第17話 布団最高
木目調のドアを開けて最初に目に入ったのは、ランタンの暖色光に照らされた一種の美術品のような景色だった。
「おぉ……!」
人間の技術ならではの美しさに、ツヴァイは息を呑む。
ホーホは眩しさに驚いたのか瞳を見開いて羽を僅かに広げる。
セーバルの後ろで、ツヴァイは足を止めて天井を見あげる。綺麗なものに見惚れるのは、どうやら龍王であっても変わらないようだった。
「ツヴァイー?どうしたの?」
いつの間にか受付近くまで進んでいたセーバルの声に気づいて、ツヴァイはハッとしたようにセーバルのもとに寄る。
「すまん、つい見惚れていた」
恥ずかしそうに咳払いをするツヴァイ。
「分かる、あたしも始めて来た時そんな感じだったし。見惚れない方が無理って話よ」
「うむ。ここに来てからつくづく驚かされるばかりだからな、人間の技術も悪くない」
「とりあえずここに二日間泊まるから」
セーバルがそう言うと、ツヴァイは「なぬ?!」と何故か目を白黒させる。
「二日しか泊まらんのか?我はてっきり十年ほどいるつもりなのだと……」
「十年は滞在じゃなくて定住なのよ。てか、そのペースだと色んなとこ旅する前にあたしがこの世とおさらばする事になるんだけど」
ため息混じりに告げると、ツヴァイは自身とセーバルの時間間隔の差を理解したらしく納得したような表情になった。
「確かに、我らより人間の寿命は短いからな。それで二日なら長い方か」
「そういう事。ほら、早速手続き済ませましょ。こういうのは早いほうがいいから」
ツヴァイ手を掴んで、セーバルは受付にいた青年のもとへと向かっていく。
「こんにちは、二日程泊まりたいんだけど二人入れるところって空いてるかしら」
普段の口調より少しばかり丁寧な話し方でセーバルは問いかける。
「手続きのため、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「セーバルよ、セーバル・アインツ」
「セーバル・アインツ様ですね。後ろの方とセーバル様の二名ということでよろしいでしょうか?」
青年が確認を取るためツヴァイの方に向けた視線にセーバルは頷く。
青年はセーバルとツヴァイ、肩に乗ったホーホを一瞥してから「少々お待ち下さい」と微笑んで受付の裏へと回っていった。
程なくして青年は番号の書かれた木札とそれに括り付けられた鍵を持って戻って来る。
「お待たせ致しました、先にお代が銀貨四枚となります」
セーバルは直ぐ様銀貨を四枚取り出して青年に渡す。
「銀貨四枚、丁度お預かりしました。セーバル様のお部屋は二〇七号室となります。向かって右側の階段を上がって奥のところにございますので札と同じ番号のところで鍵をお使いください」
簡単に説明をしてから、青年はセーバルに鍵を手渡す。
セーバルは鍵を受け取ると「ありがとう」と一礼してから階段の方へと足を進めていった。
「二〇七、二〇七……。お、あったあった」
ドアの上の方に書かれた番号をみて進み、札と同じ二〇七と書かれたドアの前で立ち止まる。
「ここが我らが泊まるところなのか?」
ツヴァイは怪訝そうな目をドアに向けている。
「そう。何か気になることでもあるの?」
セーバルが尋ねると、ツヴァイは瞼を開いて閉じてを二回ほどした後ゆっくりと口を開ける。
「人間はこの中で縮こまって寝ても休めるのかと思ってな」
「そう感じるの、多分あんたが龍だからよ。人間からしたらこの部屋十分広いもの。てかあんた今人間体何だからあんたで部屋ぎっちりとかならないわよ」
「………それもそうだな。我今龍体ではないし」
セーバルとであった頃のツヴァイはこの宿の比にならないくらいの大きさを持つ洞窟で暮らしていた。だからなのだろう、ツヴァイは普段からの癖で龍の姿が入るかどうかを考えていたようだった。
