第18話 良案来たれり
窓辺から赤橙の光が差し込む日暮れ時。
セーバルは観光として良い行事や場所の聞き込みをするために宿の一階に降りてきていた。
部屋を出る前にツヴァイもどうかと誘おうとしていたのだが、ツヴァイはまたしてもベッドの心地良さに呑まれて今にも寝てしまいそうだったため、この旨を伝えてきた次第だった。
「まあでも、こういうのはあたしがやった方が得策よね」
自分で決めた行動に頷くセーバル。
人間と龍王なら、文化や祭りの類を聞きに行くのは圧倒的に人間が有利。
その点を踏まえれば、セーバルは良い決断をしたと言えた。
セーバルは左右に首を振って話しかけやすそうな冒険者を探す。
夜が近いというのに騒ぎ立てる元気がある冒険者達の中で、セーバルの視界にあるパーティーが留まった。
弓使いと剣士の男性二名と魔術師の女性一名、計三人組のパーティー。
彼らはラウンジの端の方でぶどう酒を呑みながら、何やら歓談をしていた。
(あたしもあんな時期あったわね〜)
三人組の姿を微笑ましく見ていると、視線に気づいたのかパーティーの剣士の方、茶髪の男がこちらを見る。
二人の視線がぶつかり、セーバルは一瞬驚いて目を少し見開く。
対して男の方はと言うと、セーバルの方を見るやいなや目にぐっと力を入れて見つめ始め、しばらくすると興奮した様子でパーティーの仲間になにかを語り始めた。
(何かしらあの人……?)
眉をひそめて首を横に傾けるセーバル。
すると突然、男が大股でこちらに近づいてくる。
後退りをするセーバルだが、男の向かってくる速度のほうがはるかに速くあっという間に男はセーバルの目前に立った。
「えっ、と……?何かご用で……?」
引きつった笑みを浮かべて尋ねると、男は瞬間目を輝かせた。
「あの!もしかして剣聖様っすか?!」
「……へ?」
男は鼻息を荒くしている様子で問う。
唐突に剣聖の二つ名を出されて、セーバルは素っ頓狂な声を上げた。
「俺、剣聖様に憧れて剣士になったんすよ!いつか会ったら憧れの分お礼を言いたくて。マジ超絶感謝っす!」
次々に並べられていく言葉に、セーバルは目を回す。
実際剣聖として度々名が挙がることのあるセーバルだが、まさか自分に直接熱烈な思いをぶつけてくる者がいるとまでは思わなかったのだろう。
「ちょ、ちょっと待って」
距離を詰めさらに話し出そうとする勢いの男を慌てて制止する。 幸い男はすぐに止まり、セーバルは一息ついてから口を開いた。
「確かにあたしは剣聖って呼ばれてたりするけど、こう……あたしも人間だからいきなりグイグイ来られるとびっくりするのよ……」
言葉はやや選び気味にしつつ、自身が混乱していることをはっきりと伝える。
目を伏せて「ごめんなさい」と謝罪の言葉も述べる。
そして目を開くと、男は稲妻が走ったかのように口を大きく開け固まっていた。
(あれ?どうしよう傷つけちゃった?)
