エピローグ 先輩と8月のひまわり
絞りを調整、露出を上げて、色相を変更。ピントを当ててシャッターを切った。切り取られた世界がディスプレイに映し出される。
「調子はどう?」
背後から声をかけられて振り向くと、すぐ後ろにらん姉が立っていた。撮った写真を見てほしくてミラーレス一眼を差し出す。
「いいじゃん」
にやりと笑う姉は、自分も愛用のカメラを手に構えていた。
俺たちは今日、部活の一環として穴場のひまわり畑に写真を撮りに来ていた。今日撮った写真の中から選りすぐって、コンテストに出品する予定である。俺も指導を受けながら大分慣れてきて、光の位置を考えつつもベストショットを探っていたところだった。
「ちょうどよかった。モデルになってよ」
「えーー。以前は映えないとかカッコつけ男子とか、散々言ってきたくせに」
「あー、ほらそこは写真家の私の腕がいいから!」
軽口を叩きながら、指示されたとおりにポーズをとる。シャッターを切りながららん姉は屈託のない笑顔を見せる。
そんな表情を、撮りたいと思った。
ベストスポットを探そうとこちらから視線を外した一瞬を狙って、シャッターを押す。構図を練っている時間も絞りを調整する時間もない一発勝負。でもらん姉の笑顔をテーマにした写真として、上手く撮れたんじゃないかと思う。
「あ、盗撮だ、盗撮だ」
「なんのことやら」
文句の声を上げるらん姉にすっとぼけながら、カメラを後ろ手に隠す。うまく撮れたが、きっと俺はこの写真をコンテストには出さないだろう。家族写真をまとめたアルバムにでも入れさせてもらおう。きっと両親もひな姉も、喜ぶだろうから。
それからも2人でシャッターを切りつづけ日も暮れてきたころ、時間を確認しようとスマホを出すと、通知が届いていた。
一件は浅川から。
『結果は残念だったけど、クガちゃんカッコよかった~!』
軽音部のコンクールで楽器を構える久我の写真。
もう一件は中目白から。
『ソノの活躍のおかげでまた一戦勝てたみたい。さすが』
園崎は、あの後先輩たちに自分の気持ちを打ち明けた。そしてベンチには入りながらも先輩たちに出番を譲ることなったようだ。が、ピンチヒッターとして試合の流れが悪くなった時に出場。そこで点数を入れまくり、何試合も勝ち進んだという。先輩たちに喜んでもらえてよかった、と照れくさそうに笑う園崎は、もういたずらに手を抜くことはないだろう。
ちなみにバレー部は早々に敗退したようで、浅川と中目白は二手に別れて応援に行った。そしてもうらん姉と遠出する約束があると言った俺に、絶対に結果を報告すると約束してくれて実際に送ってくれた。律儀な奴らだ。
そうだ。ふと思いついてスマホのカメラロールを探る。ほとんどの写真はカメラで撮ってしまっているが、数枚はスマホでも撮っていた。ひまわりをバックにらん姉と2人自撮りした写真を送りつけた。
女子にしか送っていないはずが、ちょうど一緒にいて写真を見たのか、4人分の反応が変えてきた。
『仲良しじゃん』
『仲直りできたんだね~』
『よかったな』
『もうこじらせんなよ』
…別に俺とらん姉について詳しいことを話したことはないのだが、なぜだか見透かされている気がする。そんなに顔に出やすいのだろうか。釈然としない気持ちを抱えつつもスマホをポケットに戻す。
大分長居してしまっており、時計は大体6時半近くを指していた。日も赤赤しい色を残して地平線に沈んでいく。
マジックアワー。1日2回、写真が綺麗に撮れる魔法の時間。
世界を柔らかい光が包んで、俺たちはこの一瞬を必死に写真に焼き付ける。
ひまわりを見上げながら、らん姉がつぶやいた。
「今年はひまわり畑に来たけどさ、来年はいっそ泊りがけの合宿とかもいいかもね」
「写真部にそんな予算ないだろ?」
「そこは、ほら、お父さんに言えば連れてってくれるよ」
「それはもう家族旅行だろ」
次に行きたいところ、撮りたいもの。未来の話で盛り上がっている間に、光の残滓が霞んで世界が暗くなっていった。カメラから手を放し、電灯の明かりを頼りに俺たちは隣に立った。
「今日はもう、帰ろうか」
「だな」
俺たちは2人並んだまま、同じ家を目指して歩き出した。
先輩とあおいくん れんが @ReNGa140
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