処理を終え、残りの材料を鍋に放り込んでいく。


「べ、別に…‥俺は助けたつもりはないけどな! こう、体が勝手に動いたというか……」

「ふむ、それを助けたというのでは……?」


 クロトは気恥ずかしさに、ふんと鼻を鳴らしながら、グツグツと煮えた鍋をかき回し――時々味見をするように、スープをすすった。 野菜の煮汁と、モグラ肉の旨味が、程よくスープに染み渡り、何とも絶妙な味に仕上がっていた。


「うん、少し味は薄いけど……肉をいれた分、絶対うまい。 これは食えると思う!」


 一行は胸をワクワクさせながら、クロトが器にスープをよそっていくのを楽しそうに見つめている。 それぞれ手渡された器を手に取り、皆まじまじとそのスープを見つめながら……ゴクリと喉をならし、恐る恐る器を口に持っていく。


 静かに、温かいスープが喉を通り過ぎて、胃の中に落ちて行く感覚がする。 柔らかな野菜の香りと、肉の旨味が口内に優しく染み渡り――皆ぽっと顔ほころばせながら、器を膝の上に置いた。


「うっは~!なにこれ!?おいしっ!?」

「…生きてて…良かった…ですっ!」

「うむ――確かに味は薄いが、野営の料理としては美味いな!ハッハッハッ」


 ミレアとシアンは感動したように、何度もスープをおかわりしていた。 鬼化に適合した彼らは、食事を取る事は必要なくても……その味を娯楽として楽しむことはできるようだ。


「…うまかったなら良かったよ」

「クロトはホントに料理上手ね~! 誰から教わったの~?」

「…俺を育ててくれた、村の婆さんが教えてくれたんだ」

「へぇ~! あれ?クロトって、お婆ちゃんっ子だったの?」



 以前、ここに来る経緯を聞かれた事はあった――けれど、話すことが出来なかった。 二人は、落ち着いて、話せるようになるまで、待つと言っていた。  この場所で過ごしてきた時間が、ゆっくりとクロトの心の傷を埋め……やっと決心がついたというように、クロトは息をぐっと飲み込んだ。

 

(この人たちをいつまでも待たせちゃ悪いよな……)

「あぁ、俺……産まれた頃から両親いなくて、その顔、知らないんだ。 代わりに村の婆さんが育ててくれたんだ」

「…そう…なんだ……」

「黒い翼は“災いの証”と言われて、ずっと隠して生きてたけど、あの日――とうとう村の皆に見つかって、ここに落とされたってわけ」

「……返す言葉も見つからないよ、クロト、辛かったよね…」


 ミレアが優しく慰めるように、そっとクロトの両手を取った。 その手の温もりは、冷え込んだ空気よりも暖かく……ホッと心の中を埋める様だった。


(一つだけ、これだけは言えない――あいつシエルが、俺の傍にいたことは……)


 クロトは、まだ言えない秘密に、肩を落としていた。 それを見ていたミレアは、静かに焚火に寄ると、ゴソゴソと鍋の横から、一回り小さな鍋を取り出して、クロトの前に差し出した。


「実はぁ、ボクもこっそりお料理したんだぁ! じゃじゃーん!ミレアちゃん特製!あったかほかほか薬草スープ~!」

「うわあああ!? いつの間に作ったんだ!!? しかも薬草入りっ!?」

「えぇ、沢山薬草を入れましたとも! クロト君はすぐ魔力不足するから、常に回復しないとね~!」


 毎日毎日、魔力の訓練をするたびに、早々に魔力が枯渇して、ばたりと地面に倒れ込んだクロトの口の中へ、すかさず、シアンがドクダミの葉を放り込み…死んだような目をしながら、毎日を過ごしていた。

 あの薬草の苦みを思い出すと――すっかり顔が真っ青になった。

 ミレアなりに、気を使ったのだろう……クロトは、辛気臭い顔を元に戻して、ふっと笑い出した。


「そんな風に言う人、ノアの婆さんにそっくりだなぁ~!」

「ノア!?」


 ミレアは驚くように目を丸くした。 彼女にとって大切な人を探しているかのように――その名前確かめるように叫んだ。


「…ノアって…その人何歳なの…!?」

「ん?80歳くらいだと思うけど…知ってるのか?」

「80?…じゃあ、まったく違う人……」

「へえ、同じ名前の人がいたのか」


 ミレアが幼い頃――まだ、実験を受ける前のミレアの記憶には、優しく笑う女性の姿が垣間見えた。 その手は優しく、とても温かい。 その人に抱きしめられた時、とても安心したことを覚えている。


「ボクにもね…同じ名前の…10歳くらい上の姉がいたんだ……でも、突然、黒いローブを着た奴らが現れて……僕たちはそのまま離れ離れになって――もう二度と、会えなくなったんだ」

「なんだって、くそ……何なんだ、黒いローブのあいつらは!!」


(ミレア達を実験の為に捕まえたのも、アザンを捕まえ、この地に落としたのも――あの時、俺の周りを囲んで、押さえつけたあいつらも!!全部、黒いローブの奴らじゃないか!!)


