4.地獄絵図

 拓斗の母が死んだ。

 母は女手ひとつで出来損ないの息子を育てた。

 数年前から身体を悪くしていたが、拓斗の塾代や生活費のために仕事を緩めることはなかった。過労がたたったのだ。

 母の通夜には恵美と遥海も参列した。

 母は生前、幼なじみの恵美だけでなく遥海のことも本当によくしてくれた。何度か二人を実家に呼んでもてなした。

 一緒に苦しい受験勉強を乗り越える仲間だから大切にねと母はよく言っていた。母は人のよい平凡な人間だったのだ。

 拓斗は母には感謝していた。自分を卑下するところなど受け入れがたい部分も、もちろんある。しかし、それは思えば拓斗もそうだった。拓斗も、自分の頭の悪さを呪うし、将来に絶望しかなかった。自分自身に自信を持てる人など、どれくらいいるだろう。たいていの場合、自分を卑下して嫌な思いをしないよう虚構の自信を作り出し、自分をごまかしているだけではないだろうか。自分の悪いところは自分が一番よく知っているのだ。母もまた多数の弱者の一人だったというだけのことだ。

 そうやって考えると、母にはやはり感謝の気持ちしかなかった。優しく平凡な母が、拓斗の誇りだった。

 葬儀には拓斗の親戚が多く参列した。母には兄弟が多かった。どの親戚も、拓斗のことを一族の恥のように思っていた。拓斗の将来が危ういことは親戚の皆がAIに聞いて知っていた。このままではろくな仕事につけず、路頭に迷うだろうと。

 久しぶりに顔を合わせたこの機会を逃すまいとするように、親戚たちはめいめい拓斗に辛い言葉を投げかけた。


「どうして我々の家系にお前のようなやつがいるんだろうな」

「一族の恥さらしが」

「うちの子に近寄らないで。バカがうつる」


 そして極めつけはこうだ。


「あの父親から、どうしてお前みたいなのが生まれたんだろうな。まったく、生物学の神秘だな」


 そういえば、母の口癖で拓斗が唯一嫌いなものがあった。


「あんたの父さんだった人は立派な科学者なんだ。あんたはその血を引いてる。今は辛いだろうけど、いつか必ず芽が出るから」


 それを聞くたび、拓斗は知るかそんなことと思った。あいつは俺たちを捨てたんだ。血かなんだか知らないが、もうあいつにすがるのはやめてくれと思った。


「まあ、私の血も混じってるから、少し薄まっちまってるかもだけど。ごめんねえ」


 そう言って笑うのだった。拓斗はそのたび、せつない気持ちになった。拓斗は優しい母の血が誇りだった。


 親戚らの中の一人が言った。


「まあ、父親がどれだけ優秀だろうと、飽きられて捨てられちまったんだ。そう考えると、お前の母親もたいがいだ」


 拓斗は、この言葉だけは許せなかった。プツンと、頭の血管が切れた。

 自分のことは何と言われてもいい。でも、母はもう、何を言われても反論さえできない。母は女手ひとつでこんなダメ息子を育ててくれた。その母を侮辱されるのだけはどうしても我慢ならなかった。

 一緒にいた恵美や遥海も庇ってくれた。「それはあまりにも言い過ぎではないですか」と。しかし、バカの友達もバカだと一笑に付されるだけだった。


いにしえより封じられし破壊の獣よ……」


「たくと……」


 恵美と遥海は詠唱を始める拓斗を不憫そうに見つめる。

 また親戚らが口々に言った。


「どうした? とうとう頭がどうかしちまったか?」

「何言ってんの。頭がどうかしてんのは元々でしょ」

「ハハッ、そうだったそうだった!」


 親戚らのあいだにドッと笑いが起こった。


「なんてこと……」恵美が目に涙を浮かべて呟いた。


「……我が盟約に従い、今こそ集え。我が憎しみを糧に、猛り狂え!」


 力強い発声とともに、拓斗が右手を振り下ろした。右手には、何かが握られている。

 刹那、見るも無残な惨劇が起こった。

 先ほどまで嫌味な表情で拓斗のことを蔑んでいた親族たちが、体内に仕込んだ爆弾が弾けたとでもいうように、身体の内側から砕け散ったのだ。無残な状態でまだ息のある者は、消え入りそうな苦悶の声を上げている。


 通夜が血みどろの地獄絵図に変わった。

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