第8話 一生の不覚
「ねぇ、もしもし」
電話に出た声の主は他の誰でもない青山茜のものだった。
……しかしなぜこの時間なのか。何か起きたのか?
「おう。で、用件はなんだ?」
俺が聞くと、彼女は数秒黙った後に恥ずかしそうに言い始めた。
「要件がなかったら……電話しちゃダメ……なの……?」
「ちょ、そ、そんなことはないぞ、なんかごめん」
それはまずいって。
……画面の前で涙目&上目遣いで携帯に向かって懇願しているのを想像してしまって一瞬理性を失いかけてしまった。危ねえ。友達に対してこんな想像してしまったなんて不覚だ……。
そんなこんなで俺たちは他愛もない話を30分程度した後、誰ともなく電話を切った。
……世の中のカップルはこれを毎日やっているのか?
ネットで『寝落ち通話』というのは見たことあるが、こんな感じなのかと俺は考えた。待てよ。はたから見たら俺たちはカップルなのか?いや、何てこと考えてるんだ俺は……。
ベッドの上で悶々としていたのだが、すぐに疲労感が全身を襲い、俺は気が付いたら夢の中にいた。
「……ぇ、…ねえ、こーくん」
「んぁ?」
どういう状況だこれは?
「一緒に昼寝しようって言ってもう2時間も寝ちゃったねぇ。お寝坊さん♪」
俺の横には今より少し大人びた青山茜がいた。
「お、お前なんで俺と同じベッドの中に…?」
彼女は一瞬不敵な笑みを浮かべた後、俺の耳のそばでそっとささやく。
「覚えてないのかな?既・成・事・実、作っちゃった♪」
ま、まさか。
俺はついにやってしまったのか?いや友達だぞ?!
そりゃあんだけかわいい女の子が誘ってきたら男子高校生なら我慢できないだろうけど。
俺は色んな意味で熱くなる体とは裏腹に頭をクールダウンさせ、できるだけ冷静になろうとした。
……いや待てよ。明らかに『そういうこと』をした記憶も証拠もない。ただ一緒のベッドには入っていた。この状況は一体どうすれば……?
とりあえず、聞いてみるしかないな……。
「大変申し訳にくいのですが……多分俺たちヤってないよね?」
彼女は隠し事がバレた子供のように舌を出してかわいく照れる。
「表現ストライクすぎ……というのは置いといてさすがにバレちゃったか……」
冷静に考えたらそりゃそうだよな。俺たちまだ高校生だぞ。
「はあ……まったく心臓に悪い」
俺はそうつぶやいて、軽く伸びをしてから体を起こそうとした。
その時、彼女は俺が動くよりも素早い速さで俺の上に馬乗りになり、俺はベッドの上で押し倒されてしまった。雰囲気はまるで肉食動物に捕食されそうな草食動物である。
俺はその事実に驚いてしまい、再び体を起こそうとしたのだが彼女はそれを許さない。俺の方が身長も高いし力も強いはずなのに……彼女に抗うことは出来なかった。
俺が目を見開いて固まっていると、彼女は甘ったるい雰囲気を醸し出しながら無言で俺の胸に倒れこんだ。
「お、おい。何するつもりだ」
「この雰囲気で男女がヤることは一つでしょ……私、欲求不満なんだよね」
彼女は俺のボタンを一つづつ開けて、胸板にその手を這わせる。
感じたことのない快感に俺は思わず声を上げてしまった。
「ふふ、かわいい。……ここで食べちゃいたいくらい」
唇を奪われそうになった俺は完全に理性が飛んで抵抗する気もなくなり、あとは本能のままに任せようとした―――。
「……っは、はぁ、はぁ」
俺はすぐさまベッドから起き上がった。
気が付くと6時のアラームが鳴っていた。すぐに携帯を手に取ってアラームを止める。
……もちろん、横には、誰もいなかった。
「マジかよ。夢だったのかよ……」
最悪だ。友達のあられもない姿を夢で見るなんて最低の男だ。
「友達をこんな目で見るなんてありえねえだろ……最低だ俺は」
起きてから学校に着くまでずっと自己嫌悪をしていた。いやするしかできなかった。あんな夢を見て正気でいれるやつがいるか。
学校に着くと、いつものように彼女は声をかけてきた。
「おはよっ……ってどうしたの?冴えない顔してるけど……」
いつも冴えてねえだろ。
そんなことを考えつつ、彼女の顔を見て返事しようとするが……
(こいつ、こんなに綺麗な顔だったか?!)
そりゃそうだ。今まで逆にこの距離でよく接したよ。俺は彼女の端正な顔立ちを再認識された。
……絶対に夢のせいだ。やっぱり変に意識しまっている。
どうしようもない罪悪感を感じつつ、俺はうつむいて黙りこくってしまった。
向こうはこちらを意識していない分たちが悪い。彼女は首を傾げて俺の顔を覗き込むようにした。
「ねぇ、どうしたの?やっぱり変だよ。力にはなれないかもだけど、話くらいは聞いてあげるよ」
俺は夢での一件で敏感になってしまい、一方的に意識しまっているので、この近い距離でささやかれてビクっとしてしまった。
「……顔赤いよ。熱でも出てるの?」
彼女が額に手を伸ばしてくるのを確認して、俺は反射で目をつぶってしまった。
(俺の名誉が……)
子供扱いされたことには不満だったが、不思議と心地よい感じがした。
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