 クロトは興奮して、ギリギリと歯を食いしばった。 どうしようもない怒りが込み上げて、心の底からじわじわと炎が燃え上がり、共鳴するように瞳も赤を帯びている。 彼の魔力を吸い取って、魔石が光り始めると――それをなだめるように、シアンがそっと肩を叩いた。


「クロト君、まだ――コントロールが効きませんか」

「いや……悪い、少し頭に血が上ったみたいだ。 それで……そいつらは一体何の目的であんな事をしているんだ……?」

 

 クロトは落ち着きを取り戻すように、フーッと息を吐き出して、腕を組み……それを横目で見たシアンは、サッと自分の座っていた場所に戻っていった。


「黒いローブ……奴らは、神反軍しんはんぐんだよ。 奴らの目的は――ボク達にも分からない」

「神反軍…?初めて聞いた」


 ミレアはここ絵来る前の過去をふと思い出しては、悲しそうな瞳をして遠い岩の先を見つめた。 ミレアの悲しみに触れ――クロトもノアに何も言えずにここまで来たと深く悲しみ、その瞳は海の色へ染まっていく。


「それにしても、クロトは感情によって瞳の色が変わるよね?どういう仕組みなの?」

「えっ?」

「え…って? まさか知らなかったの?君、怒ってる時は炎の色…今はなんだか、海の色に変わってるよ悲しかったりする?」

「へぇ……それは知らなかった」


 滝の浅瀬で、水面に反射した自分の顔を見たことはあった。 そこに映って見えた色は…夜空のような不思議な色合いをしていたと、自分の中で思ってはいたが――ただの一個性として、気に留めることもしなかった。

 自分の瞳が、感情によってその色を変えていた事に、クロトはこの時初めて気が付いた。


「感情がバレバレになるのはちょっとなぁ」

「良いではないですか、分かりやすくて」

「うん、ボクもそれに賛成! きっと両親から、受け継いだものだよ。 その瞳も、翼も――炎と水の力も」


 ミレアはニコニコ笑いながら、ルンルンと身体をゆらしながら小さな羽をパタパタと動かして、喜びの表現をしていた。


「君のそれは、とても珍しい体質だと思うよ!」

「……顔も、見たこと無いんだ…母さんはもう、無くなってたし――父さんも……多分同じだ」

「そっかぁ……ううん……でもね、君の力は凄く特別なものだから、良かったらこれ使って? ボクのお手製だけどね」


 ミレアはそっとポケットから古い小さな本を取り出すと――中にはびっしりと、数々の魔法の呪文が刻まれていた。 クロトは差し出された本を受け取って、そっと本に触れると……本は勝手にページをめくり始め、ピタリと動きが止まった。

 本に書き込まれた文字は、一文字ずつ淡い光を放ちながら、反応をはじめ――クロトの額に向かってその光が伸びていく。


「これは…! 頭の中に知らない魔法の言葉が流れて来るっ…!」

「大正解、これは魔導書だよ、キミに合った知らない魔法を教えてくれる」

「すごい…この音は、水の鼓動だ……っ!!」


 クロトはゆっくりと目を閉じ、流れて来る言葉に身を任せた。

 魔法の言葉は、ゆっくりとその力に合わせた音を奏で――滝の底に潜った時の心地よい音。 それから、荒々しく流れ落ちていく激流の音。


「こっちは…灼熱の……炎…?」


 パチパチと聞こえて来る、優しい何かが燃える音は、じわじわと大きく燃え広がっていき――全てが、知らない音色となって、クロトの中に流れていった。


「うあっ――なんか、すごく力が溢れるみたいだ!」

「へへ、どーお?試しにひとつ、使ってみたら…?」

「あぁ、やってみる! 我…魂より授かりし炎の力よ…燃え上がれ・・・・・…“フレムリア”!!」


 クロトは、焚火にそっと手をかざして、詠唱を始めると……赤い魔法陣が静かにその場に広がっていく。 その名を呼ばれた炎の精霊は、焚火の中から静かに目を覚まし――炎は勢いを増し、気流を生み出した。それに乗るように炎の渦が天高く巻き上がっていく。


