将来の投資

 アンカラ達がクエストをこなしている最中。

 アンナとルーベンスは村の再興を始めるにあたり、必要な情報を集めるために資料室に立ち入った。

 村の記録を記した文章を収蔵した資料室ではあるが、手入れされないまま長年放置されていたせいで保管されている文書の劣化具合はすさまじく、虫やネズミにかじられた跡が所々にあった。

「ひどい有様じゃのう」

「文字が読めないのがほとんどだからな。これらの大切さを理解していないやつが多いんだ。

 あたしがここに来たときはもっとひどかったぞ」

「まあ、一応読んでみるかのう」

 ランハルから貰った古い丸眼鏡をかけ、ゴブリンの住処となっているトリラ森林地帯の資料を手に取る。

 二十年前の日付が記された資料で黄ばんでいるが、何とか読み取れる。

「なるほど、ゴブリンの住処の近くには杉が植えられておるのか」

 ぺらぺらとページをめくり、資料を読み進める。

 曰く、金鉱石の採掘量が減少してきた時期に代わりの産業として、豊かな土壌を生かした林業を始めていたらしい。

 しかし、林業では減少した金鉱石の利益分をカバーしきれず、枯渇による衰退を防ぐことはできなかった。

「林業、か」

 資料を閉じて、つぶやく。

 この村が長期的に持続してゆくには産業の創出が不可欠。

 もし、農地の拡張などがうまくいき、この村の自給が安定したのであれば次のステップとして林業を始めるのもいいかもしれない。

「後は人か」

 木を伐採すればそれで終わりではない。

 建材や薪用に加工し、輸出し、そして植林する。

 また、建材用にまっすぐ成長させるために間伐し、下草をこまめに刈り、枝打ちを行うなどの手間暇をかける必要が出てくる。

 林業に関しては素人のルーベンスではあるが、林業を視察していた時に担当者からそう教わった。

 木を育てるのは子供を育てのようなものである、と語った彼の笑顔は今でも忘れられない。

「林業をするのか?」

「村の生活を安定させるために収入源を増やすのは必須じゃ。

 ボタ山もいずれは底を尽きる。

 だが、植物ならいくらでも再生できるじゃろう?」

「確かにな。だが、木を育てるにはかなり時間がかからないか?」

「その通り、林業には時間がかかる。だが、将来への投資は重要じゃ。

 ワシの残りの命は短い。じゃが、そなたをはじめ村の者たちはより先の時代を生きてゆく。

 先を生きる者のためにも、産業の創出は必須なのじゃ」

「将来への投資…か」

 傭兵として、寒村の民としてその日暮らしの生活を続けていたアンナ達。

 ルーベンスが発した新しい考えに、心が揺らめく。

「ところでアンナ、一ついいかのう?」

「どうした?急に改まって?」

「ダンから前に聞いたのじゃ。この村で高度な教育を受けた人間はワシとそなただけだと。

 一体、どこで読み書きを学んだのじゃ?

 それに、『冒険者ギルドで行う教育の内容が貴族の子供が受ける程度』だと、どうしてわかるのじゃ?」

「…」

 ルーベンスの問いに、背を向けて沈黙。

 少しの間の後、おもむろに口を開く。

「あたしはさ、本当は、貴族の娘なんだよね」

 薄暗い資料室、彼女の声が静かに響く。

「あたしの家はアレハンドロ帝国に属する辺境領主の家系でね、侵略はもちろん、国境を越えてきた不法移民の取り締まりや密輸を阻止する役目を陛下から仰せつかっていたんだ」

 壁に背を預け、ルーベンスに自身の過去を淡々と語る。

「国境のあるガルーダ地方を護るために小さいころから英才教育を受けていてね、読み書きに計算、武術を毎日教わっていたんだ。

 いずれ父や兄たちのように国や民たちを守れる存在になると、そう思いながら訓練に明け暮れていたな。

 …転機が訪れたのは十五の時、隣国による侵攻」

「まさか、ガルーダ戦役か?」

 アンナの言葉に、その単語を口にする。

「ああ、そうさ。そのガルーダ戦役で侵略者による国境の防衛線の突破を許してしまったのさ」


 ガルーダ戦役。

 軍事拡張を続けるダーダリアス帝国がアレハンドロ帝国に奇襲を仕掛けたことに端を発する戦役。

 国境のあるガルーダ地方を中心に休戦協定が発効されるまでの二年半にわたって戦争が続いた。


「その戦いで父と兄弟は戦死。

 男系が途絶えたことであたしの家は取り潰しとなり、かろうじて生き残ったあたしは仇討ちのために軍に志願して参戦したのさ」

「そうじゃったのか…

 実はわしもあの戦いに参加していてな、ひどい光景じゃった。

 街は焼き払われ、街のいたるところに死体が転がっておった。結局、悲しみや憎しみばかりが残って、勝者も敗者も誰も幸せにならん。

戦争は嫌いじゃ」

 観戦武官として派遣された時の光景を思い返すルーベンス。

「そうだな、争いなんてないほうがいい。

だけど、それでも起きちまうのが戦争なんだ」

 失った右腕を見ながら、そう返すアンナ。

「ところで、どうしてアンナは傭兵団を率いるようになったのじゃ?」

「戦友たちと一緒になって戦後の混乱につけ込む盗賊や暴漢をはじめとする悪人共を退治していたら、いつの間にか大きな集団になっていた。

 そこからは傭兵ギルドに所属して、領主や街の都督たちから報酬を得ながらその日暮らしをしていたんだ。

 ハトレーゼ傭兵団としてニーナ大陸の各地を転戦してながら仲間を増やして、人間だけでなくモンスターの集団とも戦ってさ、これでも結構有名だったんだ。

 今では見る影もないけどな」

 在りし日の回顧を終えると、アンナは出口へと向かう。

「ここの資料室はルーレイスの好きにしていい。話を聞いてくれてありがとう」

 髪を揺らし、去ってゆくアンナ

 その後ろ姿は何処か寂しげだった。

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