夫婦のように

 寝て起きたら朝だった。電気というものがないので、朝日とともに起きる。昔の生活というのは素朴だな、と思う。


 澪はまだ寝息を立てていた。そっと触れてみる。……体温が、ある。脈拍もある。まるっきり人間だとしか思えない。こうしている限りにおいては。


「あ」


 と、澪は目を覚ました。


「おはよ。澪」

「……はい。お早うございます」


 照れたように目を伏せて、着衣を直す。


「特に用事もないんだけど、僕は今日は何をすればいいだろう」

「では……薪を」

「薪?」

「はい。足りませぬ。森へ入って、切ってきていただけないでしょうか。土間に鉈がございます故」

「わかった」


 それくらいはお安い御用である。で、鉈を片手に、森へ入ってみたのだが。


「……なんで、だ」


 森の奥で見つけたその場所は、ほとんど禿山の状態だった。大量の木材を伐採した痕跡がある。澪ひとりが薪を取ったくらいでこんな風になることは絶対に考えられない……おそらくは、製塩のための伐採の痕跡だろう。しかし。村は滅びて久しいはずだ。実際、塩竃や塩棚はぼろぼろになっていたではないか。なのに、木々にはそれらと等しい時間が流れてはいない、と?


「やっぱり、ここは……この島は……この世のものではない、のか」


 薪を集めること自体は難しくはなかった。しかし僕は、腕を組んで唸る。


「この島に、僕が永住することは叶うだろうか?」


 今のは独り言である。澪には聞かせていない。万一、これが禁じられた質問であったならばおしまいだ。


 しかし、澪は言っていた。わずか三日で、ここに誰かが迎えに来るらしい。怪異が送り迎えをしてくれるという可能性を排除すれば、たぶん海上保安庁か何かの救助艇だろう。


 そのとき、僕はどうする。島を去るのか。あの娘を、ひとり、ここに残して、か?


「まあ……いいか。三日後だというのなら、それまでに考えよう。時間はある」


 昼ごはんも雑炊だった。


「澪」

「はい」

「このお米ってさ。どこからどうやって入手してるの。澪が田んぼを?」

「いえ。それは……あなたが、知る必要も、知る意味も、ないことでございます」

「……そっか」


 まあ、そんなこと深掘りしなくてもいいか。さすがにここまでくると確信に変わる。この島は現実の世界ではない。少なくとも俺がいた現実と完全に地続きではない場所のはずだ。そして、おそらくこの島に僕が三日以上滞在することは、許されない。なんとなく、そんな気がする。


「澪」


 薪を割って水を汲んだらあとはたいしてするようなこともなかった。


「はい」


 僕と澪は、ただ、刹那のような時を、夫婦の真似事をして過ごした。

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