171 ダンジョン畑にご案内



 さて、今日もよく晴れた朝がやってきた。


 もはやこっちでは冬の一歩手前くらいの気候だからかなぁ。数カ月前に比べると、さらに空気が澄んできた感じだよ。おかげで最近は、庭で両手を広げながら深呼吸をするのが、毎朝の日課となってしまった。

 ちゃんと朝日を浴びるのは、健康な体を作るのに大切だと言うからね。

 ま、それはさておき――


「ミナトさん。本日はよろしくお願いいたしますわ」


 ちゃんと宣言した時間ピッタリに、フレイルさんとヴァルツさんが現れた。さすがは商売人。時間の管理がちゃんとされていますね。

 といってもまぁ、人として当然だろうと言われればそれまでだけど。

 あ、この人たちはそもそもヒトじゃなかったっけか。別にそれはどうでもいいという声が聞こえた気がするね、分かります。


「じゃあ早速、案内していこうと思いますが、よろしいですかね?」

「はい♪」

「といっても目の前にありますけど」


 視線の先には、相変わらずの庭ダンジョンがそびえ立っている。といってもそこまで物々しいわけでもない。むしろたくさんのスライムたちが楽しそうに飛び跳ねたりしていて、ほのぼのとした雰囲気すら感じられるよ。


(ぽよぽよぽよ!)

(ぷるぷる!)


 ほーら早速、好奇心旺盛なスライムさんたちが群がってきましたよ。


「はいはい。今日はお客さんを案内するから、よろしくねー」

(((((ぽよぽよぽよぽよー!)))))


 俺がそう呼びかけた瞬間、スライムたちが一斉に跳ねて見せた。その光景に驚いたのだろう――フレイルさんから「おぉ!」という小さな声が聞こえてくる。


「ミナトさんの言っていることが、この子たちにはお分かりになるんですのね」

「みたいッス。俺がテイムしたわけじゃないんですけど」

「むしろテイムしていない事実のほうが、わたしたちには驚きですわ」

「えぇ。私も同感です」


 フレイルさんに視線で促されたヴァルツさんも、素直に頷く。


「魔物と生活をするニンゲンの姿も、これまでに幾ばくか見てきましたが、ここまで大自然の中でのびのびと暮らしている姿は、正直初めてですね」

「他にも似たようなのはいるんですか?」

「いると言えばいますが……私からすれば、微妙という一言に尽きます」


 ヴァルツさんがため息をついた。


「あくまで魔物を商売道具として扱っているに過ぎず、ニンゲンの思いどおりに動くよう調教されているのが基本でしたから」

「まぁ、そりゃそうでしょうね」


 これに関しては、俺も苦笑するしかない。なぜならよくある話だからだ。むしろ、何の考えもなく放し飼い状態となっているこの状況こそが、よそからすればあり得ないの一言に尽きるだろう。

 なんていうか――特殊な環境だからね、ここは。

 俺が自分で言うのもなんだけど。


「その点、ここにいるスライムたちは、とても楽しそうにされています」


 曇っていた表情が一転し、ヴァルツさんは笑みを浮かべる。


「それだけここの環境が素晴らしいことを示しているのは、間違いないでしょう。これも全ては、ミナト様のお力なのでしょう」

「買いかぶり過ぎですって」


 それだけ言って、俺はダンジョンへ向かう。ここであれこれ言ったところで意味を成さないような気がするし、軽く流してしまうのが一番だ。こういうのは気にしなければ、どうということはないからな。


「さぁ、ご覧ください! ここが庭ダンジョンの畑でございますよー!」


 ダンジョンに入ったところで、俺は両手を広げながらアピールする。気分を変える意味も含まれていることは、言うまでもないだろう。


「見てのとおり畑くらいしかないですが、どうぞごゆっくり見ていってください」

「……いえ、もっと注目すべき部分があるような気がしますが」


 お、フレイルさんの表情が引きつっていますね。それが声にもしっかりと表れているじゃありませんか。

 どこまでも余裕な態度を崩さなかったのに、これは何気にレアではなかろうか?


「空が広がっているダンジョンなんて、今まで見たことがありませんわよ?」

「もしかして、上が空洞になっている特殊なダンジョンなのでは……」

「いいえ、ヴァルツ。それは違うわ」

「え?」

「よくご覧なさい。もしそうだとしたら、あるべきものがないじゃない」

「……富士山がどこにもない?」

「えぇ。つまりここは、あくまでダンジョンの中なのよ」


 なんだか二人とも盛大に驚いていらっしゃいますね。フレイルさんなんて口調までもが変わっちゃっているし――いや、もしかしたらこっちが素なのかも? 昔は違っていたとか、グレーシャも言っていたもんな。


「あはは……まぁ、ちょっと変わってますけど、普通のダンジョンなんで」

「「いえ、絶対に普通じゃないですよ、これはどう見ても!」」


 おおっと! 二人して見事に声をそろえられてきましたね。なんとも息がぴったりなご両人といったところでしょうか。


「一応、弁解しておきますが、俺がダンジョンを作ったわけではないですからね?」

「それはもちろん分かっておりますわ。申し訳ございません。わたしも少々取り乱してしまったようです」

「同じく……執事として情けない限りです」


 いえ。執事はそんなに関係ないような気もしますけどね。余計な言葉だと思うので口には出しませんが。


「――それにしても、こちらの畑はすごいですね」


 コホンとせき払いを一つしながら、ヴァルツさんが切り出してくれた。

 うんうん。ここはもう話を切り替えてしまうのが、俺も正解だと思いますよ。


「こんなに立派な畑がダンジョンの中にあるとは……」

「えぇ。わたしも話には聞いていましたが、これほどとは思いませんでしたわ」


 フレイルさんも視線が空から、畑のほうに切り替わっていた。


「しかも見た感じ……スライムの力が大きいようですわね」

「おっ! 気づかれましたか。そうなんですよー!」


 俺は思わず嬉しくなり、近くにいるスライムたちを呼び寄せる。スライムたちも嬉しそうに飛び跳ねながら来てくれて、俺にじゃれついてきた。


「こいつらの水分が、畑にいい効果をもたらしてくれているみたいで。ダンジョンの特殊な環境ともマッチしているようなんです」

(ぷるぷるぷるっ♪)

「はいはい。いつもありがとうなー」


 全くここのスライムたちも、いつも人懐っこくて困るくらいかわいいもんだわ。

 ――ん? なんか今、ヴァルツさんが目を見開いたような?

 と思ったけど、いつものすました表情だった。もしかしたら今のは、俺の気のせいだったのかもしれないね。

 とりあえずここは気にしないでおこう。


「昨日の夕食も、ここの野菜を利用されていたのですね」


 ヴァルツさんが収穫間近となった白菜を見つめながらつぶやいた。


「フレイル様があんなに喜ぶものを提供できるなんて……羨ましい限りです」

「それならヴァルツさんも、実際に作ってみたらいいんじゃないですか?」

「……えっ?」


 目を見開きながら見上げてくるヴァルツさんに、俺はニッコリと笑ってみせる。


「ちょうど昼も近いですし、俺も手伝いますから作ってみましょうよ」



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