第五章「祝福の果実」
翔陽と優菜が次に辿り着いたのは「フィリア」と呼ばれる丘陵の町だった。三方をなだらかな山に囲まれたこの土地は、陽の光がよく届き、肥沃な土壌に恵まれ、年に一度の収穫祭で賑わいを見せることで知られている。しかし、今年の町は奇妙なほどに静かだった。
「なんかさ、ここも変だよね。こういう時期なら、本当は屋台とか立ってて、子どもが走り回っててもおかしくないのに」
優菜がそう呟くと、翔陽は黙って頷いた。
町の中心に向かうにつれて、かすかに聞こえてくるのは、鍬の音でも音楽でもなく、ため息の連なりだった。住民たちはどこか疲れた顔をしていて、何人かに話しかけても、「祭りは今年、中止になったんだよ」と申し訳なさそうに口を閉ざすばかりだった。
「どうやら、作物が思うように実らなかったらしい。今年は干ばつでも冷害でもないのに、なぜか育たなかったそうだ」
翔陽は町の古文書庫で手に入れた記録を広げながらそう説明した。
「でも、それだけじゃないみたい。人々の気持ちにも、どこか諦めみたいなのが染みついてる」
優菜は町の広場で座り込み、通り過ぎる人々をじっと観察していた。笑顔のない子ども、口数の少ない老人、そして互いに声をかけることすら避けるような夫婦。
「ねえ、どうするの? このまま帰る?」
「いや、まだだ。手がかりはあるかもしれない」
翔陽はふと、広場の外れに目を向けた。そこには一本の不思議な木があった。幹は細く、葉も疎ら。周囲の畑が枯れ果てているのに、その木だけは淡く光るような存在感を放っていた。
「この木、何か知ってる?」
通りすがりの少女に尋ねると、彼女は小さく頷いた。
「あれ、“福音の木”って呼ばれてるんだよ。昔は果実がたくさん実ったけど、もう何年も枯れたまま。今はただの記念碑みたいなもんだよ」
しかし、その晩、異変が起きた。
町の誰もが寝静まった深夜、福音の木から淡い光が漏れ出した。翔陽がそれに気づき、優菜を呼んで駆けつけたとき、木の枝にはいくつもの小さな実がぶら下がっていた。
「……これは……奇跡か?」
翔陽が目を見開いて呟いた。
「ちょっと待って。もしかして、私たちが来たから……?」
優菜は戸惑った表情を浮かべながら、そっと果実の一つに触れた。そのとき、周囲の草木がざわめき、風が吹き抜け、町全体にかすかな温もりが広がるような感覚が走った。
翌朝、翔陽と優菜は町の人々を呼び集め、福音の木の実を見せた。半信半疑だった人々も、その目で確かに果実を確認し、どこか忘れていたような表情で笑みを浮かべ始めた。
「少ない実だけど、これを使って祭りの代わりになるような集まりができるかもしれない」
翔陽の提案で、小さな“果実の祝い”が即席で開かれることになった。住民たちは各家庭から少しずつ材料を持ち寄り、久しぶりに笑顔を交わしながら料理を並べる。
「こんな祭りでも、悪くないよね」
優菜がぽつりと呟くと、翔陽は頷いた。
「むしろ、こういう形こそ“本来の祭り”かもしれないな。皆で苦しさを分け合って、喜びを共有する。祝福とは、そういう瞬間のことだ」
町中が笑いに包まれる中、空から光の粒子が舞い降り、福音の木の根元に集まっていく。そして、そこから浮かび上がるようにして、一枚のカードが現れた。
「……カップ3」翔陽が静かに呟く。
「喜び、友情、祝福——この町が思い出した“本当の豊かさ”の象徴だな」
翔陽がカードを手に取ると、木漏れ日が二人を優しく包んだ。祭りの音が響く中、優菜は頬杖をついてその様子を見ていたが、やがてぽつりと呟いた。
「……こんなふうに、旅が続いていくのも悪くないかもね」
翔陽は彼女の横顔を見つめながら、静かに微笑んだ。
その夜、二人は再び旅支度を整え、祝福の余韻を背に、新たな道へと歩み出すのだった。
第五章 終
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