172 執事として
別に深い意味があったわけじゃない。ただなんとなく聞いてみただけだ。
それなのにどうしてまたヴァルツさんは、思いっきりフリーズしてしまっているんでしょうかねぇ。俺、そんなに変な質問したつもりはないんだけどなぁ。
まぁ、いきなり過ぎたとは思っているけどさ。
「あの……」
ん? 今の声はヴァルツさんか? なんか思いっきりか細い声だったけど。
「執事が料理をするというのは、変なのではありませんか?」
「……なんで?」
これは別に意地悪で問い返したのではない。純粋に意味が分からなかったからだ。むしろ反射的に出てしまったまである。
あ、でも質問に質問で返してしまった形にはなっているのか。
そういうのってなんか良くないらしいし、改めてちゃんと俺から質問の趣旨くらいは言ったほうがいいだろう。
なぜ良くないのかは、正直なところよく分からんが、まぁそれはそれとして。
「んっん――別に執事が料理をするのは、何もおかしくないでしょう」
俺はせき払いをしながら、改めてヴァルツさんに切り出した。
「あなたはフレイルさんに仕えている身なんでしょ? つまりフレイルさんのお世話をしているってことだ。何も傍にいるだけが仕事ってわけでもない。よりちゃんと極めるんであれば、なおさらってもんかなと」
「……ミナト様」
「あぁ、これはあくまで俺の個人的な意見なんで――」
「感服いたしました!」
おっとぉ? なんか急に声を張り上げてきましたねぇ。しかもその目はランランと輝いちゃっているし。
「フレイル様に使えて数十年……ずっと主を守ることばかり考えておりました。迫り来る悪に指一本触れさせぬよう努めてきましたが、思えばそれ以外は……からっきしと言わざるを得ません」
「いえ。それはそれで普通にすごいと思いますよ?」
「しかしどうやら足りなかったようです。目から鱗が落ちるとはこのことですね」
わーお。俺のやんわりとしたツッコミを華麗にスルーされちゃったよ。別に構いはしないけどさ。
「正直に申し上げますと、食事についてはそこまで考えておりませんでした」
「……いや、普通に飯くらい食べますよね?」
「それは確かにそうなんですが――私たちの場合は水と肉さえ摂取できれば、基本的に問題はないので」
「あー、そういえばドラゴンでしたね」
つまり典型的な肉食ってわけだ。むしろドラゴンらしくて、普通に納得できてしまうくらいだよ。
しかしそういうことか。こりゃすっかり失念していたわ。
グレーシャも普通にいろいろ食べていたから、つい同じ人間の食生活を基準にしてしまっていたわ。いくら見た目はそうでも、中身はドラゴンのまま――すなわち人間ではないということだもんなぁ。
うん。考えてみれば、そうですよねとしか言いようがないものだわな、こりゃ。
「もっとも、この数十年でニンゲンの社会を経験しているため、普通の料理で摂取している形ではありますが」
「こっちに来る前は、そうじゃなかったと?」
「えぇ。食べごたえのありそうな生き物を捕らえて、そのままガブッと」
「わぁお」
まさにドラゴンってヤツですね。ヴァルツさんもこの地球に来るまでは、どこぞの世界で野生生物として生きていたのだろう。
ドラゴンの寿命がどれくらい長いのかは全く知らんけどな。まぁ少なくとも、生きてきた年数だけで言えば、俺どころかそこらの爺さん婆さんよりも、明らかに長い時間を過ごしてきたことは想像がつく。
そしてそれは恐らく――
「ん? 何よミナト、私がどうかしたの?」
「いや別に」
ウチで一緒に暮らしている氷のドラゴンさんも、例外ではあるまいよ。ま、それこそいまさらってもんだろうし、ささいなことだとは思うがね。
「そうなんですよねぇ」
するとそこに、フレイルさんも賛同してきたのだった。
「わたしたちも元はドラゴン……されどこの数十年でニンゲンが食する味を覚えてしまった以上、前のような暮らしに戻るのは不可能というものですわ」
「それこそ考えるまでもないことを――このヴァルツ、一生の不覚ですっ!!」
随分とまぁ、嘆いていらっしゃるもんだね、この執事さん。それだけ本気で後悔していることだけは分かったけどさ。
「……なんかウザい」
「そこまで気にするほどのものなのかしらねぇ?」
どうやらファロンやグレーシャも、同じような感想を抱いていたらしい。ヴァルツさんのひざまずく姿を見て、それはもう冷めた目つきをしているから。
しかしこんなときに思うのもなんだけど――ヴァルツさんも面白い人だねぇ。
最初は絵に描いたような堅物執事かと思いきや、なかなかどうしてコミカルな部分も見せてくれちゃってさぁ。ファロンの言うことも分からんではないが、俺個人としてはちょっと笑えてくるレベルだったりする。
まぁ、これを言ったら十中八九、ファロンの矛先が俺に向けられるだろうから、言わないでおくけどね。
「――ミナトさん、わたしからもお願いします」
フレイルさんが俺の元に近づきながら申し訳なさそうに言う。
「どうかこのヴァルツに、少しだけ料理を教えてもらえませんでしょうか?」
「いいっスよ」
そもそも手伝うと言っているし、最初からそのつもりだったさ。
そんな俺の返事を聞いたヴァルツさんは――
「ありがとうございますっ! ミナト様にはどれだけ感謝してもしきれませんっ!」
「はは……」
まだ実際に作ってすらいないというのに、その言葉はちょっと早くね?
と思いながら俺は、改めて畑を見渡すのだった。
「とりあえず昼飯用に、いくつか収穫するか……」
「なにつくるの?」
「白菜と大根が採れ頃だから……うん、アレでいってみるか」
肌寒いお昼ご飯のメニューとして思い浮かんだのは、白飯のお供にピッタリとも言える温かい汁物。
野菜と豚バラをたっぷり使った豚汁――これしかないってもんでしょう!
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