「んじゃ開けるわよ」
鍵穴を回してドアを引く。
錯覚ではあるものの、吹き抜けた風が頬をなでる感触。
木版の隔てが消えて目の前に広がる宿の内装に、セーバルとツヴァイは胸を躍らせる。
「おっ先〜!」
一足早くセーバルは室内に入っていき、部屋の西側にあったベッドに飛び込む。
「はぁ〜…………。布団最高……!」
「何をしとるのだ貴様は」
呆れ顔でセーバルを見るツヴァイ。
セーバルはベッドの上を転がって仰向けになると、「まあまあ、ツヴァイも試してみなって」と布団に寝転がるように言う。
「ただの布切れであろう……」
「ふふ、布団の気持ち良さをなめてもらっちゃ困るんだなぁこれが」
にやにやとした視線を向けられ、始めはその誘惑に打ち勝とうとしていたが余りにも気持ち良さそうなセーバルの姿を見て負けたのか、ツヴァイはホーホを横にあった椅子に乗せて、セーバルの隣のベットに寝転ぶ。
「何がそんなに―――――」
疑問を呈しながら腰掛け、ツヴァイの言葉が止まる。
そのまま流れるように寝転がると、腕全体でベッドの生地を撫でてゆっくりとセーバルを見る。
「……何だこれは、ホーホの羽毛で寝ているくらい心地良いぞ?!」
「でしょ〜!」
「確かにこれはセーバルが寝転がりたいというのも頷ける」
「冒険者とか旅人ならではの癒しなのよね〜」
口角を上に緩めてそう言うセーバルは、布団の心地よさに飲み込まれて溶けていた。
その後しばらく二人は布団の束縛から抜け出せず、身を起こしたのは二十分後の話。
✚✚✚
このままだとずっと布団で寝ている、そんな予感を感じ、セーバルはアイテムボックスの整理をする事にしていた。
アイテムボックスの中に腕を突っ込んでは、中から冒険者用の地図だったり昼の酒場でも使った通貨の入った麻袋だったりが姿を現す。
鼻歌交じりに作業を続けていると、横でホーホと遊んでいたツヴァイから声がかかる。
「セーバルよ、少し聞いて良いか?」
「なぁに?」
「その麻袋に入っている丸型の薄っぺらい金属……金貨と言ったか、あれは一体何のためにあるのだ」
質問にセーバルは動きを止め、「そうねぇ……」と顎に手を当てて考え始める。
人間にとっては当たり前である通貨についても、金銭の概念自体が無い魔法生物にとっては気になるものらしい。
やがて頭に浮かんだ説明に納得したように、セーバルはツヴァイの方に体を向ける。
「金貨とかの通貨は……そうね、必要なものを得るための対価に近いかな。魔術を使うには魔力がいるってのだったら分かる?」
「成程。では使えば無くなるという訳だな」
「そう。でも通貨は魔力みたいにほっといたら回復とはならなくて、冒険者だったり武器屋だったり、仕事をしないと手に入らないのよね」
比較も交えながら説明し、「でも仕事以外で金を得ようとする嫌なやつもいるから気をつけてね」と補足もした。
旅を始めてから種族間ギャップを幾度となく体験したセーバルとツヴァイだが、こうした会話になる度にそれすらも面白く感じているらしい。
冒険者と龍王の立場、そこだけでは得られない感覚である。
「そうだ、どうせだからこれあげる」
セーバルが口を開いたのと同時に、彼女の方のアイテムボックスから小さめの麻袋が出されると、それをツヴァイに向けて放り投げる。
弧を描くそれをツヴァイは上手いこと受け止める。受け止めた拍子に麻袋の中からはジャラ、と音がする。
「それ、金貨何十枚か入れといたから」
「貴様……。昼時のこともそうだが、意外と金使い荒くないか?」
微かに金属が擦れる音がしながら、ツヴァイは苦笑いをこぼした。
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