「うああぁああ!ちょちょどうやって止めるんだこれ!」

「きゃーちょっと、燃えすぎ!燃えすぎいぃ!」


 ガシャンと、スープの鍋がその場でひっくり返ると、中身がすべてその場に広がった。 思わず消火された火はだんだんと勢いが弱くなり――やがて黒い煙を上げながら消えていった。


「ふふっふふ、クロト君…危なかったですねぇ」

「ミレアちゃんのスープ、こぼれちゃったじゃない!んもぉ!」

「魔法の腕も、まだまだ磨かないとだな!!ハッハッハ…!!」

「わ、悪かったよ…下手くそで(まだまだうまくコントロールできないな……でも)」


 クロトはふっと上を見上げた。 炭となった木の香ばしい香りに懐かしさを覚えながら――静かに拳を握りしめ……魂の中に感じた、父と母の力に少しだけ、胸がいっぱいになった。


「父さんも…俺と同じ、翼の色をしていたのか?」

「うん。 君と同じ、漆黒の翼――君のお父さんは、僕たちに約束してくれたんだ」

「やく…そく?」

「ボクたちを――必ず、ここから助け出してくれるって。 そう言ってくれたよ」


 父は昔、この暗くて寂しい地下世界に足を踏み入れて――ミレア達を発見した。 そして、必ず救うと彼女たちに約束をし、そして外の世界へ帰って行ったという。


「約束したのに、なんで父さんはすぐに戻ってこなかったんだろう…? ここにいる人達を、このままにするなんて……」

「ん-ん-。 戻って来てくれた。 でも――その頃にはすでに…僕らが実験されていた研究所は爆発で、その姿を失ったんだよ」

「私たちは、死んだ。 そう思ったんでしょうね」


 クロトはふと、牢獄の中から見えた外の景色を思い出した。 焦げ付いた臭いと、何かに爆発されたような、建物の跡。 それこそが、ミレア達が実験されていた“研究所”なのだと、気が付いた。


(あの場所こそ――鬼化の液体を作り上げた、元凶なのか……)

「なぁ、父さんが外へ出れたなら、どこかに出口があるはずだろ?……探さないのか?」

「言ったでしょ……ボクらは、悪魔の化身になりかけている……新たな悲劇を起こさないために、彼らによって出口は封じられたんだ」

「あの扉は、私たちには開けられないんです……私たちはもう、天使だとは認められない……」

「…それでも。 ボクたちはずっと、信じて待ってた。 扉を開けられる者――クロト、君が現れる事を」

「………」


 “天使とは認められない”その衝撃的な事実に、クロトは言葉も出せず――顔をしかめ、目を泳がせながら……拳を怒りで震わせる事しかできなかった。


「たった一つ、外へ通じる扉――この先、を超えて、ずっと階段を上った先に存在している」

「けれど、その扉を開けるには……扉を封印した者の魂、それしか、その鍵を開けることは出来ないんです」

「彼らの魂を持つ――君なら開けられると信じているんだ」

「なんだよ……それ」


 彼らは、この場所で何年待ち続けていたのだろう。 クロト生まれてからここに来るまで、最低でも18年の歳月をこの暗闇で過ごしてきた。


(いや……実験されていた期間も含めたら、もっと長い間――この場所で暮らしていた事になるじゃないか!)


 ズキリと、胸の奥に重しのように響いた。 こんな、犠牲があった事なんて知らず、自分は外の世界で静かに暮らしていた事実が、彼の胸を痛めつけた。


「ボクたちね、鬼になる前の人達から聞いたんだ」

「彼ら――伝説の四騎士により、外の世界では平和が訪れ“新しい” として、その座に即位したと…





『――創造神より受けがれし天の力の源よ!

  創造神が去った今、新たなる真の女神たちが我らを導き――我らの道筋となる、光を求めん!

  我ら「シルファルト、ルミナス、ノクティア」三家の元に――』





「あの時――神天祭で語られた家名は3つだけだ。 アルテスタは、その中に無かったんだ」

「無かった?……一体なぜ……?」

「伝承から抹消されたのか。 誰かの企みでしょうか…それとも――」

「伝説の、四騎士…(俺は……なんて親不孝者だったんだろう)」


 そんな話とは無縁だと興味もなく、ノアが話す伝承にすら――耳を傾ける事をしなかった。


「ごめんなさい……父さん、母さん……」


 クロトは静かに呟いた、父と母の物語を…もう一度聞ける時が来るのなら。 その時はちゃんと、その話に耳を傾けようと、自分の心の中にそっと誓っていた。



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