男の状況にセーバルは思わずあたふたしてしまう。
声をかけようとした矢先、「すみません」と男の後ろから聞こえた声が耳に入った。
セーバルが顔を上げた先にいたのは、この剣士の仲間の弓使いと魔術師だった。
「ウチの大馬鹿がご迷惑をおかけしました」
「あ、いえ大丈夫よ。ちょっとびっくりしちゃっただけだから」
「ホントごめんなさいね。後できつーく言っておきますわ」
「サテラ、ボクからもよろしく頼む」
頭を下げて詫びる二人に対し咄嗟に笑顔に切り替える。
しかし魔術師――サテラの方はセーバルが困惑の色が隠しきれていないのが見て取れたらしく、それを和らげるためか話を始めた。
「この馬鹿――ニックは昔っから剣聖みたいな強い剣士になるって言ってて、さっき貴女を見つけた時も興奮が凄かったのよ」
「そうなのね……。だからさっきもお礼が言いたいなんて言ってたのか」
「あら、そんなこと言ってたの?」
自然と柔らかい笑みになったセーバルに、サテラもつられて微笑む。
するとニックがようやくショックから回復したらしく、弓使いに「この大馬鹿!」と頭を引っ叩かれていた。
「痛っでぇ!何すんだキース!」
「ボクにキレる前にまず剣聖さんに謝れ」
弓使い――キースに怒るニックだったが、キースに正論を言われると自身の失態を思い出した様で、大げさに姿勢を正して直角のお辞儀をする。
「すみませんでした!剣聖様の気持ちも考えず!」
「大丈夫よ、むしろ憧れにしてくれてありがとう」
目を細めて言うと、ニックは噛みしめるような声で「はい!」と応えた。
ようやく一段落ついて肩の力を抜くと同時、セーバルは自分が何をしにきたのかを思い出す。
「あ」
「どうしたんすか?」
無意識に漏れた声にニックが反応する。
「あぁ、大した事じゃないんだけど……。今あたし旅しててね、このあたりで観光に丁度いい行事とかなんかないかなーってのを聞き込みにいたことを思い出して」
セーバルが軽く言葉に出すと、サテラの目が鋭く光る。
「でしたら、丁度明日このあたりで開催される蚤の市なんてどうでしょう?」
「蚤の市?」
興味を指し示すセーバルに、サテラは水色の髪を揺らして高らかに続ける。
「はい、宝石に本にここでしか巡り合えない限定品!掘り出し物だらけの楽しいお祭りでしてよ」
「へぇ〜!面白そうね。もしかして、サテラさん達も蚤の市に行くの?」
「いえ、残念ながら明日はヒポグリフ討伐でミッシェルの外なんですの。次こそは、ってやつですわ」
サテラは意気込んで両手の拳を握る。
「楽しそうだから行ってみる事にするわ。ありがとう、サテラさん」
「剣聖さんの思い出になれば嬉しいわ」
セーバルは礼を言って三人組に手を振りながら部屋に戻る事にした。
部屋に戻ってきて最初に目に入ったのは、寝息を微かに立てて眠るツヴァイとそれを見ていたホーホの姿だった。
おそらくツヴァイはセーバルが出たあとに完全に寝落ちし、ホーホもすることが大して無いためこのような状態になったのだろう。
「龍王が布団の力に成す術なくなってる……」
『ホーッホ』
「ホーホ、ツヴァイ起こせる?」
セーバルのお願いにホーホは『ホゥ』と鳴いてツヴァイのもとに更に寄る。
そして普段は肩にかかっている全体重を顔に乗せた。
重さと息苦しさを感じてすぐにツヴァイは半身を起こす。
「ホーホよ、流石に顔はやめてくれ」
ホーホを顔から引き剥がしたツヴァイに、セーバルは「ツヴァイ、ただいま」と声をかける。
「セーバル、戻ってきたのか」
「ついさっきね。それより、他の冒険者からいい情報もらったんだ〜」
あえてツヴァイの興味を刺激するような物言いをすると、案の定乗ってくるツヴァイ。
「その言い方……、面白そうなものと見て良いな?」
「あたし的には面白かったよ。明日この辺で蚤の市ってのをやるんだって」
「蚤の市?何だ、虫でも捕るのか?」
「そっちの蚤じゃなくて、宝石とか本とかそういう掘り出し物のお祭りなんだって」
ツヴァイの想像した蚤では無いと指摘を入れつつ話を続けていくと、ツヴァイは顎に手を当てて考える仕草をする。
その後納得したように「うむ」と呟き、ベッドから立ち上がった。
「中々に興味深い。では明日はその蚤の市とやらに行くとしよう」
「よし、決まりね!まぁお祭りと言っても買い物系のやつだから、ツヴァイには通貨の使い方も明日じっくり教えるわね」
「ぬ。それは助かる、それなら明日もよろしく頼もう」
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